執事が〇〇だなんて聞いてない!

一花八華

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無自覚ほど性質が悪い

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 フワフワのベッド。白いシーツ。天板からは薄紫色のレースが垂れ下がり、ぐるりとベッドを囲んでいる。その中央で私は、標本箱の中で羽にピンを刺された蝶のよう。クラウスに縫い止められ身動きがとれない。

「お仕置きって……冗談よね? クラウス」

 哀願するように見上げると、クラウスの眉間に深々と皺が刻まれた。

「ーっお嬢様。……そういうお顔をなさるのはお辞め下さい。酷い事をされたいのですか?」

 苦々しく告げられるその言葉に、ショックを受ける。そんな顔ってどんな顔!? 私、そんなに酷い顔なの? 酷い事されなくちゃいけないくらい腹立たしい顔をしてしまったの??

「あっ、ごめんなさいクラウス。酷くしないで……お願い、優しくして?」
「ーっ!」

 お仕置きが避けられないのなら、せめて優しくして欲しい。痛いのは苦手。辛いのも嫌。我儘なのはわかっているけれど、避けられるなら避けたい。

 ぎゅっと目を瞑り、身構える。すると、「はぁああぁ」という大きな溜息が聞こえ、腕の拘束が解かれた。

「お嬢様……貴女って人はどうしてそうなのです……」

 恐る恐る目を開けると、クラウスは片手で顔を覆い能面フェイスを崩している。

「決心が鈍りそうです」
「え? ならそうしてちょうだい。是非に!」

 お仕置きを止めてくれるなら、願ったり叶ったりだわ! 是非ともその決心を鈍らせ、色々無かったことにして欲しい。期待を込めキラキラとした瞳で見つめると、クラウスの縦皺は益々深く刻み込まれる。

「ダメですよ。私は今、執事ですからソレ・・は出来かねます」

 嫌々とそう言うクラウス。仕事に真面目で堅物なクラウスは、お仕置きを取り止めにはしてくれないらしい

「……真面目すぎよクラウス、多少の柔軟さは持つべきだと思うわ」
「……」

 確かに私は令嬢として有るまじき行為を行ったわ。自身の保身の為に、夜這いという強行突破にでようとした。夜這いはイケナイ事よ。反省はしたわ。(後悔はしてないけども)だから、ねぇ許してくれないかしら?

「ねぇ。お願いクラウス。もう(精神的に)限界なの……」

 潤んだ瞳でお願いしたら、絆されたりしてくれないかしら? 無表情、無反応、無慈悲なクラウスもうっかり許してくれたりなんて……ってあれ? 

「お嬢様……私を煽るのもいい加減にして下さい」
「え? 煽るって? 何故そんなに怒っているの?」

 煽るって何を? クラウスの顔が益々険しくなったわ。何故か禍々しいオーラまで感じる。

「……私を態と煽っていらっしゃるのでは?」
「言ってる意味がわからないわ」
 
 何をどう煽っているというの? 変な事を言うのね。許して欲しいだけよ? そうクラウスを見つめ返すと、その翡翠の瞳が一瞬大きく見開きすぐに細められた。その目は剣呑な光を宿している。えっ? なんだか私、クラウスの逆鱗に触れた!? 背中にじっとりと嫌な汗を感じるのだけれど

「成程……他の男共にもこのような事をなされ、ぼろぼろと落としてこられたんですね。無自覚程たちの悪いモノはないと今、確信に至りました。ええ。お嬢様には本気でお仕置きが必要なようだ」
「えっ、やだ。クラウス。待って! いや、痛いのだけはやめて!」 
「痛い事はしません。しかし、貴女の言動が男を弄んでいる事をもっと自覚して下さい。でないと痛い思いをし、傷つくのは貴女なのですよ! 危険な目に遭い、それこそ一生物の傷を負うことだってあるのです!」

 こめかみをピクピクとさせながら、クラウスがモノクルに手を添える。あっヤバい。これ本気で怒ってる……。

「クラウス。大丈夫よ。私、危ない時はちゃんと身を守れるわ」

 そうよ。悪役令嬢と覚醒してから、ちゃんと鍛錬してきたもの。剣術や武術は流石に学ばせて貰えなかったけれど、護身術はハンナ手解きを受けながら何年も技を磨いてきたわ。

「……ほぉ。ご自身でご自身の身を護る……ですか」
「ええ。ヒロインの幼なじみ剣士から羽交い締めされても抵抗してみせるわ!」

 衆目の中、断罪イベントで床に押さえつけられるのは定番よね。

「それに、追放先で暴漢に襲われても逆にコテンパンにのしてやるんだから! ふふふ、私か弱い令嬢じゃないのよ。お転婆でじゃじゃ馬なんだから」
「……でしたら、みせて下さい」
「え?」

 得意気に話す私に向けて、クラウスが静かに返す。

「お嬢様は、襲われてもご自身でなんとかできるのですよね? なら、それをやってみせて下さい」

 にこやかにそう告げる顔。相変わらず目が笑ってない。

「やってみせろ……って……どうやって……」
「今から、私が貴女を襲います」
「は?」

「ですから……」
「ちゃんと私をのして下さいね。お嬢様」

 色っぽく囁く声と、試すような視線。手をとられその平に口付けされる。

 ゾワッと背筋が震えた。あっううそ。これってもしかしなくても、私……藪をつついて要らぬ蛇を怒らせちゃった!?

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