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水仙の誘惑
元カノ -4-
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「ねぇ、咲ちゃん」とこちらに近づきながら、話しかけてくる。
「咲ちゃん、今日って暇だったよね」
「え? いえ、これから周辺を散策しようと……」
「そうだよね。だったら、問題ないね」
咲が言いかけたのを遮り、花音は勝手に結論づけて頷く。
「じゃあ、悪いけど、今日は僕に付き合って」
「え?」
──『悪いけど』っていうわりには、全然悪びれてないし、決定事項になってますよね。
咲は唖然として花音を見つめた。
「今、別件の用事を済ませてくるから。ちょっと待ってて」
「あ、いえ……」
咲の返事を聞くことなく、花音は話を進め、文乃の元へ戻っていく。それから文乃と共に店の外へと出ていった。
咲はその背中に手を伸ばし、パクパクと口を動かした。それに凛太郎がニヤニヤと顔を歪める。
「なんですか」
咲は八つ当たり気味に凛太郎を睨んだ。
「ねぇねぇ、凛太郎さん」
花音が立ち去るのと同時に、厨房から悠太がケーキをトレイに乗せて現れる。
「あの文乃さんって、花音さんとどういう関係なんですか?」
そのケーキをテーブルの上に給仕しながら、好奇心いっぱいの目をキラキラと輝かせ、尋ねた。
あー、と凛太郎が頭を掻いて、チラリと咲を見る。
──なによ?
咲はギロリと凛太郎を睨んだ。それに凛太郎が怯む。どうやらさっきのことが堪えているようだ。
ま、いっか、と呟き、凛太郎は胸の前で腕を組んだ。
「──文乃は武雄の元カノ」
「元カノ?」
悠太が驚いて目を見張る。
「えっ、なんで元カノがここに? もしかして、お腹の子のお父さんって……」
悠太があらぬことを口走る。
「お腹の子? 文乃、妊娠してるのか?」
「ええ、さっき咲さんから聞きました」
確かに妊婦さんだからカフェインレスのもので、と言ったが、凛太郎にバラすことはないのに。
咲はジトッと悠太を見つめた。その視線に気づいて、悠太が誤魔化し笑いをする。
「ないない」
凛太郎が顔の前で手を払った。
「元カノっていっても、もう五年も前の話だから。それからあいつはずーっと独り身」
ずいぶんと事情に詳しいようで。咲は凛太郎を見つめた。
でも、五年も恋人を作らないってことは、まだ文乃さんのことを好きなのかもしれない。
なんだか急に胸が締め付けられたように感じた。
「そういえば、悠太さんも、花音さんの本名を知ってたの?」
咲は胸のモヤモヤを振り切るように話題を変えた。
「はい。というか、普段は武雄さんって呼んでますよ」
「そうなの?」
そうです、と頷く。
「──ただ、お花生けてる時だけは『花音で』と言われているんで、そうしてますけど。あと、最近は咲さんの前でもって言われてて。ちょっとややこしいんですよね」
咲は初めて悠太と会ったときの二人のやりとりを思い出す。だから、あのとき、花音は悠太に冷たい態度を取ったのか。
「でも、なんでそんなこと」
咲が呟くのに、凛太郎が「武雄でいたくなかったんじゃないか」とぶっきらぼうに応じた。
「武雄でいたくない?」
口の中で繰り返し、咲は凛太郎の顔を捉えた。
──どういう意味?
謎掛けのような言葉に、咲は首を傾げる。しかし、凛太郎は不機嫌な顔のまま、黙ってコーヒーを啜った。これ以上は答える気はなさそうだ。
仕方なく、咲も目の前に出されたケーキを頂くことにした。イチゴをふんだんに使ったタルトだ。
「あ、美味しい」
咲のつぶやきに、そうでしょ、そうでしょ、と悠太がうなずいた。
「今はイチゴが旬ですからね。研究に研究を重ねて、ようやく完成した自信作なんですよ」
悠太が鼻息を荒くする。それに凛太郎は面白くなさそうに、ケッと悪態をついた。
──本当に凛太郎さんは子供だな。
花音の指摘を思い出して、苦笑いを浮かべた。
ふいに、チリン、と背後からベルの音が聞こえた。
「お待たせ、咲ちゃん」
花音が入り口から顔を覗かせる。隣には文乃の姿もあった。
「じゃあ、行こうか」
ニコリと笑う。
「あの、私、これから用事が……」
言いかけた咲の手を取り、花音は有無を言わせず引き上げる。
「大丈夫。きちんと道案内するから」
「いえ、そうではなくて……」
「いいから、いいから」
咲は助けを求め、悠太と凛太郎に目を向ける。二人は「諦めろ」という顔をして、手を振った。
──そんなぁ。
強引に引きずられながら、実はこのビルで一番厄介なのは花音さんなのかもしれない、と咲は思ったのだった。
「咲ちゃん、今日って暇だったよね」
「え? いえ、これから周辺を散策しようと……」
「そうだよね。だったら、問題ないね」
咲が言いかけたのを遮り、花音は勝手に結論づけて頷く。
「じゃあ、悪いけど、今日は僕に付き合って」
「え?」
──『悪いけど』っていうわりには、全然悪びれてないし、決定事項になってますよね。
咲は唖然として花音を見つめた。
「今、別件の用事を済ませてくるから。ちょっと待ってて」
「あ、いえ……」
咲の返事を聞くことなく、花音は話を進め、文乃の元へ戻っていく。それから文乃と共に店の外へと出ていった。
咲はその背中に手を伸ばし、パクパクと口を動かした。それに凛太郎がニヤニヤと顔を歪める。
「なんですか」
咲は八つ当たり気味に凛太郎を睨んだ。
「ねぇねぇ、凛太郎さん」
花音が立ち去るのと同時に、厨房から悠太がケーキをトレイに乗せて現れる。
「あの文乃さんって、花音さんとどういう関係なんですか?」
そのケーキをテーブルの上に給仕しながら、好奇心いっぱいの目をキラキラと輝かせ、尋ねた。
あー、と凛太郎が頭を掻いて、チラリと咲を見る。
──なによ?
咲はギロリと凛太郎を睨んだ。それに凛太郎が怯む。どうやらさっきのことが堪えているようだ。
ま、いっか、と呟き、凛太郎は胸の前で腕を組んだ。
「──文乃は武雄の元カノ」
「元カノ?」
悠太が驚いて目を見張る。
「えっ、なんで元カノがここに? もしかして、お腹の子のお父さんって……」
悠太があらぬことを口走る。
「お腹の子? 文乃、妊娠してるのか?」
「ええ、さっき咲さんから聞きました」
確かに妊婦さんだからカフェインレスのもので、と言ったが、凛太郎にバラすことはないのに。
咲はジトッと悠太を見つめた。その視線に気づいて、悠太が誤魔化し笑いをする。
「ないない」
凛太郎が顔の前で手を払った。
「元カノっていっても、もう五年も前の話だから。それからあいつはずーっと独り身」
ずいぶんと事情に詳しいようで。咲は凛太郎を見つめた。
でも、五年も恋人を作らないってことは、まだ文乃さんのことを好きなのかもしれない。
なんだか急に胸が締め付けられたように感じた。
「そういえば、悠太さんも、花音さんの本名を知ってたの?」
咲は胸のモヤモヤを振り切るように話題を変えた。
「はい。というか、普段は武雄さんって呼んでますよ」
「そうなの?」
そうです、と頷く。
「──ただ、お花生けてる時だけは『花音で』と言われているんで、そうしてますけど。あと、最近は咲さんの前でもって言われてて。ちょっとややこしいんですよね」
咲は初めて悠太と会ったときの二人のやりとりを思い出す。だから、あのとき、花音は悠太に冷たい態度を取ったのか。
「でも、なんでそんなこと」
咲が呟くのに、凛太郎が「武雄でいたくなかったんじゃないか」とぶっきらぼうに応じた。
「武雄でいたくない?」
口の中で繰り返し、咲は凛太郎の顔を捉えた。
──どういう意味?
謎掛けのような言葉に、咲は首を傾げる。しかし、凛太郎は不機嫌な顔のまま、黙ってコーヒーを啜った。これ以上は答える気はなさそうだ。
仕方なく、咲も目の前に出されたケーキを頂くことにした。イチゴをふんだんに使ったタルトだ。
「あ、美味しい」
咲のつぶやきに、そうでしょ、そうでしょ、と悠太がうなずいた。
「今はイチゴが旬ですからね。研究に研究を重ねて、ようやく完成した自信作なんですよ」
悠太が鼻息を荒くする。それに凛太郎は面白くなさそうに、ケッと悪態をついた。
──本当に凛太郎さんは子供だな。
花音の指摘を思い出して、苦笑いを浮かべた。
ふいに、チリン、と背後からベルの音が聞こえた。
「お待たせ、咲ちゃん」
花音が入り口から顔を覗かせる。隣には文乃の姿もあった。
「じゃあ、行こうか」
ニコリと笑う。
「あの、私、これから用事が……」
言いかけた咲の手を取り、花音は有無を言わせず引き上げる。
「大丈夫。きちんと道案内するから」
「いえ、そうではなくて……」
「いいから、いいから」
咲は助けを求め、悠太と凛太郎に目を向ける。二人は「諦めろ」という顔をして、手を振った。
──そんなぁ。
強引に引きずられながら、実はこのビルで一番厄介なのは花音さんなのかもしれない、と咲は思ったのだった。
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