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第54話 マナの森⑥

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「『賢者の目』、なのだ?」
「はい。私の目は……生まれつき、魔力の流れが見えるのです。」

 マイアは自分の琥珀色の瞳を指差して、スゥとリーシャに示した。
 スゥは、大きく首を傾げた。

「魔力が見えると、どうなるのだ?」
「……色々、わかるのですよ。例えば……皆さんの武器に、魔導回路が付与されていること、とか。」

 マイアはそういって、瞳を指していた指を、そのままスゥの持つ戦斧に移した。
 それを見たリーシャは、思わず感心の声を漏らした。

「へえ……凄いわ。魔力が見えると、そんなことまで分かるのね。」
「うんうん、凄いのだ。……で、リーシャ、魔導回路ってなんなのだ?」
「ちょっとスゥは黙ってなさい。」
「承知なのだ。」

 スゥは黙った。

「ともかく、よくわかったわ。その目なら、魔力がちゃんと溜まった花の蜜かどうか、見ただけで判断できるのね。」
「その通りです。だから、採集は私に任せて……皆さんは、休んでいてください。」

 マイアは軽くお辞儀をすると、荷物からビンを取り出し、花のほうへ歩いて行った。
 エトはそれらの会話を、どこか遠くを見るような感覚で見ていた。


『治癒魔法が使えなくなったと言っても、ですか?』

 さっきの言葉が、胸に刺さった棘のように、ちくりと痛む。
 結局、あのすぐ後にスゥとリーシャが到着したことで、会話はうやむやになり、それ以上のことは聞けなかった。
 だから、それが本当のことなのか、それとも単に『もしも』の話なのか、それすらわからない。

 でも、たとえ二人が来なかったとして。
 自分は……どう、答えることができただろう。

 エトは、また深い森に迷い込んだような気がして、静かに目を閉じた。


『わあ、怪我がなくなった……! すごいよ、マイアちゃんっ!』
『……そんなこと、ないのですよ。この目が、すごいだけ。』

 神に愛された子、マイア。
 彼女は、里の中では有名人だった。

 種族によっては異端とされる混血種だが、友好種族の間に生まれるハーフエルフは、幸運の象徴とされている。
 加えてマイアは、混血種にたまに発現する特殊体質、『賢者の目』を持って生まれてきた、まさに特別な存在だった。

 周囲の期待を裏切らず、高度な治癒魔法を次々とマスターする彼女を、里の魔導士たちは『神童』と呼んで褒め称えた。
 生まれも、能力も、才能も、全てが完璧な優等生。

 でも、全然偉ぶったりはしなくて、優しくて、思いやりがあって、努力家で……ちょっと口下手だけど、大好きな友達。
 それが、私にとってのマイアだった。

 けど、それは、もうずっと昔の話。
 何も言わずに、里からいなくなってしまう前のこと。

 今は――私にとって、マイアは……?


「エ~ト~?」

 その声に目を開けると、スゥが目と鼻の先まで顔を近づけて、こちらの顔を覗き込んでいた。
 思わず、わっと叫んでから、エトは慌てて口を手でふさいだ。

「ごっ……ごめんね、ちょっと考え事してたんだ。」
「にゃはは。よかった、具合でも悪いかと思ったのだ。」

 スゥはそう言って笑うと、くるっと回って、エトの隣の大きな木の根に座った。
 エトもつられるように、同じ根に腰を降ろす。

 ふと、スゥの顔がこちらを向いていないことに気づいたので、無意識に視線を追う。
 そこには、少し離れた場所でせっせと蜜を採取する、マイアの姿があった。

「うーん、マイアは親切さんなのだ。昔からあんな感じなのだ?」
「……え?」

 エトははっとして、スゥの方を振り向いた。

「だって、スゥたちが追いつけるようにゆっくり歩いてたり、こっちから見えやすい場所にいつもいてくれたのだ。そうじゃなきゃ、リーシャなんてとっくにダウンしてるのだ。」
「……ちょっと、聞こえてるわよ、スゥ。」

 少し離れた場所で腰を降ろしていたリーシャが、むすっとした表情でスゥをにらんだ。
 いたずらっぽく笑うスゥに溜息をつきながら、リーシャもマイアの方へ視線を向けた。

「まあ、親切なのは否定しないけど。……わざわざ自分の能力を説明してくれたのも、私たちが休憩しやすいようにだろうし。」
「あ……。」

 改めて、マイアの方を見る。
 額の汗を手で拭って、黙々と作業する彼女は、自分の知っているマイアと何一つ変わらなかった。

 思わず、一人笑ってしまう。
 一体、何を悩んでいたのだろう。

「……うん。マイアちゃんは、昔から、そうだったよ。」

 エトはそう呟いて、ぱっと立ち上がった。

「ありがとう、スゥちゃん、リーシャちゃん! 私、ちょっと行ってくるね!」
「うん?」
「え?」

 不思議そうに顔を合わせる二人を後に、エトはマイアに向かって駆け出した。

 困ってるなら、助けになりたい。
 悩んでることがあるなら、相談に乗りたい。

 考えることなんて、それで十分。
 だって、マイアちゃんは――友達なんだから。


 エトが近づくと、マイアは作業の手を止め、こちらを振り返った。

「……エト?」
「マイアちゃん、私――」

 しかし、その言葉を言い終える前に、マイアの表情は驚愕のそれに置き換わった。

「エトッ!! 伏せてッ!!」
「え……っ。」

 次の瞬間、エトは背後に妙な圧を感じて、反射的に体を横に捻った。
 倒れていくその目に、かすめて見えたもの。

 それは――不自然に赤黒い、炎の塊だった。
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