華村花音の事件簿

川端睦月

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百合の葯

サプライズプレゼント -1-

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 披露宴はホテルの敷地内、イングリッシュガーデンの中に佇む一軒家レストランで行われるとのことだった。すぐ傍には白い外壁のチャペルが並ぶ。挙式はそちらのチャペルで行われるそうだ。

 ホワイトを基調としたナチュラルスタイルのレストランは、窓から差し込む自然光が柔らかく、温かい雰囲気を感じさせる。天井から吊るされた控えめなシャンデリアと白レンガ造りの暖炉がそれにクラシカルさを添えていた。

「可愛らしい会場ですね」

 咲はグルリと会場内を見回し、花音を見上げた。

「そうだね。文乃さんは可愛いらしいものが好きだから」

 そう言って花音は頷く。

 付き合っていただけあって、文乃の嗜好には詳しいらしい。やはりモヤモヤが付き纏う。

「装花も『お伽噺に出てくるようなロマンチックなお花で』っていうリクエストだったし」
「ロマンチックなお花ですか……」

 ロマンチックなお花といっても、咲にはどういうものかイメージが湧かない。眉根を寄せた咲を、花音はクスリと笑った。

「大体、咲ちゃんみたいな反応が一般的だよ」
「え?」
「ウェディングの装花の話をしたときに、具体的なアレンジの様式とか、雰囲気とか、使用するお花を指定できる人ってほとんどいないんだ──それこそ、ある程度お花を習っていないとね」

 それはそうかも知れない。こんな広い会場をお花で飾りつけろ、といきなり言われても素人には無理な話だ。

「だから、以前手掛けた装花の写真や、ウェディング雑誌なんかを見ながら提案するんだけど。やっぱり、写真と実物じゃ違うんだよね」

 そう言って肩を竦めた。

「僕も最初の頃は上手く要望を汲み取れなくて、ガッカリされることが度々あったんだ」
「花音さんが、ですか?」

 あんなに素敵なお花を生けるのに。ちょっと驚きである。

「そうなの。圧倒的なコミニュケーション不足だったんだよね」
「コミニュケーション不足?」
「そう──奢りもあったんだろうね。失敗しても、素人に何が分かるんだって開き直って、原因を考えなかったの」
「うわぁ……」

 咲は思わず引いてしまった。

 やっぱり花音さんの内面は意外とブラックなのかもしれない。
 
「ほんと、『うわぁ』だよね」

 花音は自嘲するように笑った。

「でも、ある日、装花を手掛けた新婦さんのお祖母さんから手紙を頂いてね」
「手紙ですか?」
「うん。『素敵なお花ありがとうございます』って、子供みたいな字で書いてあったの」

 花音は慈しむように遠くを見た。

「手紙を届けてくれた新婦さんが言っていたんだけど──お祖母さん、ウェディングの数ヶ月前に脳梗塞になって、身体に後遺症が残ったそうなんだ。それで元々はすごく活発な人なのに、外に出歩くこともなくなって、すっかり塞ぎ込んでしまったって」

 ゆっくりと首を振った。

「ウェディングにも出席しないって言われたらしいんだ。でも、新婦さんは大のお祖母ちゃんっ子だったから。どうしても花嫁姿を見せたくって、興味を持ってもらえるように打ち合わせの様子を写真に収めて、話していたそうなんだよ」
「本当にお祖母さんのことが大好きだったんですね」

 そうだね、と花音は笑った。

「そうしている中で、お祖母さんはお花の写真に興味を示したんだって。病気になる前は自宅の庭をイングリッシュガーデンみたいにしていたらしくて。それで、そういう装花はできませんか、って相談されたの」

 花音は懐かしそうに目を細める。

「実はウェディングの装花の打ち合わせって、直接話を聞くのは一回だけなんだ」
「え? そんなものなんですか?」
「うん。一回の打ち合わせで、大体のイメージを固めて、追加の要望はスタッフから言伝に聞くことが多いの」
「なるほど。それなら、本当の意図は汲み取りにくいですね」

 そうなの、と花音は頷く。

 式場のスタッフはお花のプロではないから、間違った受け取り方をしてしまうこともあるだろう。

「その新婦さんとは直接何度も会って打ち合わせをしたんだ。お祖母さんの庭の様子とか、新婦さんの要望とか、お花の種類とか……。それが、今までにないくらいすごく楽しかったんだ──『華村花音』になれたようで」
「華村花音に……」

 そういえば『華村花音』は、花音さんのお祖母様の名前だったということを思い出す。お祖母様を尊敬するあまり、雅号として名乗っているのだった。

「なーんてね。僕も相当なお祖母ちゃんっ子だよね」

 花音はバツが悪そうに頭を掻いた。

「そんなこと……」

 だって、だからこそ、その新婦さんの気持ちに共感できたのだろうから。

「まぁ、とにかくそんなことがあって、装花に対する考え方を変えたんだ。もっときちんと向き合おうって」

 そう言った花音は晴れ晴れしい笑みを浮かべる。咲は思わず拍手をしてしまった。

「やめてよ、咲ちゃん。恥ずかしいよ」
「いえ、私、本当に感動しました。私も、花音さんみたいにもっと真摯に仕事に向き合わないといけないな、と思いました」

 咲の言葉に、花音はフッと口元を緩める。

「咲ちゃんは本当に頑張り屋だね」

 優しく頭を撫でた。
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