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第55話 治療結果

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「……うん。これで、当分は大丈夫だろう。」

 レイナは手袋を外すと、額の汗を軽く拭った。
 台の上に寝かされたシロは、静かに寝息を立てている。見た目こそ連れてきた当初と変わらないが、呼吸は深く安定しており、その寝顔はずっと安らかに見える。

 ロルフも深く息を吐いて、近くの椅子に腰掛けた。

「助かったよ、レイナ。お前じゃなきゃ、こうは行かなかった。」
「ふふ、それはこっちのセリフというものだよ。本命の処置は、ほとんどキミの仕事だったしね。」

 レイナは治療道具を片づけ始めながら、ひらひらと片手を振った。

「はは。だが……、謎は深まるばかり、か……」

 ロルフは誰に向けるでもなくそう呟いて、眠っているシロに目を落とした。


 今回シロに施した治療というのは、ざっくり言うと、魔導回路の修復だ。
 レイナが魔法で生体の魔力を安定化させている間に、回路を読み取り、欠損している部分を修正したのだ。
 不安定になった回路の影響で、体内を巡る魔力量が安定せず、それが風邪のような症状として現れていたのだろう。

 魔導回路の生体への適用は、こういった身体への悪影響と、また倫理的な問題のため、一種の禁忌として扱われている。
 当然、本来なら、回路自体を取り除きたいところなのだが――。


「一、被検体には、魔導回路が付与されている。」

 突然のレイナの言葉に、はっと顔を上げる。

「二、更に被検体には、何らかの異物が埋め込まれており――三、一の魔導回路は、二の異物を定着させるためのものと推測される。」

 背を向けたまま、レイナはまるで報告書でも読み上げるかのように、それらの言葉を並べた。

「原因不明の体調不良から、これだけのことが判明したわけだ。謎が深まって見えるのは、解明が進んでいる証拠というものさ。」

 それだけ言うと、レイナは顔だけをこちらに向け、「違うかい?」と微笑んだ。
 やや分かりにくいが、あいつなりに励ましてくれているのだろう。

「……ああ、そうだな。その通りだ。」

 軽く笑って、そう返す。
 しかし、その表情の苦々しさは消しきれない。


 シロの体に埋め込まれている、『何か』。
 ロルフとレイナの技術をもってしても、その正体までは分からなかった。

 切開して調べようにも、表皮に施されている魔導回路を避けるのは困難な上、回路が破損すると何が起こるかわからないのだ。

 正直、手詰まりといった感が否めない。


 そのロルフの様子を見て、レイナも小さく溜息をついた。

「ま、気持ちは分からなくもないがね。あまり期待はできないが、戻ってきたらマイアにも診てもらってみよう。あの子の目なら、何か分かるかも知れない。」
「マイア……。さっきの、ハーフエルフの子か。」

 ロルフの脳裏に、少し前の記憶が蘇る。
 偶然にも、エトの知り合いで、今は一緒に治療のための素材を――。

「……ん?」

 ふと、疑問が浮かぶ。

「なあレイナ、そういえばさっき治療中、マナの花の蜜を使ってたよな。なくなったんじゃなかったのか?」

 そう、それを取ってくるために、皆は森へ向かったはずなのだ。
 その言葉にレイナは手を止め、何かを考えるかのように、視線を斜め上に向けた。

「んー? ……ああ。あれは嘘だな。」
「は?」

 ロルフは思わず、口をぽかんと開けた。

「いや、実はそのマイアなんだが、治癒魔法が使えなくなってしまったらしくてね。」
「んん??」

 混乱したロルフは、ちょっと待てと手を突き出したが、レイナは構わずに続けた。

「まあ、体には異常がないから、原因は恐らく精神的なものだ。だが……あいにく私は、心理学は専門外だろう? そこにちょうどキミが知り合いを連れてきたもんだから、ちょっと相談にでも乗ってもらおうと思って、一緒に送り出したというわけさ。」
「…………」

 先ほど掲げた片手が、宙で震える。

 生体の治療に関してはあれほど繊細な作業ができるというのに、心の問題への対処は大雑把がすぎる。
 レイナなりに思いやってのことだとは思うが、何の前情報もなくその状況を押し付けられたエトの事を考えると、あまりに気が重い。

 思わずその手で目を覆い、ロルフは大きく溜息をついた。

「まったく……じゃあ、怪我の治療は期待できないんだな。」
「その通りだが、そこはキミのことだ。護衛対象を戦力に含めなければならないような、やわな鍛え方はしてないだろう?」
「……まあ、それはそうだが。」

 マナの森は魔力が濃いとは言え、それはあくまで王都周辺での話だ。
 出てくる魔物も高くてBランクと言ったところだし、森の中でのエトは極めて強い。今のパーティーであれば、負傷することはまず無いだろう。

 もし、治癒術師が必要な状況があるとしたら――

『――なんでも、黒くて大きな魔物で、魔法を使うとか。』

 ふと、馬車で聞いた言葉が脳裏をよぎる。
 一瞬、心がざわつく。

 まさかな――と、その考えを振り払いつつ、ロルフは窓の向こうへ目を向けた。
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