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水仙の誘惑
文乃からの依頼 -1-
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「武雄くん、お久しぶりね」
席に着くなり、文乃が笑って言う。
「お久しぶりです、文乃さん」
以前と変わらぬ親しげな態度に戸惑いながらも、花音は会釈を返す。
その背中に「失礼します」と悠太が声をかける。悠太は恭しくお辞儀をし、「こちらルイボスティーになります」とテーブルにカップを置いた。それからクルリと方向転換し、咲のほうへ去っていく。
花音はそれを見届けてから、文乃に向き直った。
「武雄くん、髪、伸ばしたのね」
ふいに文乃が言った。
「昔と全然違う髪型だったから、一瞬、わからなかったわ」
「そうかもしれませんね。昔は丸刈りでしたから」
花音は肩をすくめる。
「丸刈りって」
文乃がクスクスと笑う。
「スポーツ刈りでしょ」
屈託のない笑みを向けてくる文乃に、懐かしさを覚える。しかし、それ以上の感情が湧いてこないことに、時間の流れを感じた。
「そういえば、亮介から聞きましたが──」
亮介とは花音の元同僚で、文乃の夫である。彼とは今も時々連絡を取り合う仲だった。
「妊娠されたそうですね。おめでとうございます」
満面の笑顔を浮かべてみせる。ありがとう、と応じた文乃の表情がパァッと明るくなった。
「今、三ヶ月に入ったところなの」
文乃は愛おしそうにお腹を撫でた。
「それで、今日はどのようなご用件で?」
花音は笑みを浮かべ、尋ねる。
「──実は順番が逆になってしまったけど、六月に結婚式を挙げることにしたの」
「結婚式ですか。……お身体の方は大丈夫なんですか?」
妊娠中は色々体調が崩れると聞く。そんな時期に結婚式を予定していて大丈夫なのだろうか、と他人事ながら心配になった。
「ええ。今はつわりが少しあるけど、六月には安定期に入るから。そうすれば、体調も落ち着いてくるらしいの」
そうですか、と花音は頷いた。
「だから、その隙に結婚式を挙げてしまおうって亮介さんが」
「その隙って、言い種が……」
相変わらずの亮介の物言いに、花音は呆れて苦笑した。
「本当よね」と文乃も笑い、「それでね」と花音を見上げた。
「今日ここにきたのは、結婚式のお花を武雄くんにお願いしたかったからなの」
「結婚式のお花、ですか?」
文乃の言葉に花音は面食らった。
五年も前とはいえ、元カレが結婚式に関わるなんて亮介もいい気がしないのでは。
「亮介はなんて言ってます?」
だから、一応彼の意志を確認してみる。
「もちろん、亮介さんも武雄くんにお願いしたいって」
至って涼しい顔で文乃は答えた。
まぁ、亮介の性格ならそういうだろう、と一人納得する。それに過去にこだわるような人間なら、元同僚の元カノと結婚しようとはならないだろう。
みんな日々、前に進んでいるのだ。
そのことを思い知らされ、花音はギュッと拳を握りしめた。
「武雄くん?」
黙り込んだ花音を文乃は怪訝そうに見つめた。
「──わかりました。お受けします」
花音はニコリと笑い、応じた。
「ありがとう、武雄くん」
「いいえ、こちらこそありがとうございます。──ただ、結婚式のお花となると、細かい打ち合わせが必要になります。何度かこちらに出向いてもらうことになると思いますが、大丈夫ですか?」
チラリと文乃のお腹を一瞥する。まだ妊婦らしい膨らみは確認できないが、妊娠中は慎重過ぎるということはない。わざわざ呼びつけるのは気が引けた。
しかし、文乃は「大丈夫よ。お出かけには、もれなく亮介さんが付いてくるから」と惚気たことを言う。
つまり、打ち合わせの度に文乃と亮介がイチャつくのを見なければならないのか。
花音は苦笑する。
「今日も産院までは一緒だったのだけど。ここに来る前に急な呼び出しがあって……」
文乃は残念そうに告げた。
「産院帰りということは……」
これ以上亮介の話が出ないよう、花音は話題を変えることにした。
「通われている産院は、この近くなんですか?」
「ええ。隣駅近くの『竹中産婦人科』に通っているの」
「竹中産婦人科ですか」
花音は大きく頷いた。
「あそこはかなり評判がいいですよね」
「あら、武雄くん知っているの? 男の人なのに珍しいわね」と文乃は意外そうだ。
「もしかして……」と続けた文乃の顔は、明らかに良からぬ想像をしているように見えた。
「あそこには生け込みにいってますからね」
なにか突拍子もないことを言われる前に、先手を取ってやんわりと告げる。
「なーんだ」
文乃はつまらなそうな声を上げた。
「院長の奥さまがガーデニングをされる方で。生け込みついでに、お花の話をしながらお茶会をするのです」
ニコリと笑ってみせた。
「──そういえば、奥さまも妊娠されたとお聞きしましたが」
ふと思い出し、口にする。それに文乃は小さくと肩を揺らした。
明るかった顔が曇り、「それなんだけど……」と眉根を寄せる。
席に着くなり、文乃が笑って言う。
「お久しぶりです、文乃さん」
以前と変わらぬ親しげな態度に戸惑いながらも、花音は会釈を返す。
その背中に「失礼します」と悠太が声をかける。悠太は恭しくお辞儀をし、「こちらルイボスティーになります」とテーブルにカップを置いた。それからクルリと方向転換し、咲のほうへ去っていく。
花音はそれを見届けてから、文乃に向き直った。
「武雄くん、髪、伸ばしたのね」
ふいに文乃が言った。
「昔と全然違う髪型だったから、一瞬、わからなかったわ」
「そうかもしれませんね。昔は丸刈りでしたから」
花音は肩をすくめる。
「丸刈りって」
文乃がクスクスと笑う。
「スポーツ刈りでしょ」
屈託のない笑みを向けてくる文乃に、懐かしさを覚える。しかし、それ以上の感情が湧いてこないことに、時間の流れを感じた。
「そういえば、亮介から聞きましたが──」
亮介とは花音の元同僚で、文乃の夫である。彼とは今も時々連絡を取り合う仲だった。
「妊娠されたそうですね。おめでとうございます」
満面の笑顔を浮かべてみせる。ありがとう、と応じた文乃の表情がパァッと明るくなった。
「今、三ヶ月に入ったところなの」
文乃は愛おしそうにお腹を撫でた。
「それで、今日はどのようなご用件で?」
花音は笑みを浮かべ、尋ねる。
「──実は順番が逆になってしまったけど、六月に結婚式を挙げることにしたの」
「結婚式ですか。……お身体の方は大丈夫なんですか?」
妊娠中は色々体調が崩れると聞く。そんな時期に結婚式を予定していて大丈夫なのだろうか、と他人事ながら心配になった。
「ええ。今はつわりが少しあるけど、六月には安定期に入るから。そうすれば、体調も落ち着いてくるらしいの」
そうですか、と花音は頷いた。
「だから、その隙に結婚式を挙げてしまおうって亮介さんが」
「その隙って、言い種が……」
相変わらずの亮介の物言いに、花音は呆れて苦笑した。
「本当よね」と文乃も笑い、「それでね」と花音を見上げた。
「今日ここにきたのは、結婚式のお花を武雄くんにお願いしたかったからなの」
「結婚式のお花、ですか?」
文乃の言葉に花音は面食らった。
五年も前とはいえ、元カレが結婚式に関わるなんて亮介もいい気がしないのでは。
「亮介はなんて言ってます?」
だから、一応彼の意志を確認してみる。
「もちろん、亮介さんも武雄くんにお願いしたいって」
至って涼しい顔で文乃は答えた。
まぁ、亮介の性格ならそういうだろう、と一人納得する。それに過去にこだわるような人間なら、元同僚の元カノと結婚しようとはならないだろう。
みんな日々、前に進んでいるのだ。
そのことを思い知らされ、花音はギュッと拳を握りしめた。
「武雄くん?」
黙り込んだ花音を文乃は怪訝そうに見つめた。
「──わかりました。お受けします」
花音はニコリと笑い、応じた。
「ありがとう、武雄くん」
「いいえ、こちらこそありがとうございます。──ただ、結婚式のお花となると、細かい打ち合わせが必要になります。何度かこちらに出向いてもらうことになると思いますが、大丈夫ですか?」
チラリと文乃のお腹を一瞥する。まだ妊婦らしい膨らみは確認できないが、妊娠中は慎重過ぎるということはない。わざわざ呼びつけるのは気が引けた。
しかし、文乃は「大丈夫よ。お出かけには、もれなく亮介さんが付いてくるから」と惚気たことを言う。
つまり、打ち合わせの度に文乃と亮介がイチャつくのを見なければならないのか。
花音は苦笑する。
「今日も産院までは一緒だったのだけど。ここに来る前に急な呼び出しがあって……」
文乃は残念そうに告げた。
「産院帰りということは……」
これ以上亮介の話が出ないよう、花音は話題を変えることにした。
「通われている産院は、この近くなんですか?」
「ええ。隣駅近くの『竹中産婦人科』に通っているの」
「竹中産婦人科ですか」
花音は大きく頷いた。
「あそこはかなり評判がいいですよね」
「あら、武雄くん知っているの? 男の人なのに珍しいわね」と文乃は意外そうだ。
「もしかして……」と続けた文乃の顔は、明らかに良からぬ想像をしているように見えた。
「あそこには生け込みにいってますからね」
なにか突拍子もないことを言われる前に、先手を取ってやんわりと告げる。
「なーんだ」
文乃はつまらなそうな声を上げた。
「院長の奥さまがガーデニングをされる方で。生け込みついでに、お花の話をしながらお茶会をするのです」
ニコリと笑ってみせた。
「──そういえば、奥さまも妊娠されたとお聞きしましたが」
ふと思い出し、口にする。それに文乃は小さくと肩を揺らした。
明るかった顔が曇り、「それなんだけど……」と眉根を寄せる。
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