上 下
11 / 30

第一〇章 「間違っていることを正すことも、大事なことだよ」

しおりを挟む
 Ⅰ

 ――現在、アチラは笑い出しそうになるのを必死に耐えていた。

 局長と話し合って数日後、カズネがアチラの元を訪ねてきた。それが今日の数時間前のこと。アチラはようやく来たか、と内心思いつつも、彼女に対して放った言葉はこれだけであった。
「じゃ、そこでしばらく見ていてね」
 にこやかに告げるアチラを見て、カズネは驚いたようで。最初のうちは、説明しろだの、納得がいかないだのと文句を言っていたものの、アチラが何も言わずに相手をしないでいると、そのうち大人しくなっていた。カズネの分として、用意していた椅子に腰掛けると、アチラをこれでもかと睨みつけている。
 ……局長、ちゃんと伝えてくれたみたいだねえ。
 アチラはそれだけで笑いそうになっていた。
 局長であるレイに頼んだ伝言は、「俺が相手をしてやる。仕事を見終わった後で同じことが言えるなら」というもの。一字一句一緒ではないが、ニュアンス的にはこんな感じである。
 カズネは局長から一応伝言を聞いて内容を理解したうえでここに来たのだろう。だからこそ、今はアチラに何を言っても無駄だと悟ったのかもしれない。これから、アチラが何をするのか、一挙手一投足、一瞬足りとも目を離すまいと視線を向けてくる。
 ……さーて、これからが本番だ。
 アチラは自身のスマートフォンを操作する。今日の仕事は立て込んでいた。普段の仕事に加え、局長や清算部に無理を言って回してもらった仕事がある。なんと言っても、その仕事こそであった。
 大事な理由があるにせよ、仕事が立て込んでいることをいつまでも気にしてはいられない。立て込んでいる通常時とあまり変わらないのだから。
 つまり、これこそアチラの見せどころである。
 アチラは自身の豪奢な椅子に腰掛けてスマートフォンを操作していたが、誰かが部屋の中に入ってくるのを気配で感じ取って椅子から立ち上がる。一人の姿を目に留れば、アチラはその姿に優しく微笑みかけた。
 横で睨むようにしてアチラを見ていたカズネも、誰かが来たことを察知して視線をそちらに向ける。だが、その姿を見た瞬間、彼女は驚きを顕にしていた。さらに、アチラの表情を見てギョッとしている。アチラの変わり身に気味悪がったのか、もしくは現れた人物に驚いたか。この場合は両方なのだろうが、おそらく後者の理由が大きいだろう。
 アチラはそんなことをまったく気にすることなく、現れた人物に向けて優雅に一礼した。
「こちらは死神のアチラです。あちらに行くのにあなたが相応しいか、判断しにコチラに伺いました」
 アチラの言葉を聞いて、来訪した人物――「奈落」で出会った女性はゆっくりと目を見開く。呆気にとられている女性は驚いた様子のまま、アチラに声をかけた。
「あ、なたは……」
「いらっしゃい、待っていたよ。……以前よりは元気そうで安心した」
 アチラの言葉に、女性はゆっくりとだが頷く。
 アチラはそれを見て満足そうに頷き返した。
「そう、それは良かった。俺のことも覚えてくれているようだね。……さあ、おいで。君の第二の人生を歩くとしよう」
 アチラは右手を差し出し、女性を促す。
 戸惑う女性とは裏腹に、カズネが勢いよく立ち上がりながら声を張り上げる。
「ま、待ちなさいよ!    その転生者は――」
 だが、カズネが紡げた言葉はそこまでであった。
 アチラがパチンと指を鳴らす。すると、転生者に向けてはふかふかなソファが現れた。
 目を丸くしている女性とは逆に、カズネは椅子へと逆戻りされた。急に身体が動かなくなる。口すらも動かすことはできなかった。現代で言うなら、「金縛り」を思い浮かべてもらえば分かりやすいかもしれない。カズネに起こっている現象はそれであった。身動きすら制限されたカズネは、大人しく椅子に座っていることしかできない。
 アチラはカズネをひと睨みする。その瞳は、「口出しするな」と物語っていた。
 その視線を受けて、カズネの背筋がゾクリとあわ立つ。
 二人のただならぬ気配を感じ取ったのか、女性はおどおど、あわあわとしながらキョロキョロと首を動かしている。
 アチラはそれに対してニコリと笑いかけ、「気にしないで」と伝えると女性を椅子に腰掛けるように促すのであった。



 Ⅱ

 女性は恐る恐るソファに腰掛ける。
 今回の椅子は、転生者に対しての謝罪を込めて、アチラがゆったりめのソファを選択したのである。基本的には、転生者の椅子はそんな豪華ではない。今回のような例外だけである。
 女性は腰掛けてから、じっとアチラへと視線を向けてくる。
 アチラも自身の豪奢な椅子に腰掛けてから、気を取り直して口を開く。珍しく姿勢を正した。
「さーて、まずは謝罪から、だねえ。……桜美さくらみ未羽みう。君には本当に酷いことをしてしまった。この通りだ、申し訳なかった」
 アチラは言い終えると、静かに頭を下げる。深々と頭を下げる姿に、転生者の女性――桜美未羽も、横で見ていたカズネも驚愕を露わにする。
 我に返った未羽はブンブンと手と首を横に振りながら慌てて告げる。
「い、いえ、あの、謝られることなんて……!」
「いいや、今回のことに関してはこちらの不手際だ。君を傷付け、君の転生を邪魔してしまった。もっと、早くに気がついていれば、君を早くに助けられてあげたというのに。……どんな理由であれ、気が付かなかった俺たちの責任だよ、本当に申し訳ない」
 アチラは一度頭を上げてそう告げると、再度頭を下げる。しっかりと頭を下げてから、顔を上げると未羽を見てニコリと笑いかける。
「君にはすぐに転生できる権利がある。その話をこれからしていこう」
「……私は、本当に転生して良いのですか?    私が、ダメだったのに――」
「こちら側の者が、何を言って君を傷つけたかはまだ俺には理解できていない。けど、君は何も悪くないよ」
 アチラはハッキリと断言してから、自身のスマートフォンへと視線を落とし、情報を抜粋していく。
「……桜美未羽、君はブラック企業で特にパワハラを酷く受けていた。辛い過去かもしれないが、君は被害者だ。君が悪いことなんて、一つもない。君がいた場所、『奈落』での清算なんて不要だよ」
「け、けど!    わ、私が弱くてダメだったから、パワハラを受けて……」
 未羽は徐々に小さくなる声で、弱々しく告げる。顔を俯かせ、自信なさそうに瞳を伏せた。
 ああ、彼女は本当に……。
 アチラは蒼い瞳を細める。自信がない彼女の姿は、酷く脆くて弱々しい。だが、それはおそらくこちらで与えてしまった傷だろう。
 横でカズネが頷こうとしているのか、身じろごうとしているが、それは動きとして成り立っていない。
 アチラは女性の言葉を聞いて、間髪入れずに答えた。
「――それは、違う」
「……え」
 女性の口から戸惑いの言葉が零れ落ちる。
 アチラはそれを聞きながらも、そのまま続けた。
「弱いから、立場が下だから、そんな理由からパワハラを受けていいわけがない。君が例え弱かったとしても、それが原因になることはない、あっていいはずがないんだ。……君がいた世界では、確かに数多くのハラスメントが発生している。何でもハラスメントになるっていう傾向はおかしな話ではあるけど、君が味わったその経験は誰が聞いてもパワハラだと思うだろう。それが君のせいだなんて、俺は絶対に思わないよ」
 アチラは優しく、だがハッキリと告げた。
 アチラは今までにも何千、何万と転生者たちの案件でこういった内容を担当してきた。その中には、一人でハラスメントを受けたと騒いでいたが、蓋を開けてみればまったくハラスメントではなかった、なんて例外もあったが、それは本当に数少ない。
 アチラは一度口を閉じて少し考える素振りをする。言い方を考えて、それからゆっくりと口を開いた。
「……君に非はないはずだ。パワハラを含め、ハラスメントなんて基本的に加害者に非があると断言して良いからねえ。そうじゃなかったら、現代でこうまで問題視されていないはずだ。まあ、一部例外もあるんだけどさあ」
「……」
 女性は黙り込む。
 アチラはふむと考えてから、さらに口を開く。
「……君からしたら、俺たちの言うことなんて信じられないかもしれない」
「え……」
 アチラがそう言えば、女性は驚いたように声を上げた。俯かせていた顔を勢いよく上げてアチラを見つめる。
 アチラは気にすることなく続けた。
「無理もないよねえ、こちらの手違いだったんだし。しかも、こちら側が酷いことを言っているときた、君を傷付けたことにも変わりはない。俺たちが何を言っても、君の心には響かないかもしれないねえ」
「そ、そんなこと……!」
「けど、これだけは言っておくよ。俺は君を助けたいんだ。君には無事に第二の人生を送って欲しい。そのために、今言いたいことがあるなら、ハッキリ言ってくれて構わない。例えば……俺たちへの文句とか、苦情とか、何なら罵詈雑言とかでも良いよ。君にはそれを言う権利があるんだから」
「え!?    ち、ちがっ……!」
「……ま、冗談はさておき、要は君が言いたいことすべてを吐き出して良いってこと。あ、もちろん、さっきの例えでも全然良いからねえ、言われたっておかしくないことだし。……俺としては、君の本音を聞きたいんだ。それと、君が抱えているものがあるというなら、それを軽くしてあげたいだけ」
 アチラは淡々と告げる。だが、その声音はずっと優しく、すべてを包み込んでくれるかのようであった。声音だけではない、表情も、雰囲気もである。口調は変わらないものの、気を遣っているのである。

 ――アチラがこの女性に対しての目的は、二つ。

 一つは、彼女を第二の人生に無事に送り出してあげること。これは、彼女にも伝えたことだ。
 もう一つは、彼女のメンタルのケアであった。今の彼女には自信も、何かを発する勇気もないのだろう。それは、確実に自分たち審判者が奪ってしまったもの。元はと言えば、アチラのせいではないものの、組織で考えれば自分にも非がある。
 ……それを戻してからじゃないと転生させたって、無責任に放棄するようなものだ。彼女には自信を戻させてあげないと。
 アチラは少しだけ目を細めた。女性はその変化に気が付かなかったようだが、じっとアチラを見ている。それに安心させるかのように優しく微笑んだ。
 女性はしばらく何かを考え込んでいた。しばらく無言ではあったものの、やがてゆっくりと口を開く。顔は俯かせたままであった。
「……私、ここに来てからどうしたら良いのか、分かりませんでした」
「……」
 アチラは無言で彼女の言葉を聞く。まだ、彼女が何を言いたいのか、理解できていなかったからである。
 女性は続ける。
「自分のことが嫌いになって、まったく自信も無くなってしまって……。毎日、私のこと、ダメだって言い聞かせてました。……けど」
「……うん」
 アチラは優しく頷く。先を促すかのように頷いて見せれば、女性はゆっくりと顔を上げた。

 ――強く光を放っている、意思のこもった瞳であった。

 その瞳が、アチラの視線と交わる。
「……あなたのことは、信じられます。私のこと、よく頑張ったって、褒めてくれたから――。だから……、だから、信じます」
 アチラはそれを聞いて少しだけ口元を緩める。
 自分は元々メンタルのケアなんて、向いていない性格だ。自由気ままに生きているし、むしろ言いたいことはハッキリと言うほうだ。もっとも、相手によって伝え方は変えているが。
 ……俺なりにしかできなかったけど、彼女は大丈夫そうだねえ。心配しすぎたかなあ。
 事前にスマートフォンで彼女の経歴を確認した時、彼女が弱いとは思っていなかった。ズバズバと言うことはないものの、自分の意思を自分なりに伝えているタイプだったから。
 おそらく、パワハラをしていた上司だった男と、馬が合わなかっただけなのだろう。もしくは、何らかの理由で運悪く標的にされてしまったか。

 ――いずれにせよ、アチラが知る限り、彼女に非はないのだから。

 アチラは安堵しつつ、肘掛に右肘を着く。それに、頭を傾けて預けてから、クスリと笑った。
「なら、良かった。……じゃあ、本題に入ろうかな。君の転生先についてだけど、今回はなんと言ってもこちらの非がある。君には選択肢があるんだ。一つは君がいた現代に転生する、もしくは君たちで言うアニメや漫画などの二次創作の世界に転生する。このどちらを選択しても構わない。君の希望を聞き入れて貰えるよう、こちらではすでに許可を得ているからねえ」
 アチラはニコリと笑う。それから、椅子から立ち上がり、右手を彼女に差し出す。そして、女性に優しく告げた。
「さあ、お望みのままに、レディ?」
「……。わ、私は――」
 未羽の言葉に、アチラは満足そうに頷く。
 彼女を見送る時には、彼女の行く道が輝いているかのように見えたのであった――。



 Ⅲ

 アチラは女性を見届けると、その後も次々と転生者を送り出した。
 彼の部屋、通称「通るべき者」に来るのは、すべてカズネが過去に対応し、「奈落」に送り込んだ転生者ばかりである。つまり、手違いで「奈落」に送られた転生者ばかりで。
 アチラはその転生者たちに必ず謝罪をし、彼らの要望を受け止めた。不可能なことはきっちりと断ったうえで、紳士的に対応したのである。
 それを、すべてカズネに見せつけた。彼女が文句の一つも言えない状態で、である。
 カズネの表情を見る気、悔しそうで、怒っていて。
 アチラはそれを見るだけで笑いを耐えることに必死になっていた。それが冒頭の部分である。
 笑わないように耐えながら、転生者の対応をしつつ、ふむと考える。
 ……さーて、カズネの中で何かが変われば良いけどねえ。

 ――勝負は、ここからである。

 アチラはようやくすべての転生者を見届けると、自身の椅子に腰掛ける。それから、パチンと指を鳴らした。カズネの動きを解除する。
 カズネが動けるようになったことに驚く中、アチラはカラカラと笑いながら尋ねた。無論、わざとである。
「どうだった?    君が送った転生者を、俺が再度正しい場所に送る姿は」
「あんたねえ……!」
「――君に、怒る資格はないよ」
 カズネが怒りを露わにする中、アチラは静かに制する。目を細めて彼女を捉えることで、彼女の何か言いたそうな口を塞ぐ。アチラはそれを見ながら冷ややかに告げた。転生者たちに向けていた優しさは、一ミリもなかった。
「君がどう判断したのか、君が彼らになんと言ったのか……、それは君から聞いてないから、俺には分からない。けど、分かりたいとも思わないし、君の行動を止めさせることが先決だ」
「な、にを……」
「言っておくけど、この件に関しては局長にも伝えて任せてもらった。許可は貰っていないけどねえ。……けど、俺たちの立場が分かっていない君に、今の権限を与えておくつもりはないし、ましてや第一階層ですら任せられない」
 アチラは鋭い視線を彼女に向ける。睨みつけるその瞳には、固い意思が宿っているらしく、蒼い瞳が炎のように煌めいていた。
 アチラの有無を言わせない雰囲気に、カズネは思わず身を引く。
「……君が何をどう解釈しているのかは分からないけど、俺たちは偉いわけじゃない。転生者に何をしても良いわけじゃないし、ましてや傷付けたり、自信をなくしたりさせるなんてもってのほかだ。君がこれ以上、彼らにそんなことをさせるというのであれば、俺は手段を選ばないし、容赦しない」
 アチラが好き勝手に言うからか、カズネは怒りを露わにした。感情を爆発させるかのように言い放つ。
「私は間違っていないわ!    彼らは自分が弱いから標的にされた!    自分たちが自ら狙われるように振舞った!    そうじゃなかったら――」
「……あれだけ、俺の仕事のやり方を見せてやったっていうのに、まだ理解していねえのか」
 アチラはカズネの言葉を遮って冷たく告げる。ため息混じりに告げられたその声音は、完全に呆れていると言っているようなもの。それはどこか、落胆しているようにも聞こえた。
 アチラは一つ息をついてから言葉を紡ぐ。
「……さっきも言ったけど、弱いから悪いっていうのはどうかと思うんだよねえ。そんな屁理屈が通ると思ってんの、バカバカしい。大体にして、そんな理由で『奈落』に送ってみろ、転生者が潰れるのは時間の問題だ。『奈落』だって、崩壊する。それに、俺とてめえが相手にしている転生者だったら、どう考えても俺が相手している転生者のほうが『奈落』に送られる可能性は高い。一発で黒だって分かる相手なんだからねえ」
 アチラがそう言えば、カズネはギリッと奥歯を噛み締めた。強く拳を握り、不満が爆発したかのように言葉を発する。
「……前から、思っていたのよ。なんであんたが最後の階層を任せられているの、なんで私が最初なの!?    私だって――」
「――今のてめえに任せるぐらいなら、審判者なんて不要だ」
 アチラはカズネの言葉を最後まで言わせなかった。ただ冷たく言い放つと、椅子から立ち上がる。指をパチンと鳴らして、どこからともなく大鎌を取り出すと、それを流れる動作で担ぎ上げる。大鎌からは重々しくかつ厳しい音が奏でられた。
「今のてめえじゃ、第一階層ですら任せられない。……以前、局長から話があったと思うが、第二階層――シノビにしわ寄せが来ている。まともに仕事ができねえなら、てめえの仕事は俺が引き受ける。だから、てめえからは権利を剥奪する」
「なっ!?    そんなこと、局長だって――」
「局長には俺から伝えておく。それと言っておくが、局長がてめえにハッキリ言えねえから、俺が言っているんだよ。あの人の優しさに、てめえが甘えているだけだ」
 アチラがおもむろに指をパチンと鳴らせば、カズネの手元にあった二丁の拳銃が、アチラの手中に収まった。
 カズネはそれを見て、慌てて自分の懐を確認した。だが、自分の懐からは知らぬ間に姿を消していて。間違いなく、アチラの手元にある拳銃が自身の物だと理解する。
 アチラは拳銃をしっかりと掴みながら、冷ややかに告げた。
「分かるか?    俺なら、こうしててめえの武器を奪うこともできる。お前から、強制的にすべてを奪うことも、な」
「……っ!」
 カズネが悔しそうに奥歯を噛み締める。
 アチラはやれやれと首を振った。盛大にため息をついて、口を開いた。
「……ま、勝負はしてやるよ、約束だからな。それに、すぐに決着が着く。……負けたら、どうなるかは分かっているよなあ?」
 アチラはカズネを見下すように見てから、二丁の拳銃を手元で放る。空中に浮かんでいる間にパチンと指を鳴らすと、カズネの元に拳銃が戻った。
 カズネが慌てて受け取る。
 アチラはそれを見ながら、自身は大鎌を構えた。
 カズネもそれを見て、慌てて構える。
 アチラは冷たく言い放った。
「てめえの合図に合わせてやる。……準備ができたら合図を出せ」
 すると、カズネはむっとした。そして、構え直すと、アチラを睨みつける。
「いつでもいいわよ。あんたの好きにしなさい」
「なら、合図はこいつだ。床に落ちたら開始の合図。良いな」
 アチラはカズネにローブのポケットから取り出したコインを見せつける。簡単に内容を説明し、カズネが頷いたのを確認すると、そのままコインを指で弾いた。
 コインは浮遊した後、キイィィィィ……ン、とコインが床に落ちて開始の鐘を鳴らす。

 ――勝負は、一瞬であった。

 アチラの大鎌が閃光の如く、カズネの拳銃だけを切り裂く。二丁の拳銃は、武器として成り立たない状態でパラパラと床に破片を零した。むしろ、パーツごとに切り刻まれているかのようである。
 カズネはそれを見て、愕然とした。床に勢いよく膝から崩れ落ち、そのまま項垂れる。
 アチラは息を吐き出しながら姿勢を正した。大鎌を担ぎ上げ、カズネを振り返る。
「はい、俺の勝ち。隙がありすぎでしょ、狙ってくれって言っているようなものだ」
「……ど、して」
「?」
 アチラはカズネの言葉の真意を図れなかった。首を傾げて彼女の次の言葉を待っていれば、カズネが泣きじゃくり始める。嗚咽混じりに言葉を紡ぎ始め、その内容にアチラは思考が停止することになる。
「わ、わたしは……、あなたに、憧れ、ていたの……っ!」
「……はい?」
 思いもよらない言葉に、アチラはさらに首を傾げる。
 カズネはそんなアチラを気にする余裕もないのだろう、ただただ言葉を紡いでいった。
「あ、あなたのようにっ、なり、たくて……、最下層を目指、して……。なのに、差は広がるばかり……っ!    私は、あなたのように、仕事がしたいっ、のに……!    何でもこなせるような、あなたみたいに……っ!」
 カズネの言葉に、アチラはぱちくりと目を瞬く。うわーん、と盛大に泣き始めた彼女の声を耳で拾いつつ、内容を必死に理解した。

 やがて――。

 ――アチラは、大爆笑した。



 IV

「な、何よっ!    笑わないでよっ!」
「は、ははっ、お、おかしっ……!    俺に、憧れていた、なんてっ……!    て、てっきり、嫌われているものだと、思ってっ……、はははっ!」
「うっ……!    だ、だって……!」
 アチラはカズネの怒る口調もまったく気にせずに、いまだに笑い続けている。大鎌を地面につけ、自身の支えにしながら腹を抱えて笑っていた。くの字に曲げて笑い続けるところを見れば、本心から笑っていることがよく分かる。
 カズネはむっと頬を膨らませた。こんなに笑われるとは思っていなかったのだろう。
 ようやく笑いが収まったアチラは、自身の瞳から涙を拭い、それから告げる。
「……なら、転生者とどう向き合えば良いのか、分かったでしょ」
「……」
 カズネは黙っている。素直に頷きたくないのだろう。
 アチラは気にせずに続ける。
「俺はこんな感じだから、しっかりしている君からしたら納得がいかないのかもしれないけど。ちゃんと、俺は転生者のことを考えているし、彼らを無事に第二の人生に送り出したいと思っているよ。……本来、君にもできることだよ」
 アチラはぽんとカズネの頭に手を置く。先ほどとは違って優しく見下ろしながら、言葉を紡いだ。声音も幾分かは優しい。
「君が本当に俺に憧れているのなら、仕事のやり方は見て盗めば良い。間違っていることを正すことも、大事なことだよ。君の仕事のやり方は見直さなくちゃいけないよねえ。……ただ、君は君のままで良いから」
「……え」
 アチラの言葉に、カズネが顔を上げる。

 ――初めて、彼女と視線が交わった気がした。

 アチラはフッと笑う。
「仕事のやり方は間違っていても、君の厳しい性格は局員のためになっているはずだし。しっかりしているところは、俺が見習わなきゃいけないからねえ。それに、俺は君のそういう性格、好きだよ」
 アチラが優しく告げれば、カズネは言葉を理解して顔を赤くする。
 アチラはそれに首を傾げつつも、気を取り直して大鎌を担ぎ直した。
「……さーて、しょうがないねえ。ほら、行くよ」
「……え?」
 呆けるカズネに、アチラは笑いかける。
「ちゃんと、局長に報告しないといけないからねえ」
 アチラはそれだけ告げると、さっさと歩き始める。目指すは、局長室である。
 カズネはそれをしばらく呆然と見ていたが、慌てて追いかけた。
 大きすぎる背中に、目を細めながら――。


 ――この後、二人揃って別々の理由で局長から叱られるのは、また別の話。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

欠損奴隷を治して高値で売りつけよう!破滅フラグしかない悪役奴隷商人は、死にたくないので回復魔法を修行します

月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
主人公が転生したのは、ゲームに出てくる噛ませ犬の悪役奴隷商人だった!このままだと破滅フラグしかないから、奴隷に反乱されて八つ裂きにされてしまう! そうだ!子供の今から回復魔法を練習して極めておけば、自分がやられたとき自分で治せるのでは?しかも奴隷にも媚びを売れるから一石二鳥だね! なんか自分が助かるために奴隷治してるだけで感謝されるんだけどなんで!? 欠損奴隷を安く買って高値で売りつけてたらむしろ感謝されるんだけどどういうことなんだろうか!? え!?主人公は光の勇者!?あ、俺が先に治癒魔法で回復しておきました!いや、スマン。 ※この作品は現実の奴隷制を肯定する意図はありません なろう日間週間月間1位 カクヨムブクマ14000 カクヨム週間3位 他サイトにも掲載

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

異世界帰りの元勇者、日本に突然ダンジョンが出現したので「俺、バイト辞めますっ!」

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
俺、結城ミサオは異世界帰りの元勇者。 異世界では強大な力を持った魔王を倒しもてはやされていたのに、こっちの世界に戻ったら平凡なコンビニバイト。 せっかく強くなったっていうのにこれじゃ宝の持ち腐れだ。 そう思っていたら突然目の前にダンジョンが現れた。 これは天啓か。 俺は一も二もなくダンジョンへと向かっていくのだった。

異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした

せんせい
ファンタジー
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。 その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ! 約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。 ―――

玲眠の真珠姫

紺坂紫乃
ファンタジー
空に神龍族、地上に龍人族、海に龍神族が暮らす『龍』の世界――三龍大戦から約五百年、大戦で最前線に立った海底竜宮の龍王姫・セツカは魂を真珠に封じて眠りについていた。彼女を目覚めさせる為、義弟にして恋人であった若き隻眼の将軍ロン・ツーエンは、セツカの伯父であり、義父でもある龍王の命によって空と地上へと旅立つ――この純愛の先に待ち受けるものとは? ロンの悲願は成就なるか。中華風幻獣冒険大河ファンタジー、開幕!!

処理中です...