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黒翼は蒼天に羽ばたく6
しおりを挟む「ん……」
窓から差し込む光と共に、カインは目を覚ました。
毛布の中で身じろぎをして、ぼうっと天井を見上げる。
ぼんやりとした思考は、少しずつクリアになって。
カインは、慌ててベッドから飛び起きる。
「起きたか」
そんな声に振り向くと、そこには何かに座ったアインの姿がある。
「……おはよう……えーと……何それ」
カインの視界の先でアインが座っているソレは、布団か何かでぐるぐる巻きにされた何かだ。
その黒髪と、自分を睨みつけてくる目にカインは物凄く見覚えがある。
「チッ!」
そのぐるぐる巻きにされた何かは、カインに露骨に舌打ちをする。
もしかしなくてもツヴァイに見えるのだが、どうしてこんなことになっているのか。
「見ての通り、ツヴァイだが」
「いや、そうじゃなくて。どうしてそんなことに?」
「ん? ああ。隙を見てお前に手を出そうとするからな。面倒なんでこうした」
「アインはアイツに甘い! そんなだから付け上がるんだ!」
カインが気付かなかったということは、恐らく命の危険があるような事態ではなかったのだろうが……すっかり慣れてしまった光景だとカインは溜息をつく。
「えーと。今日は……違うか。昨夜の襲撃の理由はなんだったの?」
「お前が私のベッドで寝ているのが気に入らなかったそうだ」
「え、ええー……それって僕のせい?」
「私もそう言ったんだがな」
困ったものだ、と言って肩をすくめるアイン。
「それより、選考会だ。予想通り何人か棄権したそうだ」
棄権……と言ってはいるが、実質排除されたということだ。
今朝の早いうちに騎士団から、これに伴う組み合わせの再構成が伝えられていた。
「早いうちから……ってことは」
「当然、こういう事態が起こると計算していたのだろうな」
「まあ、そういうのは貴族社会では多いしねえ」
「お前も貴族だろう?」
「地方貴族の息子には関係ない話だよ、基本的にはね」
セイラはともかくね……と言ってカインは大きく伸びをする。
セイラ・ネクロス。
ネクロス公爵家の娘であるセイラを巡る騒動でも似たようなことがあったな……などとカインは思い出す。
とにかく権力が関わる話になると、裏社会の力を使って障害を排除しようとする者が多すぎる。
カインとて、暗殺者を差し向けられたのは一度や二度ではない。
無論、差し向けたことは無い。
そこまでして権力を欲したことがないからだ。
「今日の試合は中止で明日から再開だ。ゆっくり体調を整えるんだな」
そう言ってアインが腰をあげると、その隙をついてツヴァイが拘束から抜け出す。
「おいアイン、俺には何かないのか?」
「ん? ……そうだな、真面目に仕事をしろ。カインと仲がいいのは結構だが」
「お前は何を見てるんだ……!」
ツヴァイはアインの肩を掴んで揺さぶると、舌打ちして窓へと向き直る。
一瞬でその姿は黒鳥へと変わり、ツヴァイは空へと飛び出していく。
それを見て木の上に居た猫がするりと何処かへ消えているのを見る限り、あれもまた魔族の諜報員とやらなんだろうな……などとカインは考える。
「でもさ、昨日の暗殺者って結局……」
「どうでもいいことだ」
「ど、どうでもいいって」
「カイン」
なおも何かを言おうとするカインに、アインは冷たい視線を向ける。
「どうでもいいことだ。背後に誰がいようと試合に勝てばどうしようもないし、暗殺者ギルドとやらを潰したところでどれだけの意味がある」
「そ、それは……」
確かにその通りではある。
試合を自分有利に進めようとして暗殺者を送り込んでいるのであれば試合に勝ってしまえば意味は無い。
それだけで暗殺者が送られてくるのを防ぐことになる。
そして、暗殺者ギルドを潰すのにも意味は無い。
半端に潰しても生き残りが復活させるだけであるし、完全に潰しても新しいものがすぐに出来るだけである。
何より、そうする事で裏社会に名が売れてしまう。
関わっても一つもいいことがないのは、カインも経験で分かっていた。
「この国の裏については、この国がどうにかすべき問題だ。私達がどうにかすることではない」
「そ、それはそうだけど」
「いいか、カイン」
アインはカインへと近寄ると、その頭をがしりと掴む。
「目に付く理不尽をどうにかしたいと思うのは、お前の美徳ではあるのだろう。それを私は否定はしない」
だがな、とアインは続ける。
「それは今のお前がどうにかしなければいけないことか?」
「え……」
「お前と……まあ、ついでに私は目的をもって此処にいる。そのついでにどうにか出来るような案件かと聞いているんだ」
その答えは、当然「出来ない」である。
たかが一つの街の暗殺者ギルドといえど、その街の影に潜む組織である。
真っ当な手段でどうにかしようと思えば、相当の手間と時間がかかる。
無論、アインやツヴァイといったザダーク王国の諜報部隊が本気で動けば然程時間はかからないだろうが……そこまでする義理は、はっきり言えば無い。
「目的を見失うな。それは最も愚かなことだ」
「目的……」
「そうだ。一つの目標だけを見据えろ。それが見えていれば、本当に関わるべき事が見えてくるはずだ」
目的。
カイン達がここに来た目的。
それを、今一度カインは頭の中に浮かべる。
「……マゼンダを、倒す」
「そうだ。それでいい。その為に私達はあんな大会などに参加しているんだからな」
アインはカインの頭を掴んでいた力を緩めて、そのままくしゃりと撫でる。
それにくすぐったそうにカインは目を細める。
「ねえ、アイン」
「なんだ?」
「アインが僕に協力してくれてるのって」
「命令だからだ。そんなこと、今更聞くことか?」
くだらないことを聞くな、という意味を込めてアインがカインを睨むと、カインは真剣な表情で考え込む様子を見せる。
「そう、だよね。アインは命令で僕に協力してくれている。でも、それなら……その命令は、どういう意図で出されたんだろう?」
「……」
そう、アインは魔王ヴェルムドールの勅命でカインに同行している。
その目的は、キャナル王国に干渉する足がかりを掴むためであっただろう。
そして現在……魔王ヴェルムドール自身がキャナル王国のセリス王女と接触した今、それ自体に意味はなくなったはずではある。
それでも命令が続行されているということは、この現状にまだ利用価値があると判断されているということでもある。
ならば、それは何処にあるのか。
この取り巻く状況か……それとも、あるいは。
「……お前には関係の無い話だ」
「そう、だね」
アインが話を打ち切ると、カインもそれ以上突っ込んでは来ない。
自然と無言になり、部屋の中を静寂が包む。
「カイン、起きてる? 遊びに来たわよ!」
階下から聞こえてくるリースの声に、カインは寝巻きのままだった自分に気付く。
「カインー?」
「ちょ、ちょっと待ってて!」
バタバタと部屋を出て行くカインを見送ると、アインはふうと息を吐く。
「……目的、か」
キャナル王国を取り巻くこの状況は、混沌に似ている。
乱されすぎたこの国の現状が意図的に引き起こされたものであるというならば、その目的は何なのか。
この先に、何を生み出そうというのか。
その渦中にあってなお、アインには何も見えてこない。
「……ロクナ様ならあるいは、何かを理解しておいでなのだろうか?」
この場には居ない上司の顔を思い浮かべ、アインは小さく呟いた。
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