華村花音の事件簿

川端睦月

文字の大きさ
上 下
92 / 105
三本のアマリリス

和解 -3-

しおりを挟む

 咲は繋いだ手に力を込める。

「はい、感謝しています──たとえそれが、父の指示だったとしても」

 繋いだ手を通して、花音の身体が強張るのが分かった。顔にも緊張の色が走る。

 やっぱり、と咲は確信する。

 花音さんと父が繋がりがあるのは、明らかだ。

 ──でも、それでもいい。

 それでも花音に対する気持ちは変わらない。

 変わらず花音は咲の恩人なのだから。

「だから、今度は私が、花音さんに恩返しをしたいです」

 花音と繋いだ手にもう一方の手を重ねる。

「恩返し?」

 その手を見つめたまま、花音が尋ねた。

「花音さんのこと、もっと私に教えてください」

 花音の顔を覗き込む。

「私、なにも知らないまま、守られるのは嫌なんです。守られてるのを知らないままなのも」
「咲ちゃん……」
「──花音さんが私をこのビルから追い出したのは、危険が迫ったからですよね?」

 咲の問いに、花音は口を閉ざす。

「そういうことは、きちんと言ってください。黙って守らないでください。守るなら守るで、もっと守ってる感を出してください」
「守ってる感って……」

 花音がポカーンとして咲を見返す。

「こう、『危険』の立て札を置くとか、『警備中』の腕章をつけるとか……」
「なに、それ……」

 花音は呆れたように言い、それからフフッと笑い声を漏らした。

「笑いましたね」

 咲はムーッと頬を膨らます。

「私は本気で言ってるのに」

 恨みがましい目を花音に向ける。

「大体、花音さんは言葉が足りなすぎます。お花のことならペラペラと話すのに、自分のことは秘密ばっかりで……私、鈍感だから、きちんと言ってもらわないとわからないんです」
「……きちんと言う?」

 花音が目をパチクリとさせる。

「それって、あの……」と顔を赤らめた。

「花音さんが、危ないから出ていってほしいって言ってくれたら、変に悩まなくてもよかったのに」
「……ああ、そっち……」

 花音はガックリと肩を落とした。

「そっちって、なんですか?」

 ううん、なんでもない、と花音が力なく首を振る。

「──とにかく、私も花音さんの助けになりたいんです。花音さんや華村ビルを守れる存在に。だから……」

 咲は花音の手を再び強く握った。

「もっと、花音さんのこと教えてください」

 真剣に花音を見つめる。

「……参ったな」

 花音がポツリと呟き、前髪を掻き上げた。

「私、何か変なこと言いました?」

 ううん、と花音がユルユルと首を振る。

「咲ちゃんは強くなったなって感心しただけ」
「私が?」

 そう、と花音は満足そうに頷いた。

「あと、ごめんね……」と咲の顔を覗き込み、目元を優しく親指でなぞる。

「咲ちゃんのこと、泣かせちゃった」
「あ、いえ……」

 好きと自覚したばかりで、この接触は心臓に悪い。

 咲は気まずさに目を伏せた。が、今度は花音の両腕がふわりと咲を包み込む。

「か、花音さん……」

 咲はドキリとして身を固くした。

「咲ちゃん……」

 花音はヘタリと咲の右肩に顎を乗せた。

「──咲ちゃんの言うとおりだ」

 しょんぼりとした口調で花音が言う。

「僕、言葉が足りてなかった……ほんと、ごめん」

 見れば、しょげた犬のような花音がいた。

 そんな花音があまりにも可愛くて、咲は思わず頭を撫でた。その手を掴み、花音の視線が物言いたげに咲を捉える。艶めかしいその視線に咲はドキリとする。

「おーい、そろそろいいか?」

 ふいにドアの方から不機嫌そうな声が聞こえてきた。目を向けると、ドアの横に腕組みをした長身の男が佇んでいる。

「……凛太郎さんっ」

 咲は驚いて声を上げた。

「これ以上おイタするようだと、咲の親父さんに報告するからな」

 凛太郎の言葉に、花音はグッと息を呑む。それから、はいはい、と仕方なさそうに咲から離れた。

「え? 凛太郎さん、私の父に報告って?」

 状況が呑み込めず、咲は凛太郎に尋ねる。

「ああ。俺、お前のお目付け役だから。なにかあったら報告する決まりなの」
「へ? だって、あのときスパイじゃないって……」
「スパイじゃない。お目付け役だ」

 凛太郎はそう言って鼻息を荒くする。

 え、それって同じじゃ、という咲の声を無視して、

「いいから、リビングに来い」

 凛太郎はぶっきらぼうに言い放った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木
ライト文芸
番外編は時系列順ではありません。 更新日 2/12 『受け継ぐ者』 更新日 2/4 『秘密を持って生まれた子 3』(全3話) 02/01『秘密を持って生まれた子 2』 01/23『秘密を持って生まれた子 1』 01/18『美之の黒歴史 5』(全5話) 12/30『とわずがたり~思い出を辿れば~2,3』 12/25『とわずがたり~思い出を辿れば~1 』 本編は完結。番外編を不定期で更新。 11/11~11/19『夫の疑問、妻の確信1~3』  10/12 『いつもあなたの幸せを。』 9/14  『伝統行事』 8/24  『ひとりがたり~人生を振り返る~』 お盆期間限定番外編 8月11日~8月16日まで 『日常のひとこま』は公開終了しました。 7/31 『恋心』・・・本編の171、180、188話にチラッと出てきた京司朗の自室に礼夏が現れたときの話です。 6/18 『ある時代の出来事』 -本編大まかなあらすじ- *青木みふゆは23歳。両親も妹も失ってしまったみふゆは一人暮らしで、花屋の堀内花壇の支店と本店に勤めている。花の仕事は好きで楽しいが、本店勤務時は事務を任されている二つ年上の林香苗に妬まれ嫌がらせを受けている。嫌がらせは徐々に増え、辟易しているみふゆは転職も思案中。 林香苗は堀内花壇社長の愛人でありながら、店のお得意様の、裏社会組織も持つといわれる惣領家の当主・惣領貴之がみふゆを気に入ってかわいがっているのを妬んでいるのだ。 そして、惣領貴之の懐刀とされる若頭・仙道京司朗も海外から帰国。みふゆが貴之に取り入ろうとしているのではないかと、京司朗から疑いをかけられる。 みふゆは自分の微妙な立場に悩みつつも、惣領貴之との親交を深め養女となるが、ある日予知をきっかけに高熱を出し年齢を退行させてゆくことになる。みふゆの心は子供に戻っていってしまう。 令和5年11/11更新内容(最終回) *199. (2) *200. ロンド~踊る命~ -17- (1)~(6) *エピローグ ロンド~廻る命~ 本編最終回です。200話の一部を199.(2)にしたため、199.(2)から最終話シリーズになりました。  ※この物語はフィクションです。実在する団体・企業・人物とはなんら関係ありません。架空の町が舞台です。 現在の関連作品 『邪眼の娘』更新 令和7年1/25 『月光に咲く花』(ショートショート) 以上2作品はみふゆの母親・水無瀬礼夏(青木礼夏)の物語。 『恋人はメリーさん』(主人公は京司朗の後輩・東雲結) 『繚乱ロンド』の元になった2作品 『花物語』に入っている『カサブランカ・ダディ(全五話)』『花冠はタンポポで(ショートショート)』

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...