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百合の葯
ブライズルーム -3-
しおりを挟む「それじゃあ、僕たちはそろそろお暇します──行こう、咲ちゃん」
チラリと時計を見て、花音が言い、部屋の外へ向かう。咲もそれに従い、亮介と文乃も見送りにあとに続いた。
「あ、そうだ」
ドアノブへ手をかけた花音は思い出したように文乃と亮介を振り返った。
「お花、楽しみにしていてくださいね。僕からの精一杯の恩返しですから」
口の端を歪め、自信満々に笑う。
「ああ、楽しみにしてる」
嬉しそうに目を細めた亮介に、花音は大きく頷き、ドアを押し開けた。
「おっと」
途端に大きな花束を抱えた女性が入り口の前に現れ、ぶつかりそうになる。
「あ、申し訳ありません」
女性は慌てて謝辞を述べた。服装から、式場のスタッフであることが分かる。
「──文乃さまに花束が届いておりましたので、お持ちしたのですが……」
花音を見上げ、告げる。
「花束?」
部屋の中から文乃が疑問の声を上げ、「誰からかしら?」と首を傾げた。
「心当たりがないのですか?」
「ええ。お花は武雄くんに全て任せているし、友達からもそんな連絡は……」
文乃の答えに、花音の表情がわずかに曇った。
「わかりました。ありがとうございます」とスタッフに礼を述べ、花音は花束を受け取る。
一礼をして部屋を去ったスタッフの背中を見送り、ドアを閉じた花音は、しげしげと花束を観察した。
「メッセージカード……」
添えられたメッセージカードに気がつき、手に取る。サッとメッセージカードに目を通した花音の表情が険しさを帯びた。
「……あいつっ」
ついで押し殺した低い声が漏れ出る。とても花音のものは思えない険のある声だ。咲はビクリと肩を窄めた。
「どうした?」
異変に気づいた亮介が問う。
「二階堂だよ」
応じる花音の声には、明らかに怒りがこもっていた。
「『ご結婚おめでとうございます。僕からささやかなプレゼントを贈らせていただきます。喜んで貰えると嬉しいです。──二階堂悟』
メッセージカードを読み上げ、花音は忌々しげにそれを握りつぶした。
──メッセージを聞いた分には普通のお祝いの言葉のように思えるが。
しかし、亮介は深刻そうに眉を顰め、
「一体どういうつもりだ……」
何事かを思案するように顎に手を当てた。文乃を見ると、血の気の失せた顔で立ち尽くしている。
「まったく二階堂の奴っ。こんなものを贈りつけてくるなんて、何を企んでいる?」
花音はそう呟き、奥歯を噛み締めた。
──こんなもの?
咲は驚いて花音を凝視した。
──花束を『こんなもの』呼ばわりするなんて。
お花のことをとても大切にしている花音さんが、そのお花を蔑むような言葉を吐くことが信じられなかった。
穏やかだった花音の瞳には、激しい憎悪と冷ややかな侮蔑が混じり合い、浮かび上がる。
それは決して自分に向けられたものではないと分かっていても、咲は萎縮して、身を縮こませた。
──初めて花音さんを怖いと思った。
「──おい、武雄っ」
亮介が花音に呼びかけ、咲を顎でしゃくる。それで花音はハッとしたように咲を見た。
「あ……咲ちゃん、ごめんね。驚かせちゃったね」
慌てていつもの穏やかな笑みを取り繕う。
「……大丈夫です」
咲はフルフルと頭を振った。
「本当に?」
花音は咲の肩に手を置き、心配そうに顔を覗き込む。
その表情はすっかりいつもの過保護な花音さんだ。
「本当に、大丈夫です」
咲はホッとして笑顔を返す。
そう、と花音は頷き、「ごめんね、怖がらせて」と咲の頭をポンポンと撫でた。
「……おいおい、本日の主役の前でイチャつくなよ」
二人のやりとりを黙って見ていた亮介が茶化した声を上げる。
──そういえばここはブライズルームだった。
声の方を見ると、生温かい視線の亮介と文乃と目があった。咲はあわあわと顔を赤く染め、俯いた。
──全部見られてた……
恥ずかしい。それに文乃さんにも誤解されたかもしれない。
「別にいいじゃないですか」
花音は気にした風もなく、亮介に軽口を返すと花束を押し付ける。
「それじゃあ、僕たちはこれで」と咲の手を取り、部屋をあとにした。
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