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第九章 「お望み通り、俺が相手をしてやるよ」

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 Ⅰ

 アチラは他には目もくれずに、ただ廊下を歩いていた。いつもより靴音が響き渡る。早歩きだからだろうか、それとも急く気持ちを表しているのだろうか――。どちらにせよ、今のアチラにそれを気にする余裕はなかった。

 ――目指す先は、局長室である。

 通りすがる局員たちが、アチラを見て一斉に振り返る。挨拶をしようと思った局員たちではあったが、アチラの禍々しいオーラを見て口を閉ざして道を開けた。とてもじゃないが、声をかけられる雰囲気ではなかったのである。近付くことにも勇気がいる、そう判断した局員たちは廊下の端に寄って、アチラが通り抜けるのを黙って見届けた。
 それすらも、今のアチラには眼中になかった。局員たちに恐れられようが、怯えられようが、どうでも良いと思っている。
 アチラの腸が煮えくり返りそうになっていた。彼は今、衝動に近い行動をしていた。だが、何故だか頭はやけに冷え切っていて、妙に冴えているようにさえ感じていた。

 ――彼は今、ものすごく恐ろしい「死神」へと姿を変えてしまっていた。

 大鎌と共に歩く姿は、様になっていて。だが、普段の彼からは想像もつかないほどに、酷く冷たく、そして恐怖心を煽る姿であった。
 局員たちが口を閉ざすことも、黙って道を開けることも、無理はないだろう。
 局長室に辿り着いたアチラは、ノックをするのと同時に扉を開けた。ツカツカと我が物顔で中に足を踏み入れる。普段なら、勝手に入ることはあるものの、最低限のマナーは守っている彼だったが、今日はそんなものもなかった。名乗ることすらせずに、ただ前へと進む。
 局長であるレイは、それを見ても咎めなかった。ただ一つ、ため息を零すだけである。アチラの変化に電話越しではあったものの、気がついていたのだろう。小言すらも零さずに、ただ突然の襲撃者の動向を見守っているだけであった。
 アチラは局長の前まで歩いてくると、机を挟んで局長と向かい合った。間髪入れずに、局長の机にダンと勢いよく右手をつく。そのまま、右手に体重をかけて体勢を前のめりにした。
 局長であるレイと距離が縮まる。アチラはそのまま上司を睨みつけた。左手で持っていた大鎌が、威嚇するかのようにギラリと煌めく。
 アチラは唸るかのようにして言葉を紡いだ。普段よりも何倍も低い声が、部屋に響き渡る。
「……カズネを呼べ、今すぐ」
 レイはそれに動じることなく、言葉を返す。
「……荒々しいな、アチラ。お前にしては珍しい」
 レイはただ淡々と返すだけだった。アチラの変化にも、物怖じすることなく、普段通りである。さすがはここ、転生局を束ねる局長、と言ったところか。
 だが、それがアチラをやけに苛立たせた。無性に腹立たしく思う。逆鱗に触れたかのように、相手が自身の上司であることも忘れて怒りをぶつける。
「……奴に、俺たちと同等の権利を与える必要はない。すぐに担当を外せ、第一階層ですら奴に任せることはできねえ」
 あまりの言い分に、レイは眉を寄せる。電話で簡単に話を聞いたものの、アチラの冷静さを欠くほどの事態が起きているということだけしか認識できていない。詳しい話はまだ何も貰えていないのだ。普段のアチラなら、報告がないなんてこと絶対にないのだが、それすらも忘れるほどに怒りに駆られている。
 レイは再度口を開いた。
「……『奈落』で、何があった」
 その言葉に、アチラはピクリと反応を示す。だが、何も言わない。悔しそうに奥歯を噛み締め、鋭く睨みつける。だが、その視線は、レイに向けられていないように感じた。
 レイは何度目か分からないため息をつくと、ゆっくりと口を開く。
「お前にこの仕事は依頼した。現状をよく理解しているのも、現時点で言えばお前だろう。だが、私はまだお前から『報告』といった形で話を聞いてはいない。お前から聞いたことは、原因が分かったことだけだ」
「……」
「順を追って話せ、アチラ。普段のお前なら、それぐらい分かることだろう。……どんな事情があるにせよ、お前は私に報告する必要があるはずだ。カズネのことも、その後だろう。結論を出すのは話を聞いてから、良いな」
 レイはハッキリと断言した。一瞬足りとも隙を見せることなく、物怖じする姿も見せない。本音を言えば、彼女の内心は焦っていたが、それを表に出すことはなかった。久々にアチラの姿を見たのだ、転生局局長として、彼の上司として、冷静に動く必要があると考えたのである。
 彼女は、今はまずアチラを落ち着かせることを優先したのであった。
 アチラは局長の言葉を聞いて、幾分か冷静を取り戻した。言葉を発することはないが、静かに考え込む。
 ……局長の、言う通りか。
 やがて、長く息をつくと、ゆっくりと局長の机から手を離して真っ直ぐに立つ。体重をかけていた机から、影が消えた。

 ――アチラの瞳が、綺麗なサファイアに戻っていた。

「……ごめん、ちょっと暴走した」
 アチラは素直に謝罪する。先ほどまでの雰囲気はどこかに飛んでいって、普段の彼が上司であるレイの前に立っていた。
 レイは安堵したが、表情を変えることはなく告げた。
「かまわん。それほどのことが、『奈落』であったということだろう。お前がそこまで暴走することは珍しいがな」
 レイが返せば、アチラは長く息をつく。
「……これは、さすがに由々しき事態だよ。こんなことが続けば、転生者も、ましてや転生局自体も一巻の終わりだ」
 アチラは表情を隠すようにフードを被り直す。実際、今は顔を局長に見られたくはなかった。
 俺ともあろうものが、ここまで感情にやられるなんて……。ちょっと、最近いろいろとあったしなあ……。
 自身の行動に頭を悩ませる。
 だが、そこに落ち着いた局長であるレイの言葉が耳に届いた。
「……聞かせろ、アチラ。『奈落』で何があった」
 レイの言葉に、アチラは頷く。促されるままに、ようやく「奈落」で見たものを語り始めた。
 先ほどまで見てきた光景を、こと細かく――。



 Ⅱ

 アチラが語り終えると、局長であるレイは絶句した。思わず眉間に皺を寄せ、目の前にはいない部下を捉えて睨みつける。だが、そんなことをしても意味がないことを理解しているからなのか、眉間を手で揉みながら深くため息をついた。
「……まさか、そのような事態になっていたとは。こちらの確認不足だ、すまん」
 アチラはそれを聞いて、間髪入れずに返した。
「いや、それを言うなら俺にも責任があるから。局長だけに責任はないよ。『奈落』に送られた転生者の情報をもっと細かく頭に入れておくべきだった。……上辺だけの情報で満足していた、俺の落ち度だよ」
 レイの言葉を受け入れつつも、アチラは自身の行動を分析して反省した。
 元をたどれば、審判する担当者が悪いものの、情報を頭に入れていたはずのアチラも、転生先の許可を出していたレイも、現状に気がつくことができなかったのだ。誰か一人の責任ということはないだろう。
 もし、情報を不審に思っていたら、少しでも疑問が生じていれば、状況は変わっていたのかもしれない。だが、たらればの話をしたところで、埒が明かないのはよく分かっている。今さら、過去を改変することなどできないのだ。過去が改変できるのであれば、「奈落」の存在は必要ないだろうし、アチラたちの仕事もないだろう。前に進むしかできないのだ。
 アチラはため息混じりに言葉を紡ぐ。
「……とにもかくにも、このままじゃ転生者を潰すだけだよ。俺たちは転生者を潰したくて『奈落』に送り込んでいるわけじゃない。それなのに、『奈落』に送り込まなくても良い人まで送っていたら、そりゃあ『奈落』はパンクするよねえ。……確実に言えるのは、今メンタルケアが必要な転生者が多いってことだよ」
 アチラが断言すれば、レイも肯定するかのように深く頷いた。

 ――簡単に言えば、アチラが「奈落」で見てきた現状は異常であった。

 ソウウンに出してもらった「奈落」に送り込まれた転生者のリストには、本来ならすでに転生している者が何故か「奈落」に在住していた。つまり、転生しているべき者が「奈落」に送り込まれているということである。それも、一人、二人の話ではない。少なくとも、数十人の転生者が「奈落」に送り込まれていた、というのが事実であった。
 担当した審判者は、第一階層のカズネで。今回、送らなくても良い転生者を送った担当の名は、すべて彼女の名前が刻まれていた。
 つまり、カズネがどういう理由で「奈落」に送る判断をしたかは定かではないが、彼女によって間違った審判が下されていたということであった。
 カズネ本人に話を聞かなければ、彼女の考え方や審判の理由は分からないものの、放置して良い案件ではない。
 しかも、何を言われたのかは不明だが、該当している転生者のほぼ全員が精神を崩壊させつつあったのだ。自信をなくし、自身を追い込み、絶望し切っている状態だ。アチラが「奈落」で見かけた女性もそのうちの一人であった。

 つまり、第二の人生を送る前に、メンタルケアが必要な転生者が数十人は存在しているということ――。

 レイはそれを考えたのだろう、渋い顔をして頭を抱えていた。
「……やけに『奈落』の人数が増えたとは思っていたのだが。まったく、困ったものだな」
 舌打ちでもつきそうな上司の姿に、アチラはやれやれと言わんばかりに首を振った。
「……俺はさ、正直に言えば、カズネとはあまりかかわらない。けど、この間の時にもう少し痛めつけておけば良かったと本気で思っているよ。今になって後悔している。こんな仕事のやり方していて、よくもまあ俺に勝とうとしたもんだよねえ。笑止千万、って言っても過言じゃないと思うんだけど」
「私が貴様らの戦闘に対して説教したことをもう忘れたと言うのか」
 アチラの言葉に、局長がギラリと目を光らせる。
 鋭い視線に、アチラは慌てて言葉を紡いだ。
「違うって!    局長がキレないでよ、俺を冷静にさせた癖にさ。……そうじゃなくて。カズネがどれだけ自信があるのか知らないけど、転生者の心を折ってまで仕事をしているっていう状況がおかしいでしょ。わざわざいらない傷を負わせて何がしたいのって思ったわけ。だからさ、あの時にちゃんと話をつけておくべきだったなと思ったの」
 アチラが説明すれば、レイは納得したのか息をついた。
 すると、何か思い当たる節があったのか、レイはふむと頷く。それから、何かを思い出すように顎に手を添えながら、ゆっくりと口を開いた。
「……そういえば、カズネに話を聞いた」
「え?    局長、今頃?    というか、いつ聞いたの?    聞いたら俺に話をするって言ってなかったっけ?    え、報連相は?」
「やかましい、黙って聞け」
 上司の言葉を聞いて、アチラは間髪入れずに質問した。
 食い入るように話を聞いてくるアチラに対して、上司であるレイは怒りをあらわにする。
 アチラは「怖い、怖い」と繰り返しながらも、おどけるように肩を竦めた。聞きたい衝動を何とか抑え込み、局長の言葉をじっと待つことにする。アチラも段々と常日頃の状態に戻れてきていた。
 レイは、それを感じ取っているのか、少しばかり警戒を緩めたらしい。張り詰めていた空気が和らいでいた。それから、続きを話そうと口を開く。
「……つい先日のことだ。カズネがなかなか捕まらなくてな。……どうやら、あいつには自覚がないようだった」
「……はあ?」
 レイが報告すれば、アチラの言葉がまた一段と低くなる。また空気が張り詰めた。
 レイは「落ち着け」と告げてから、話の続きを口にする。
「自身の判断が正しいと、本気で思っているようだった。だからこそ、何故自分が第一階層を任されているのか、不満に思っているとも言っていた。……お前の意見は伝えた、もちろん、お前から言われたことは伏せて、な。だが、聞く耳を持たないといった様子だった」
「……なるほどねえ。つまり、やっぱり俺が叩きのめす必要があるってわけだ」
「違う」
 レイの話を聞いて、再度黒く冷たい雰囲気を醸し出すアチラは獲物を見つけたかのようにギラリと目を光らせた。大鎌までがギラリと光った気がした。サファイアがまたアメジストに変化しようとしている。
 今にも獲物を狩らんとばかりに動き出そうとする部下を、レイは二文字で止めた。
 だが、アチラは納得いかないとばかりに言い返す。珍しく感情的であった。
「何も違わなくないでしょうが!    俺があいつの鼻を折ってやらないと気が済まねえの!」
「揉め事を起こすなと言っている!」
 アチラの言い分に、レイも感情的になりながら言い返した。その後に、一つため息をつく。何度ついたかは分からないが、勝手にため息が口から出てきて仕方がなかった。
 アチラは今にも噛みつかんばかりに、グルルと唸っている。もはや、死神どころか、獣になろうとしていた。
 レイは再度息をつく。肘掛けに頬杖をつきながら、考える素振りをして口を開いた。
「……アチラ、私はこう思っているんだ」
 レイが語り出すと、アチラは動きを止めるのであった。



 Ⅲ

 アチラは黙って、局長であるレイの次の言葉を待った。じっと自身の上司を眺めやり、今にも食い気味に聞き出そうとしたい思いを必死に押し止める。
 レイはそれを感じ取ったのか、ほどなくして言葉の続きを紡いだ。
「……私もカズネのことをすべて知っているわけではない。だから、推測でしかないが……、カズネはカズネなりに思うところがあるのだろう。最下層――、つまり、アチラを敵視しているのは、それが理由なのかもしれん。あるいは、その最下層にどうしても辿り着きたい理由がある、とかな」
 アチラはその言葉に顔を顰めた。それから、自身の考えを述べる。
「カズネは間違いなく俺を敵視していると思うよ。ま、今の状況じゃあ負けるつもりはさらさらないけど」
 アチラがそう言えば、レイは小さく「どうだかな」と呟いた。
 だが、その言葉は小さすぎてアチラの耳には届かなかった。聞きたい思いを押さえ込み、首を捻るだけにとどめる。聞いたところで、きっとレイは教えてくれない、そんな気がしたからであった。
 案の定、レイはそれに答えることなく、言葉を続ける。
「……お前たち審判者は、はっきり言ってお互いの実力をよく知らないだろう。お前やユウ、シノビはよく話しているからともかく、他の二人はそう交流を持っているわけではないだろう。だからこそ――」
「……お互いの仕事のやり方を知らない、ってことかあ」
 レイの言葉に繋ぐようにアチラが言葉を零せば、レイは肯定するかのように深く頷いた。

 アチラは、ユウやシノビとは仲が良い。この三人に関しては、集まれば情報を交換するし、以前のように相談することもある。三人の仕事に関しては、お互いよく知っているということだ。
 だが、カズネや第三階層を担当している「執行人」に関しては、かかわり合いがない。彼らからも接触することはないし、アチラたちも何か用がなければ声をかけることもなかった。ほとんどかかわることがないのである。
 つまり、審判者全員がお互いの仕事のやり方を知っているわけではない。お互いがどう仕事をこなし、どう転生者と話をしているか、どんな理由からどう審判を下すのか、すべてを知っているわけではないのである。

 アチラはそれを理解して、「確かに」と小さく呟いた。言われるまで分からなかったし、納得もできなかったことだろう。「けど、」とアチラは続けた。
「それにしても、カズネの独断には困ったものだと思うけどなあ、俺は。……あ、局長。局長にはカズネからの判断メールが回ってくるんでしょう?    いつもなんて書いてあるの?」
 アチラは疑問をぶつけた。
 アチラたちも行っている局長への判断メール。これは、自分たちはこう思うから、こう審判しようと思っているが良いか、と相談も兼ねてする許可を貰うためのメールだ。最終的な報告メールも、局長に加えて情報管理部へと回している。ならば、局長にはカズネの考えが伝わっているのではないか、とアチラは考えたのである。
 だが、局長は顔を顰めた。渋い顔で苦々しく呟くようにして告げる。
「……それが、報告しか来ないのだ」
「……はあ?」
 アチラの口からは先ほどから低い声しか出てこない。顔には、「信じられない」と記載されていた。
 頭を抱えたレイが言葉を紡ぐ。
「これに関しては、私も何度も注意をしている。それに加えて、連絡も相談もするようにと伝えた。報連相ぐらいは知っているだろうと伝えたのだ。だが、改善されない。間違っていないと、思っている心情からなのだろうが……」
 アチラは局長の言葉に項垂れた。再度イライラしてきたのを無理やり抑え込み、長く息をつくことで冷静を保った。だが、悪態をつくことだけは抑えきれなかった。
「完全に、問題児じゃねえか。……局長、よくそれで放置してきたねえ。俺には、調子に乗っているとしか思えないんだけど」
「注意したと言っているだろうが」
「本人が改善しないなら、何の意味も成さないでしょ。そんなの、放置したと一緒だよ」
 アチラはレイの言葉に厳しく返す。
 局長であるレイは、口調は厳しいものの、良い上司だ。アチラも信頼しているし、任せて良いと基本的には考えている。
 だが、成長を見守ることに徹しすぎる時がある。改善されないと理解していても、その後の処置を下すのが遅いのだ。本人の成長を促すためなのだろうが、それが取り返しのつかないことになれば大惨事だ。
 今回はそのパターンに該当する。
 優しいってことは、理解してるんだけどねえ……。
 時には、ハッキリと言わなければいけない時もある。アチラはそれをよく理解していた。言わなければ何も伝わらないし、理解することはできない。何のために言葉があるのか、分からなくなってしまう。
 言葉で他人を傷つけることは良くない。だが、今回のことは知って貰わないと自分たちが困るのだ。仕事に支障が出る可能性が高い。しかも、その影響が自分たちだけではなく、第二の人生を歩もうとしている転生者にまで及ぼされると考えられているのだ。そうなれば放っておくなど以ての外である。
 元々、傷つけたいわけでもないのだ。事実を知れば、もしかしたらカズネが傷つくかもしれないが、これに関しては理解してもらわなければどうにもならないだろう。
 言葉を間違えなければ、傷つくこともないだろうし……。俺がオブラートに言えるかは知らないけどさあ……。
 アチラはしばらく考えた後、局長に声をかける。
「……局長、カズネに伝言を頼みたいんだけど」



 IV

 その言葉に、レイはあからさまに顔を顰める。怪訝そうな顔をするレイは、低い声でアチラへと問いかける。
「……何を、するつもりだ」
「そんなに警戒することじゃないよ。けど、今回は俺も黙っておくわけにはいかないんだ。……俺たちの仕事は、第二の人生を歩こうとしている転生者を、然るべき場所に送ること。それが、彼らの背中を押すことになるから、だよねえ。……それが今、できていないことが大問題だってこと、局長なら分かるでしょ」
 アチラが蒼い瞳を細めれば、レイはため息混じりに返す。
「……私が再度注意する。しばらくは――」
「二度あることは、三度ある。……局長、悪いけど、今は優しさを見せる時じゃない。今後も転生者を苦しめるつもり?    メンタルのケアが必要な転生者を生み出して、誰が満足するの?」
 アチラの言葉に、レイは黙る。
 アチラの頭の中に過ぎるのは、「奈落」で見た女性の姿。自信をなくし、自分が悪いと言い聞かせ、希望も何もないと言っているかのような絶望している表情。あの姿は、しばらく忘れられないだろう。
「……あんまり、『奈落』に足を運ぶことはないけどさ。あんな姿を見て、黙ってられねえの。……あんな姿の転生者、俺は二度と見たくないし、二度と生み出したくない。そのためなら、何だってする。……部下を大事にしたいって思う局長のことを咎めるつもりはないけど、俺は転生者を守ることを優先としたい」
 レイが黙ったまま聞いているのを、アチラは見つめていた。何も言葉が返ってこないのを理解し、アチラは蒼い瞳をギラつかせる。

「死神」の本性を、表しているかのようであった――。

「カズネに伝えてよ。……『お望み通り、俺が相手してをやるよ。俺が仕事をしているところを見ても、今と同じことが言えるのなら、な』って。……じゃ、局長、伝言よろしくね」
「お、おい、待て、アチラ!」
 レイが慌てて止めようとするものの、アチラはすでに局長室を出ようと扉に手をかけている。
 アチラは一度足を止めると、顔だけを振り向かせた。
「局長には悪いけど、今回は任せてもらうよ。俺が、何とかしたいだけだからねえ」
 アチラは人の悪い笑みを浮かべると、そのまま部屋を後にした。
 大鎌を持ったアチラは、廊下に出ると自身の部屋へと向かって歩き始める。
「……さーて、悪いけど、その魂貰い受けるとしようか」

 ――「死神」が、動き出す。

 アチラはニヤリと笑うと、目の前にはいない同僚をギラつく蒼い瞳で捉えて逃がさない。思わず舌なめずりをしてしまうほどに、彼の感情は高ぶっていた。


 同僚の魂を狩るまでの、カウントダウンが開始されたのであった――。
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