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三本のアマリリス
和解 -3-
しおりを挟む咲は繋いだ手に力を込める。
「はい、感謝しています──たとえそれが、父の指示だったとしても」
繋いだ手を通して、花音の身体が強張るのが分かった。顔にも緊張の色が走る。
やっぱり、と咲は確信する。
花音さんと父が繋がりがあるのは、明らかだ。
──でも、それでもいい。
それでも花音に対する気持ちは変わらない。
変わらず花音は咲の恩人なのだから。
「だから、今度は私が、花音さんに恩返しをしたいです」
花音と繋いだ手にもう一方の手を重ねる。
「恩返し?」
その手を見つめたまま、花音が尋ねた。
「花音さんのこと、もっと私に教えてください」
花音の顔を覗き込む。
「私、なにも知らないまま、守られるのは嫌なんです。守られてるのを知らないままなのも」
「咲ちゃん……」
「──花音さんが私をこのビルから追い出したのは、危険が迫ったからですよね?」
咲の問いに、花音は口を閉ざす。
「そういうことは、きちんと言ってください。黙って守らないでください。守るなら守るで、もっと守ってる感を出してください」
「守ってる感って……」
花音がポカーンとして咲を見返す。
「こう、『危険』の立て札を置くとか、『警備中』の腕章をつけるとか……」
「なに、それ……」
花音は呆れたように言い、それからフフッと笑い声を漏らした。
「笑いましたね」
咲はムーッと頬を膨らます。
「私は本気で言ってるのに」
恨みがましい目を花音に向ける。
「大体、花音さんは言葉が足りなすぎます。お花のことならペラペラと話すのに、自分のことは秘密ばっかりで……私、鈍感だから、きちんと言ってもらわないとわからないんです」
「……きちんと言う?」
花音が目をパチクリとさせる。
「それって、あの……」と顔を赤らめた。
「花音さんが、危ないから出ていってほしいって言ってくれたら、変に悩まなくてもよかったのに」
「……ああ、そっち……」
花音はガックリと肩を落とした。
「そっちって、なんですか?」
ううん、なんでもない、と花音が力なく首を振る。
「──とにかく、私も花音さんの助けになりたいんです。花音さんや華村ビルを守れる存在に。だから……」
咲は花音の手を再び強く握った。
「もっと、花音さんのこと教えてください」
真剣に花音を見つめる。
「……参ったな」
花音がポツリと呟き、前髪を掻き上げた。
「私、何か変なこと言いました?」
ううん、と花音がユルユルと首を振る。
「咲ちゃんは強くなったなって感心しただけ」
「私が?」
そう、と花音は満足そうに頷いた。
「あと、ごめんね……」と咲の顔を覗き込み、目元を優しく親指でなぞる。
「咲ちゃんのこと、泣かせちゃった」
「あ、いえ……」
好きと自覚したばかりで、この接触は心臓に悪い。
咲は気まずさに目を伏せた。が、今度は花音の両腕がふわりと咲を包み込む。
「か、花音さん……」
咲はドキリとして身を固くした。
「咲ちゃん……」
花音はヘタリと咲の右肩に顎を乗せた。
「──咲ちゃんの言うとおりだ」
しょんぼりとした口調で花音が言う。
「僕、言葉が足りてなかった……ほんと、ごめん」
見れば、しょげた犬のような花音がいた。
そんな花音があまりにも可愛くて、咲は思わず頭を撫でた。その手を掴み、花音の視線が物言いたげに咲を捉える。艶めかしいその視線に咲はドキリとする。
「おーい、そろそろいいか?」
ふいにドアの方から不機嫌そうな声が聞こえてきた。目を向けると、ドアの横に腕組みをした長身の男が佇んでいる。
「……凛太郎さんっ」
咲は驚いて声を上げた。
「これ以上おイタするようだと、咲の親父さんに報告するからな」
凛太郎の言葉に、花音はグッと息を呑む。それから、はいはい、と仕方なさそうに咲から離れた。
「え? 凛太郎さん、私の父に報告って?」
状況が呑み込めず、咲は凛太郎に尋ねる。
「ああ。俺、お前のお目付け役だから。なにかあったら報告する決まりなの」
「へ? だって、あのときスパイじゃないって……」
「スパイじゃない。お目付け役だ」
凛太郎はそう言って鼻息を荒くする。
え、それって同じじゃ、という咲の声を無視して、
「いいから、リビングに来い」
凛太郎はぶっきらぼうに言い放った。
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