My destiny

泉 沙羅

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第15話

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「色々迷惑かけてごめんね。本当に2人には感謝してもし切れないよ」
真琴がリタとケイの手を順番に握りながらお礼を言った。
「番と娘が大変お世話になったようで……本当になんてお礼を言っていいやら……是非今度うちにいらして下さい」
千歳も同様に2人と握手を交わす。
「今まで本当にごめんなさい。私、2人みたいな優しくて落ち着いた人間になるわ」
明日果もそう言って2人に微笑みかける。
「いえいえ。番が見つかって、真琴くんが元気になって何よりよ。真琴くんから聞いてはいたけど、こんな輝くような美人さんだったなんて!……それにしてもあなたたちがいなくなると思うと、寂しいな……」
「リタが『アルファ同士は喧嘩するからアルファは1人までしか入居させない』なんてルール作るからだろ。いくら前に番夫婦2組住まわせたとき、アルファ同士が喧嘩して家壊される寸前になったからって」
「もうあれは撤回したわよ。バース性関係なく喧嘩になるときはなるってわかったから」
「いやいや、親子3人で住むにはここはちょっと…ってだけだよ。明日果もこれから大きくなるから自分の部屋欲しいだろうし」
「そうかー……」
「また顔出しにくるよ。コミュニティのオフ会とかでも会えるし」
「うん、いつでも来て」

真琴たちは親子3人で暮らすべく、このシェアハウスを去ることにした。今日はその荷造りを終え、新しい家に移る日だった。

「本当に行っちゃうんだね……」
宏美も部屋のドアを開けて現れ、寂しげに言う。
「寂しがってくれるのは嬉しいけど、引っ越すのは近くだよ。それにまたクラブには行くし、君の歌も聞きにいくよ」
真琴はそう言って宏美の肩に手を置いた。
(………私の知らない世界がある)
千歳は見つめ合う2人を見てそう感じた。だが、別に嫉妬してるわけではなかった。千歳も宏美が好きだから。
「……君も僕のことすごく心配してくれたんでしょ? 僕が死ぬんじゃないかと思って己を見失ってたって聞いたよ」
真琴がニコニコしながらそう言ってきた。
「はあ!? 」
宏美はつい声を荒らげる。
「花瓶に八つ当たりしたり、やけ酒して暴れたんだってね。普段涼しい顔してて、肝も座ってる君がそんなことしたなんて、ちょっとすぐには信じられなかったけど……。そこまで君が僕のことを思ってくれたなんてすごく嬉しくて……」
真琴は琥珀色の瞳をうるうるさせていた。
焦った宏美が彼の言葉を遮る。
「なっ……誰に聞いたのそれ!!」
宏美の白い頬が紅潮する。彼が明日果に疑いの眼差しを向けると、彼女はわざとらしく目を逸らした。千歳は真琴の傍らでニコニコしながら話を聞いている。
「言っとくけど、3杯しか飲んでないし、暴れてもないから!! 」
宏美は焦って、語るに落ちていることに気づいてないらしい。
「花瓶は本当なの? いつの間にかなくなってるけど」
「…………」
そう言われると宏美は黙りこんでしまった。
すると真琴は宏美のウルフカットの頭を撫でてこう言った。
「心配してくれるのは嬉しいけど、危ないからそういうことはしちゃダメだよ」
「やめてよ!! 僕は明日果ちゃんじゃない!! ていうかとっとと行けって!! 」
宏美がいきり立って叫ぶと、真琴は珍しく妖しい笑みを浮かべた。そして、宏美の耳元に口をよせてささやく。
「……口移しで水飲ませてくれたのも覚えてるよ、ありがとう」
宏美はとうとうトマトのように真っ赤になってしまった。もう耐えられないと、真琴の手を強く払い除け、部屋のドアを閉めようとする。
「ちょっ、ちょっと待って宏美さん」
千歳にドアを押さえられてしまった。
「なんなの!? あんたまで僕をおちょくるわけ!?」
「あのね、今日真琴さん達と入れ替わりで新しい住人が来るの。その人、私の友達だからよろしく言っておいて」
「わかった! わかったから!! 」
「じゃ、よろしくね」


「明日果、君は学校から帰ったら付きっきりでママの看病をしてくれたんだってね、本当にありがとう」
真琴はそう言って明日果の頭を撫でた。
「ううん、もう高校生なんだからいつまでもママに甘えてちゃダメだと思ったの。ああいうときは私がママを守らなくちゃって」
「明日果……」
千歳は2人の会話を聞いて、壮絶な環境にも拘らず、良好な親子関係を築いてきたんだな、と悟った。
「それよりね、今度音楽フェスがあるでしょ? それに宏美くん出るんだって。私とサラちゃん、宏美くんの歌に合わせて踊ることになったのよ。観にきて」
「えっすごいじゃん。楽しみだな」

そのとき、1人の美しい女性が向こう側から歩いてきた。
千歳はその女性に微笑みかけると、人差し指を立てて口の前にもっていった。
その女性も千歳に微笑みかける。

「知り合い? アルファだよね? あの人」
真琴がスンと鼻を鳴らしながら問いかける。
「ああ、私の勤務先の大学の音楽学部で、来週から講師として働く人よ。すごいのよ、彼女。楽器は何でも出来ちゃうし、歌もクラシックからポップスまで何でも歌えるわ」




「全く、なんなんだよ、あの親子は………」
その頃、宏美は部屋で独り、うなだれていた。
そのときドアがノックされる。
「はい」
(リタかケイかな)

ドアを開けるとそこにはあの美しい女性が立っていた。
栗色の長い髪、それと同じ色の大きな瞳、温和な眼差し、大理石のように滑らかな肌、ただ立っているだけで育ちの良さが伺い知れるような気品あるオーラ、そしてカモミールの優しい香り。
宏美が彼女の顔を忘れるわけがない。かつてより大人びて、少し悲壮感が増した気がする。しかし、その儚く、柔らかい笑みは変わらない。



「……可憐!? 」


「久しぶりね。宏美」


「……なんだなんだ……幻でも見てるのか!?  今日はやたら変なことばかり起きるな……元々おかしい頭がさらにおかしくなったか!? 」

宏美はまた黒髪の頭をわしゃわしゃと掻き出した。
可憐はその手を優しく取った。

「……あなたがこの街で歌手をやってるって聞いたの。駅の掲示板であなたのポスターを見かけたから間違いないと思って。千歳さんに聞いたらここに住んでるって教えてくれたの。もうすぐ一部屋空くから、そこに住めばいいんじゃないのって」
「………」
「……勿論、そんなことしたらあなたの迷惑になるかもって思ったわ。でも私は何度も言っているけど、あなたの番にも恋人にもなれなくたって構わないと思ってるわ。だって、どっちにしろ『もう会えない』ってずっと思っていたんだもの。ただ、私はかつてみたいにあなたと喜びも痛みも共有する理解者でありたいわ」
「………」
宏美は黙ったまま俯いている。
可憐は宏美が怒っているのかと思って焦りだした。
「……ごめんなさい、やっぱり迷惑だったかしら?  10年経ってまで追いかけてくるような女は気味が悪いわよね。迷惑なら契約取り消してくるわ。リタさー……」
可憐がリタを呼ぼうとした。
「えっ!? 宏美!? 」
可憐はいつの間にか宏美の腕の中に閉じ込められていた。

宏美は可憐の象牙のような肌に痛々しく残っている傷を見つめた。
「この馬鹿!! 馬鹿!! 大馬鹿者!! 」
宏美はそう言って可憐をますます強く抱きしめた。
「頭のネジ飛んでるアルファでごめんなさいね」
可憐は少しからかうような口調で言った。
「……はあ………千歳さんから吹き込まれたの? それ。僕はそれ以上にぶっ飛んでるからお揃いだよ。それに君のネジが飛んでるのは僕の影響だしね」



リタとケイはそんな2人を影から見守っていた。
「見て見て、宏美くんと新しい入居者の美人さんが…」
「こりゃあまた波乱の予感だな」
「まあ、私たちだって色々あったしねえ…」


 
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