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どちらが現実だ(アスカ視点)
しおりを挟む酷い目に遭い、憔悴したヒナタを抱きかかえ家に帰ってきた。
バイウーの手配した車の中でも、ヒナタは不安や恐怖が付き纏っているようで、異様なほど車内の様子を気にしており、時折…心を失ったような目で上を見上げていた。
そして…風呂を用意している間、ソファに横にならせていると、必死に握りしめているジャケットが気になった。
おそらく…バイウーのものだろう…。
「……」
心がざわついた俺は、驚かさないように、そっとヒナタの手を握った。
「ヒナタ……もう大丈夫だ…」
「兄さん…」
一瞬驚いてビクッと震えたヒナタだったが、すぐに手の力が抜けたので、ジャケットを引き抜いた。
「……風呂を用意した。……さぁ…」
「うん、ありがとう……」
ヒナタの肩を抱きかかえ、浴室に向かった。
ヒナタが心配で、体を洗ってやりたいが、先程のヒナタの様子を思い出すと……怖がらせてしまうのではないかと不安がよぎる。
今まで、性欲などとは無縁に生きてきたヒナタが、突然バイウーの欲望を目の前にし、その餌食にされてしまった。
誘拐され、拘束されただけでも恐ろしかったはずなのに…。
初めて目にする、自分に発情する雄の醜悪な姿に、どれほど驚いたのだろう。
怖い…助けて……兄さん!!
そう叫んでいたヒナタの声が、俺の胸を締め付ける。
「ヒナタ…服を脱がすぞ…」
「えっ…自分でできます!」
ヒナタのシャツに伸ばした手が、叩かれた。
「ごめんなさい……ビックリして…」
自分の手を握りしめ、うつむき、困ったような泣きそうな顔をするヒナタ…。
きっと今は、他人に触れられるのが怖いのだろう。
抵抗する術を持たないヒナタが、絶対的な強者に拘束され、無理矢理犯されたのだ。
恐ろしくない訳がない。
それに、ヒナタの…あの言葉。
好きであんなことをしたわけじゃない…僕の事を気持ち悪くなた?
きっと、清廉なヒナタは自分が汚れたと感じたのだ。
「……」
本当は一人にしてあげた方が、良いのかもしれないが……中に放たれたバイウーのものを出したり……傷がないか確かめる必要がある。
「ヒナタ……嫌かもしれないが……精液をそのままにすると……良くない……傷があれば手当もしないとならない……だから……俺が…」
「だっ……大丈夫!」
ヒナタの小さな顔が振られ、綺麗な瞳から涙が零れた。
「だが…」
あまり強引に迫り、ヒナタをこれ以上怯えさせるわけにはいかず…そっとヒナタの頬の涙を拭った。
その俺の手に頬を緩めたヒナタが、ニッコリと笑う。
「あの…僕…あの……だけだから……僕……バイウーに触られただけで……傷なんて出来るようなことされてないから!」
恥ずかしそうに叫んだヒナタが、浴室に入り、目前でドアを閉められた。
残された俺は、浴室の中でヒナタが倒れてしまうのでは無いかと心配して、オロオロと歩き回りながら…どこか、安堵していた。
しかし、その安堵したのもつかの間。
ヒナタは熱を出し、寝込んでしまった。
□□□
「……ヒナタ」
もう二日、ヒナタは熱に犯され朦朧としている。
医者も呼んで診察させたが、もともと強くない体に過労と精神的な負荷が掛かった結果らしく、静養するしかないと言われた。
「出来るなら…俺が苦しめばいいのに…」
ヒナタの汗を拭き、水分を与えて、額に手を当てると、燃えるような熱さが無い。
少し、熱が下がってきた…。
このまま、良くなってくれると良いのだが…。
少し安心した俺は、床に腰を下ろした。そして、ヒナタの枕元で目を瞑る。
ヒナタが誘拐されてから、不眠不休で張り詰めていた気持ちが緩む。
ゆっくりと眠りに落ちていく感覚がする。
………
……
…
ゆらゆらと落ちてきた場所は、真っ暗な広い空間だった。
(……ここは?)
闇の中に漂う俺の前には、ヒナタが居る。
闇の中でも、はっきりと見える。
ヒナタは夜空の月のように優しい光を纏っていた。
(ヒナタ……こっちへ来い……)
ヒナタが遠い存在のように感じて、不安になった俺は、腕を伸ばした。
すると……目の前のヒナタが、俺に幸せそうに微笑み…自らの頭に拳銃を当てた。
(……やめろ……ヒナタ!危ない!)
ヒナタを救いたいはずなのに、声も出ないし、伸ばした腕は、指一本動かない。
ヒナタが、微笑んだまま涙を流した。
「さようなら、兄さん」
躊躇うことなくヒナタは、拳銃の引き金を引いた。
(嘘だ……これは、夢だ!これは……夢……なはずだ!!)
事切れて、床に倒れ込むヒナタ。
(……ヒナタ……これは現実じゃないよな……まさか……ヒナタが助かったのが夢だったのか……)
あたりは血まみれになった。
暗闇の中に広がる紅は、どんどん進み俺の足下までやって来た。
ヒナタの血が俺を温めると、呪縛が解けたように、体が動き出した。
駆け寄って骸となったヒナタを抱きしめた。
(起きろ…ヒナタ…目を覚ませ……)
冷たい…。
ヒナタだった体は、呼吸も止まり、体温も感じることが出来ない。
抱きしめて温めても、ヒナタは目を覚まさない。
(…寒いのか?だから、起きたくないんだろう……今、温めてやるからな…)
いつも潜ませているナイフを手に取り、自らの腕を突き刺して、ヒナタに血を注いだ。
(ヒナタ…起きてくれ……目を覚ましてくれ…嫌だ!夢だと言ってくれ!目を覚まして、また笑ってくれ………)
夢なら早く覚めろ!!
俺は、目を覚ます為に、ナイフを心臓に突き刺した。
「っ!!」
目が覚めて、直ぐ目の前にヒナタの寝顔があった。
あぁ、よかった夢だったのか。そう感じたが、冷や汗が止まらない。
すがるようにヒナタの首元に顔を近づけ、頬と頬を触れあわせ、そっと抱きしめた。
アレは夢だ。
ヒナタは生きている。
ヒナタは助かったんだ。
「…んっ…にいさん……寒い…」
寝ぼけたヒナタが俺の背に腕を回して、横へと倒した。
すり寄ってきたヒナタに布団をかけ直し、抱きしめた。
凍えた心が、あっという間に温かくなった。
俺の中が満たされていく。
「……愛している」
ずっと、伝えないつもりだった気持ちが溢れてきた。
この一方的な愛が実るなんて思っていなかった。ただ、俺の為に命を投げ捨てようとしたヒナタを見ていたら、ヒナタの死を感じたら…黙っていられなくなってきた。
「……ヒナタ……お前が、好きだ」
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