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ソレは食べ物ではありません

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 口は災いの元って言うじゃない?
 舌の剣は命を断つ……だったかしら。
 不用意な発言が身を滅ぼす……考え無しに言葉を口にしていると、いつか痛い目に遭うって事なんだけれど……私にとっては、今まさにこの状態を指すのだと思うのよ。私の部屋で、私のベッドの上で、クラウスに襲われている現状が!
 俗に言う絶対絶命って奴だわ!!

「どうされたのです? お嬢様。早く反撃なさって下さい。ほら、こう腕を捕られ押し倒された時はどうされるのですか?」

 私の上で、クラウスはそう急かす。剣呑とした瞳はそのままで、真っ直ぐに私を見つめ息の根を止めにくる。節くれだつ左手で、私の両腕をやすやすと固定し、空いた右手で私の顎をゆっくりなぞりこちらの様子を伺っている。

「こっ……こういう時は、こうするのよ! えっと、こうして、ああやって……」

 ハンナとの特訓を思い出し、必死に身体を捩る。けれど……どっどうしてかしら、まったく身動きがとれない。クラウスったら、細身に見えて馬鹿力なの!? 片手の拘束すら取れそうにないわ!

「ンッ! やぁっ! んぁっ! だめだわ」

 顔を真っ赤にしジタバタもがいてみるが、疲れるだけで効果がない。腰は、クラウスの長い脚に挟まれ抜け出す事も難しそう。手の痺れと羞恥で、また目尻に涙が貯まる。ううっ泣かないわよ。私、涙なんて絶対誰にも見せないんだから! 負けないわ! 

「どうしたのです? ほら。真剣に対処なさって下さい。そうでないと、私に襲われてしまいますよ?」

 ゆっくりと私に顔を近づけると、クラウスはそう耳元で囁いた。その瞬間ゾクゾクと何かが身体を駆け巡り、思わず声が漏れそうになる。ビクッと腰が跳ね、クラウスと密着してしまう。

「……耳が弱いのですね」
「ひぅっ!」

 クラウスが囁く度に、おかしな感覚が腰の辺りを撫で回し力が抜けそうになる。あぁ、抜け出さなきゃいけないのに。拘束を解かなきゃいけないのに、その力が元から抜けでてしまう。

「くっクラウス……其処はやめてっ。力が抜けちゃう」
「あぁ。だめですよ。お嬢様、自分を襲ってる相手にそんな弱い所をやすやすと教えては……」

 出来の悪い幼子を窘めるように、優しい声色で諭すクラウス。その甘い声が、耳を否応無く擽りこそばゆくてもどかしい。

──カプッ。

「ひゃあ!?」

 新たな刺激を受け、ビクッと跳ねる。えっ!? 

「くっくくクラウス? 貴方、今何をしたの?」
「お嬢様を食べました」

 それが何か?とでもいう声色で、平然とクラウスが答える。たっ食べましたって、 貴方、みっ耳を噛んだわね! 弱いと言ったから!? 

「なっ! 其処は食べる所ではないわ! いえ、大体私は食べ物じゃないのよ!? 食べても美味しくないの! やめて!ってひゃん!」

 顔を逸らし必死に逃げようとするのに、クラウスは執拗に耳を甘噛みしてくる。ううっ、漏れでる吐息と唇や歯の感触。何か変な感じよ! やだっこれ、やだぁ

「やめてっ。おいっ……しくないからぁ。ふわっ。くすぐったいわ。クラウスだめっ」

 無理だわっ。こんな風にされたら、力なんて入らない。あぁ……私が馬鹿だった。襲われても自分の身くらい守れるって思っていたけれど、実際は何もできてない。口でいやいやと詰る事しかできないなら、何も抵抗していないのと一緒じゃない。

「ねぇお嬢様。……こんな風に拘束されて、弱い所を責められたら、貴女は簡単に手篭めにされてしまうのですよ?」

 じわりと滲む目尻に、そっとキスを落としながらクラウスは呟く。

「愛らしい貴女に可愛らしい抵抗をされたら、男なんて誰も止まってくれません。どんなに貴女が嫌がって、泣いて拒んでも、その白い肌は暴かれ、薄汚いケダモノ共に易々と蹂躙されてしまう」

 真剣なクラウスの言葉と視線。手の拘束は解かれ、優しく身を起こされる。ふわふわと柔らかなベッドの上で、向かい合って座り直すと、クラウスはその端正な顔を歪め私を見つめた。

「お嬢様。貴女は、貴女が思っている以上に魅力的な女性ひとなのです。そんな貴女に思わせ振りな態度をとられれば、誰だって舞い上がってしまう。軽々しく好きだの、抱いて欲しいなど口にするべきじゃない。そんな事を言えばどんな目に遭うか……これでよくわかったでしょう?」

 クラウスの指が、私の髪に触れる。腫れ物に触れるかのように掬いあげ、白い指先に私の黒い髪を絡ませる。

「普段、人畜無害で善人面したへタレ王子も、想いが強すぎるあまり、距離を詰めれない対人下手も、女性不信から軽薄なふりを演じている道化も……そのお綺麗な顔の下に獣を飼い、貴女を狙っている」

 目を細め、そう語るクラウス。

「……もちろん。無関心を装い、貼り付ける笑顔で本音を隠す私も、頭の中は貴女でいっぱいなのですよ。セリーナ」

 フッと自嘲気味な笑みを浮かべ、クラウスが呟いた。

「だから、お願いです。もっと……ご自分を大切にして下さい。貴女が傷つくと私は辛い」
 
 ゆらゆらと揺れる翡翠の瞳が、真っ直ぐに私の心を射貫く。その言葉が瞳が想いが嬉しい。嬉しいと喜んでしまう自分がいる。だけど、

「でも……ごめんなさい。貴方の気持ちやいいたい事はわかっているの。それでも……それでも私は」

 夜這いを成功させ、処女でなくならなければいけない。

「貴方は、恋人でないと……抱いてくれないのよね」

 縋るような目を、クラウスに向けてしまう。

「できるなら、私を愛さず、無関心のまま、一度だけ抱いて欲しいの……でも、クラウスが嫌だと言うなら……無理にとは言わないわ」
「お嬢様。貴女は、ご自身の仰ってる意味がわかってるのですか? 私がどのようなの想いで貴女を拒み触れたか……」

「わかっているわ。でも、だって仕方ないじゃない! そうするしか方法が見つからないんだもの! クラウスの側に居たいの! その為には婚約者候補から外れなきゃ! でも、恋人として抱かれたら……クラウスがっ……クラウスが酷い目に遭うわ! 主従のまま結ばれたら、きっとお父様がお怒りになる。でも、クラウス以外に触れられるのも嫌! 私、貴方以外なんて考えられないのよ!」

 言葉にした瞬間、抑えてたモノが溢れでた。心の奥底にし舞い込んだ本音が、濁流のように押し寄せて、堪えていた想いがポロポロと涙となって零れ落ちる。

 あぁ。そうよ。そうだった。私、断罪とか追放が嫌だったんじゃない。クラウスと離れる事が嫌だったのね。

「ふっ……ふぐ。ふえっ……ふあぁあああん」

 自覚すると駄目だわ。クラウスに迷惑をかけたくない。でも、クラウスに抱かれたい。我儘な私が、クラウスを困らせてる。最低。最低だわ。

「ごめっ……ごめんなさい。くりゃうす。す……すきになってごめんらさいぃ」
    
 謝る事しかできない。ごめんなさい。こんなに好きでごめんなさい。初めて会った日から、その翡翠の瞳に囚われ、貴方の時折みせる優しい眼差しに恋したの。どんな時も黙って側にいて、見守ってくれて、ちゃんと叱ってくれて、私を私として見てくれる。そんな貴方に惹かれてしまったのよ。

 悪役の癖に、恋なんてしてごめんなさい。

 好きになって、ごめんなさい。

 私は貴方を幸せにできないのに……

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