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急に館に迷い込んできたエトワに不満を感じて、レミニーと喧嘩になってしまったダリア。
朝、起きてみると、使用人たちは誰もいなかった。
使用人、全員でボイコットかと愕然としているところに姿を現したのは、なぜか、屋敷に残っているエトワの姿だった。
「あうー!」
隣で元気そうに雄たけびをあげるエトワに、ダリアは顔を真っ青にする。
ボイコットして出ていくなら、この子供も連れていけばいいではないか。なぜそんなことをしたのか、レミニーの意図がわからない。しかも、なんでこの子供も自分についてくるのか分からない。
レミニーがいないせいか、さっきから歩いて引き離そうとしてるのに、にこにことした笑顔でついてくる。
この前は、レミニーの後ろでこっちを威嚇してたくせに勝手なものである。
「ちょっと、ついてこないでよ!」
「あう?」
きょとんと首を傾げるエトワに、ダリアはイラっとする。
その小さな鼻に指を突き付けて怒鳴りつけた。
「知ってるんだからね! あんた本当は喋れるんでしょう! レミニーたちの前だけいい子ぶって! あんたのせいで私がどんないやな目に会っているか! ほら、喋りなさいよ。喋ってみなさいよ! その目だって本当は開くんでしょう!?」
すると勢いがついて鼻を小突く形にあってしまい、エトワの方が逆に威嚇するように唸りだした。
「あぅぅぅうう!」
「な、なによ……」
気圧されるダリア。貴族であり、魔法も使える彼女が子供に気圧される理由なんてどこにもないのだが、とことん子供が苦手なようだった。
「うぅぅぅぅ!」
子犬みたいに威嚇を続けるエトワに、ダリアの方が結局逃げ出すことになった。
「な、なによ……。別にどうでもいいわよ。あんたのことなんてそもそも知らないんだから!」
小走りでその場を去ると、背後を見てエトワが追ってこないことにほっとした。
***
「お腹減った……」
正午に差し掛かるころ、ダリアは空腹感を覚えていた。
(そうよ……ご飯はどうするのよ……。レミニーたちはどういうつもりなの……)
ダリアは生まれながらのお嬢さまだ。
当然、料理なんて一度もしたことがない。知識なんてひとつもない。
使用人たちがちゃんと用意してくれなければ、自分はご飯をたべることすらできないのだ。なのに、そんな自分を放っておいて、レミニーたちはどこにいったというのか。
(本当に許せない……。絶対にクロスウェルさまや実家に報告してやる……)
そうやって恨み言で空腹をごまかしていたダリアだったが、お腹が膨れるわけでもない。
無為な時間である。
そこに小さな人影が、さっと姿をあらわした。
「げっ……」
当然、大きさからもレミニーたちが帰ってきたわけではない。
レミニーの前に現れたのはエトワだった。
何故かお皿を頭上にもって、右手のフォークでチンチーンと鳴らす。
ダリアはその意図が嫌でも分かってしまう。
自分もまったく同じ状態だからだ。
「ないわよ……レミニーたちがいないんだから」
ご飯を要求してるのだ。
まったく、勝手に迷い込んできた居候の癖に、図々しいこと極まりない。
エトワはしばらく、ダリアをじっと見ていたが、ダリアが空腹のままソファに寝そべってるのを見て、もう一度チンチーンと皿を鳴らす。
「…………」
ダリアはもうぷいっと横を向いて、エトワのことを無視する態勢だ。
「あうー」
チンチーン。
「うー」
チンチーン。
「あー」
チンチーン。
「あー、もう、うるさいわね! わかったわよ、どうにかしてやるわよ!」
ご飯が出るまで、ひたすら皿をここで鳴らし続けるつもりのようなエトワに、ダリアが根負けした。使用人たちがいないとご飯なんてでるわけないと、そこで思考停止していた頭をもう一度回転させる。
(そういえば、保存室にチーズや干し肉があわったはずよね……)
お酒を飲むときにつまむもので、ちゃんとした食事ではないけど、調理せずに食べられるものといったらそれしかない。
ソファを立ち上がり、保存室に向かう。
エトワもお皿をチンチーンと鳴らしながら、上機嫌についてきた。ちょっとイラっとなる。
保存室の扉を開けると、野菜や卵、肉などもあった。魔法で保存されてるそれは、十分な鮮度を保っていたけど、料理のできないダリアにとっては論外の食糧。
そこから少し入ると、チーズや干し肉、それから炒った豆があった。
「あうー!」
それを見て、エトワが嬉しそうに叫ぶ。
さっと差し出した皿は、いつの間にか二つあった。どうやら一つはダリアの分らしい。
(まあ、私にこんな苦労をさせたんだもの……。これぐらい当然よね)
侯爵家の娘であった自分が、わざわざ保存室まで食糧を取りにきてやったのだ。
これ以上の無駄な労働をやることは自分の人生で絶対二度とないはずだ、とダリアは思う。
そう思いながら、ダリアはエトワのさらに、干し肉とチーズ、豆を盛ってやる。
さすがに迷い込んできた子供を餓死させたとあっては、侯爵家の娘であり、公爵夫人である自分でも外聞が悪い。
エトワの分を分けてやり、自分の分も皿に盛って思う。
(これが食事……? みじめだわ……)
公爵家が準備したのだから、すべて最高級品であるが、こんなに多く食べるものではない。こういうつまみは、少しずつつまんでこそ、味を楽しめるのだ。
なのに食事の代わりとして食べざるを得ないのだから、それを無視して量を多くするしかない。きっと途中で食べ飽きることは間違いなかった。
使用人たちが毎日準備してくれた温かい朝食を思い出し、少し落ち込んでると、手がぐいっと引かれた。
「あうー」
見ると、あの子供が自分の手を引いてる。
小さな手から無駄に温かい体温が伝わってきた。
「何よ」
「あうー!」
問い返すと、妙に上機嫌ににこにこと笑って、手を引いてくる。
それで思い出す、レミニーたちがこの子供と一緒に食事を取ってやっていたことに。
「一緒に食べろってこと? 冗談じゃないわよ。あんたの分はあげたんだから、勝手に食べてなさいよ」
「あーうーあー」
言っても通じない……。
昨日の記憶によれば、言葉が分かるはずなのに、まったくわかっている気配はない。
(あれは……幻だったの……? まさか……そんなわけじゃないじゃない……)
あれのせいでレミニーと喧嘩してこんな事態になってるのである。
「うーあーあー」
鼻歌を歌うように楽しげにダリアの手を引くエトワに、ダリアもため息をはいて引かれるままに歩みを進めた。
「わかったわよ、めんどくさい。あんたの好きにしてあげる」
拒否しなかったのは、レミニーも使用人たちが誰もいなくなってさすがに寂しさを感じてたからなのか……。
ダリアとエトワ、二人が座った食卓、元気に干し肉を頬張るエトワを見ながら、ダリアは干し肉を口に運んで、心の中でつぶやいた。
(やっぱりこんな時間に食べても、美味しいわけないじゃない……)
***
それから三日ほど経っても、レミニーたちは戻ってこなかった。
「まったく……何やってるのよ……主人を放っておいて……」
自然とひとり言も多くなる。
ひとり言といっても、この屋敷にはもう一人いるのだが――迷惑な存在が。
決まった時間になると、それは部屋にやってきて、チンチーンとお皿の音を鳴らす。
「はいはい、わかってるわよ……」
ダリアはめんどくさい表情ながらも、ベッドから立ち上がる。
なんでこんな給仕みたいなことを、自分がやらなければいけないのかと、しっかり心の中で愚痴りながら。
そうして、エトワに近づいたとき、ダリアは少し鼻腔に違和感を覚えた。
匂う気がする……まだ臭いってほどではないけれど。
(まさか――!)
そう思って自分の匂いも嗅いでみる。
すると少しだけ、いつもは感じない匂いを感じる。
それは当然だった。
レミニーたちがいないせいで、湯あみもしてないし、服だって洗濯してないのだから。服すら交換しなかったのだから、ダリアもだらけた性格なのかもしれない。
ダリアは危機感を抱く。
今は大丈夫かもしれないけど、このままじゃ。いや、今も匂いに自分が慣れてしまってるせいで、他人に嗅がれればアウトの状態なのかもしれない。
(ど、どうにかしないと……!)
自分が匂うなんて、あるまじき事態だった。
特にその美貌が自慢の、水の派閥に所属する貴族としては……。
(どうすればいいの……そう洗濯よ、洗濯……)
使用人たちがよくやっていたことだ。
ダリアだってたまに目にしたことがある。確か大きな桶に水を汲んで、それから……。
「あうー」
チンチーンとダリアの横で皿を鳴らしながら、変なダンスをしているエトワの手をダリアは掴んだ。
「あう~?」
首を傾げるエトワにダリアが言う。
「食事なんてしてる場合じゃないわよ。とにかく洗濯よ。どうにかするのよ」
ダリアは屋敷を探し回って、ようやく水場近くの部屋で、立てかけてあった水桶を見つける。
それをうんしょと倒して、次にどうすればいいのか考えて、ダリアは恐怖に震えた……。
「まさか……」
水場には川から汲んだ水を貯めている場所があったが、そこから水桶との距離は離れている。
そして近くには小さな桶がいくつもあった。
それが示す答えは……。
「私が水を運べって言うの……!?」
信じられない表情で呟くが、誰も答えてくれない。
つまり、それは自分がやるしかないということだった……。それか匂うままか……。
ダリアは震える手で桶を取った。
「あ~うあ~うあうあ~うう~」
そしてもう一つ取って、何故か上機嫌に変な歌を歌っているエトワに突き出す。
「あう~?」
「あ、あんたもやりなさい!」
子供なのだから大した戦力にならないとわかっていても、一人でやるのは耐えられない。
それから、十分後……。
「なんでっ、わたしが、こんなことを……ひぃひぃ……」
水が半分しか入ってない桶を、ひぃひぃ言いながら運ぶダリアと、四分の一ぐらい入れて、楽しそうに真似するエトワがいた。
お互い普通なら戦力外だが、何往復もして、桶に水を貯めていく。
そしてようやく、桶に半分ぐらい水が貯まった。
「もうこれぐらいで十分よね……」
ダリアの記憶によると、もっと水桶には水がはいっていたが、体力と我慢の限界だったダリアは妥協した。実際、ダリアとエトワしかいないので、十分な量だったのだけど……。
「まず洗濯よ、体を洗うのはそのあとでいいわ」
ダリアは服を着替えて、エトワの服も脱がす。
嫌でも一緒にいることになるのだ、臭くなられたらたまらない。
洗濯物を水に入れて、見つけた石鹸をこすりつけて、見よう見まねでもみ洗いをはじめた。
しかし……。
(思った以上に、めんどくさいわね……。しかも、石鹸がなかなか溶けないし……)
洗濯はやってみると見た目以上に、めんどくさかった。
使用人たちはよくこんなのを毎日やってられるな、と思う。
横で踊っている役立たずを見て、ピコンとアイディアを思いつく。
「ちょっとあんた、この桶に入って踊ってみなさいよ」
「あう~?」
エトワは首をかしげながらも、桶に入って足を使って踊り始める。
「そうそう、それでいいのよ。あんたもたまには役に立つじゃないの」
洗濯物が踏まれ、汚れが少しずつ落ちて行っている。石鹸もくるくる回っている間に溶けていった。
「私は休むから、あんたはちゃんと洗濯しときなさいよ~」
手をひらひらさせて、いじわるそうな顔で微笑み、ダリアはエトワを残して部屋を去っていった。そして、30分後……。
「ぎゃぁああああああああ!?」
様子を見に、洗濯室に戻ってきたダリアを待っていたのは、部屋中に散らばった泡、泡、泡だった。床だけじゃなく、壁にもついている。
そしてその原因となったエトワが、楽しそうに部屋で泡を使って遊んでいた。
当然、それを掃除する人間は一人しかいない……。
子供に任せてさぼろうとした罰だった。
「最悪……最悪っ……」
その日の部屋はダリアがモップでなんとか片付けて、次の日、青い顔でぶつぶつ呟きながら、割とまじめにもみ洗いするダリアの姿があった。
その横ではエトワがにこにことダリアの真似をしてタオルを洗っていた。
※ちなみにダリアは『水の魔法』が使えます。
朝、起きてみると、使用人たちは誰もいなかった。
使用人、全員でボイコットかと愕然としているところに姿を現したのは、なぜか、屋敷に残っているエトワの姿だった。
「あうー!」
隣で元気そうに雄たけびをあげるエトワに、ダリアは顔を真っ青にする。
ボイコットして出ていくなら、この子供も連れていけばいいではないか。なぜそんなことをしたのか、レミニーの意図がわからない。しかも、なんでこの子供も自分についてくるのか分からない。
レミニーがいないせいか、さっきから歩いて引き離そうとしてるのに、にこにことした笑顔でついてくる。
この前は、レミニーの後ろでこっちを威嚇してたくせに勝手なものである。
「ちょっと、ついてこないでよ!」
「あう?」
きょとんと首を傾げるエトワに、ダリアはイラっとする。
その小さな鼻に指を突き付けて怒鳴りつけた。
「知ってるんだからね! あんた本当は喋れるんでしょう! レミニーたちの前だけいい子ぶって! あんたのせいで私がどんないやな目に会っているか! ほら、喋りなさいよ。喋ってみなさいよ! その目だって本当は開くんでしょう!?」
すると勢いがついて鼻を小突く形にあってしまい、エトワの方が逆に威嚇するように唸りだした。
「あぅぅぅうう!」
「な、なによ……」
気圧されるダリア。貴族であり、魔法も使える彼女が子供に気圧される理由なんてどこにもないのだが、とことん子供が苦手なようだった。
「うぅぅぅぅ!」
子犬みたいに威嚇を続けるエトワに、ダリアの方が結局逃げ出すことになった。
「な、なによ……。別にどうでもいいわよ。あんたのことなんてそもそも知らないんだから!」
小走りでその場を去ると、背後を見てエトワが追ってこないことにほっとした。
***
「お腹減った……」
正午に差し掛かるころ、ダリアは空腹感を覚えていた。
(そうよ……ご飯はどうするのよ……。レミニーたちはどういうつもりなの……)
ダリアは生まれながらのお嬢さまだ。
当然、料理なんて一度もしたことがない。知識なんてひとつもない。
使用人たちがちゃんと用意してくれなければ、自分はご飯をたべることすらできないのだ。なのに、そんな自分を放っておいて、レミニーたちはどこにいったというのか。
(本当に許せない……。絶対にクロスウェルさまや実家に報告してやる……)
そうやって恨み言で空腹をごまかしていたダリアだったが、お腹が膨れるわけでもない。
無為な時間である。
そこに小さな人影が、さっと姿をあらわした。
「げっ……」
当然、大きさからもレミニーたちが帰ってきたわけではない。
レミニーの前に現れたのはエトワだった。
何故かお皿を頭上にもって、右手のフォークでチンチーンと鳴らす。
ダリアはその意図が嫌でも分かってしまう。
自分もまったく同じ状態だからだ。
「ないわよ……レミニーたちがいないんだから」
ご飯を要求してるのだ。
まったく、勝手に迷い込んできた居候の癖に、図々しいこと極まりない。
エトワはしばらく、ダリアをじっと見ていたが、ダリアが空腹のままソファに寝そべってるのを見て、もう一度チンチーンと皿を鳴らす。
「…………」
ダリアはもうぷいっと横を向いて、エトワのことを無視する態勢だ。
「あうー」
チンチーン。
「うー」
チンチーン。
「あー」
チンチーン。
「あー、もう、うるさいわね! わかったわよ、どうにかしてやるわよ!」
ご飯が出るまで、ひたすら皿をここで鳴らし続けるつもりのようなエトワに、ダリアが根負けした。使用人たちがいないとご飯なんてでるわけないと、そこで思考停止していた頭をもう一度回転させる。
(そういえば、保存室にチーズや干し肉があわったはずよね……)
お酒を飲むときにつまむもので、ちゃんとした食事ではないけど、調理せずに食べられるものといったらそれしかない。
ソファを立ち上がり、保存室に向かう。
エトワもお皿をチンチーンと鳴らしながら、上機嫌についてきた。ちょっとイラっとなる。
保存室の扉を開けると、野菜や卵、肉などもあった。魔法で保存されてるそれは、十分な鮮度を保っていたけど、料理のできないダリアにとっては論外の食糧。
そこから少し入ると、チーズや干し肉、それから炒った豆があった。
「あうー!」
それを見て、エトワが嬉しそうに叫ぶ。
さっと差し出した皿は、いつの間にか二つあった。どうやら一つはダリアの分らしい。
(まあ、私にこんな苦労をさせたんだもの……。これぐらい当然よね)
侯爵家の娘であった自分が、わざわざ保存室まで食糧を取りにきてやったのだ。
これ以上の無駄な労働をやることは自分の人生で絶対二度とないはずだ、とダリアは思う。
そう思いながら、ダリアはエトワのさらに、干し肉とチーズ、豆を盛ってやる。
さすがに迷い込んできた子供を餓死させたとあっては、侯爵家の娘であり、公爵夫人である自分でも外聞が悪い。
エトワの分を分けてやり、自分の分も皿に盛って思う。
(これが食事……? みじめだわ……)
公爵家が準備したのだから、すべて最高級品であるが、こんなに多く食べるものではない。こういうつまみは、少しずつつまんでこそ、味を楽しめるのだ。
なのに食事の代わりとして食べざるを得ないのだから、それを無視して量を多くするしかない。きっと途中で食べ飽きることは間違いなかった。
使用人たちが毎日準備してくれた温かい朝食を思い出し、少し落ち込んでると、手がぐいっと引かれた。
「あうー」
見ると、あの子供が自分の手を引いてる。
小さな手から無駄に温かい体温が伝わってきた。
「何よ」
「あうー!」
問い返すと、妙に上機嫌ににこにこと笑って、手を引いてくる。
それで思い出す、レミニーたちがこの子供と一緒に食事を取ってやっていたことに。
「一緒に食べろってこと? 冗談じゃないわよ。あんたの分はあげたんだから、勝手に食べてなさいよ」
「あーうーあー」
言っても通じない……。
昨日の記憶によれば、言葉が分かるはずなのに、まったくわかっている気配はない。
(あれは……幻だったの……? まさか……そんなわけじゃないじゃない……)
あれのせいでレミニーと喧嘩してこんな事態になってるのである。
「うーあーあー」
鼻歌を歌うように楽しげにダリアの手を引くエトワに、ダリアもため息をはいて引かれるままに歩みを進めた。
「わかったわよ、めんどくさい。あんたの好きにしてあげる」
拒否しなかったのは、レミニーも使用人たちが誰もいなくなってさすがに寂しさを感じてたからなのか……。
ダリアとエトワ、二人が座った食卓、元気に干し肉を頬張るエトワを見ながら、ダリアは干し肉を口に運んで、心の中でつぶやいた。
(やっぱりこんな時間に食べても、美味しいわけないじゃない……)
***
それから三日ほど経っても、レミニーたちは戻ってこなかった。
「まったく……何やってるのよ……主人を放っておいて……」
自然とひとり言も多くなる。
ひとり言といっても、この屋敷にはもう一人いるのだが――迷惑な存在が。
決まった時間になると、それは部屋にやってきて、チンチーンとお皿の音を鳴らす。
「はいはい、わかってるわよ……」
ダリアはめんどくさい表情ながらも、ベッドから立ち上がる。
なんでこんな給仕みたいなことを、自分がやらなければいけないのかと、しっかり心の中で愚痴りながら。
そうして、エトワに近づいたとき、ダリアは少し鼻腔に違和感を覚えた。
匂う気がする……まだ臭いってほどではないけれど。
(まさか――!)
そう思って自分の匂いも嗅いでみる。
すると少しだけ、いつもは感じない匂いを感じる。
それは当然だった。
レミニーたちがいないせいで、湯あみもしてないし、服だって洗濯してないのだから。服すら交換しなかったのだから、ダリアもだらけた性格なのかもしれない。
ダリアは危機感を抱く。
今は大丈夫かもしれないけど、このままじゃ。いや、今も匂いに自分が慣れてしまってるせいで、他人に嗅がれればアウトの状態なのかもしれない。
(ど、どうにかしないと……!)
自分が匂うなんて、あるまじき事態だった。
特にその美貌が自慢の、水の派閥に所属する貴族としては……。
(どうすればいいの……そう洗濯よ、洗濯……)
使用人たちがよくやっていたことだ。
ダリアだってたまに目にしたことがある。確か大きな桶に水を汲んで、それから……。
「あうー」
チンチーンとダリアの横で皿を鳴らしながら、変なダンスをしているエトワの手をダリアは掴んだ。
「あう~?」
首を傾げるエトワにダリアが言う。
「食事なんてしてる場合じゃないわよ。とにかく洗濯よ。どうにかするのよ」
ダリアは屋敷を探し回って、ようやく水場近くの部屋で、立てかけてあった水桶を見つける。
それをうんしょと倒して、次にどうすればいいのか考えて、ダリアは恐怖に震えた……。
「まさか……」
水場には川から汲んだ水を貯めている場所があったが、そこから水桶との距離は離れている。
そして近くには小さな桶がいくつもあった。
それが示す答えは……。
「私が水を運べって言うの……!?」
信じられない表情で呟くが、誰も答えてくれない。
つまり、それは自分がやるしかないということだった……。それか匂うままか……。
ダリアは震える手で桶を取った。
「あ~うあ~うあうあ~うう~」
そしてもう一つ取って、何故か上機嫌に変な歌を歌っているエトワに突き出す。
「あう~?」
「あ、あんたもやりなさい!」
子供なのだから大した戦力にならないとわかっていても、一人でやるのは耐えられない。
それから、十分後……。
「なんでっ、わたしが、こんなことを……ひぃひぃ……」
水が半分しか入ってない桶を、ひぃひぃ言いながら運ぶダリアと、四分の一ぐらい入れて、楽しそうに真似するエトワがいた。
お互い普通なら戦力外だが、何往復もして、桶に水を貯めていく。
そしてようやく、桶に半分ぐらい水が貯まった。
「もうこれぐらいで十分よね……」
ダリアの記憶によると、もっと水桶には水がはいっていたが、体力と我慢の限界だったダリアは妥協した。実際、ダリアとエトワしかいないので、十分な量だったのだけど……。
「まず洗濯よ、体を洗うのはそのあとでいいわ」
ダリアは服を着替えて、エトワの服も脱がす。
嫌でも一緒にいることになるのだ、臭くなられたらたまらない。
洗濯物を水に入れて、見つけた石鹸をこすりつけて、見よう見まねでもみ洗いをはじめた。
しかし……。
(思った以上に、めんどくさいわね……。しかも、石鹸がなかなか溶けないし……)
洗濯はやってみると見た目以上に、めんどくさかった。
使用人たちはよくこんなのを毎日やってられるな、と思う。
横で踊っている役立たずを見て、ピコンとアイディアを思いつく。
「ちょっとあんた、この桶に入って踊ってみなさいよ」
「あう~?」
エトワは首をかしげながらも、桶に入って足を使って踊り始める。
「そうそう、それでいいのよ。あんたもたまには役に立つじゃないの」
洗濯物が踏まれ、汚れが少しずつ落ちて行っている。石鹸もくるくる回っている間に溶けていった。
「私は休むから、あんたはちゃんと洗濯しときなさいよ~」
手をひらひらさせて、いじわるそうな顔で微笑み、ダリアはエトワを残して部屋を去っていった。そして、30分後……。
「ぎゃぁああああああああ!?」
様子を見に、洗濯室に戻ってきたダリアを待っていたのは、部屋中に散らばった泡、泡、泡だった。床だけじゃなく、壁にもついている。
そしてその原因となったエトワが、楽しそうに部屋で泡を使って遊んでいた。
当然、それを掃除する人間は一人しかいない……。
子供に任せてさぼろうとした罰だった。
「最悪……最悪っ……」
その日の部屋はダリアがモップでなんとか片付けて、次の日、青い顔でぶつぶつ呟きながら、割とまじめにもみ洗いするダリアの姿があった。
その横ではエトワがにこにことダリアの真似をしてタオルを洗っていた。
※ちなみにダリアは『水の魔法』が使えます。
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