飛んで火に入る夏の虫に転生しました。

いんげん

文字の大きさ
上 下
11 / 15

どちらが現実だ(アスカ視点)

しおりを挟む




酷い目に遭い、憔悴したヒナタを抱きかかえ家に帰ってきた。
バイウーの手配した車の中でも、ヒナタは不安や恐怖が付き纏っているようで、異様なほど車内の様子を気にしており、時折…心を失ったような目で上を見上げていた。

そして…風呂を用意している間、ソファに横にならせていると、必死に握りしめているジャケットが気になった。

おそらく…バイウーのものだろう…。

「……」

心がざわついた俺は、驚かさないように、そっとヒナタの手を握った。

「ヒナタ……もう大丈夫だ…」
「兄さん…」

一瞬驚いてビクッと震えたヒナタだったが、すぐに手の力が抜けたので、ジャケットを引き抜いた。

「……風呂を用意した。……さぁ…」
「うん、ありがとう……」

ヒナタの肩を抱きかかえ、浴室に向かった。
ヒナタが心配で、体を洗ってやりたいが、先程のヒナタの様子を思い出すと……怖がらせてしまうのではないかと不安がよぎる。

今まで、性欲などとは無縁に生きてきたヒナタが、突然バイウーの欲望を目の前にし、その餌食にされてしまった。
誘拐され、拘束されただけでも恐ろしかったはずなのに…。

初めて目にする、自分に発情する雄の醜悪な姿に、どれほど驚いたのだろう。

怖い…助けて……兄さん!!

そう叫んでいたヒナタの声が、俺の胸を締め付ける。

「ヒナタ…服を脱がすぞ…」
「えっ…自分でできます!」

ヒナタのシャツに伸ばした手が、叩かれた。

「ごめんなさい……ビックリして…」

自分の手を握りしめ、うつむき、困ったような泣きそうな顔をするヒナタ…。

きっと今は、他人に触れられるのが怖いのだろう。
抵抗する術を持たないヒナタが、絶対的な強者に拘束され、無理矢理犯されたのだ。
恐ろしくない訳がない。

それに、ヒナタの…あの言葉。
好きであんなことをしたわけじゃない…僕の事を気持ち悪くなた?

きっと、清廉なヒナタは自分が汚れたと感じたのだ。

「……」

本当は一人にしてあげた方が、良いのかもしれないが……中に放たれたバイウーのものを出したり……傷がないか確かめる必要がある。

「ヒナタ……嫌かもしれないが……精液をそのままにすると……良くない……傷があれば手当もしないとならない……だから……俺が…」
「だっ……大丈夫!」

ヒナタの小さな顔が振られ、綺麗な瞳から涙が零れた。

「だが…」

あまり強引に迫り、ヒナタをこれ以上怯えさせるわけにはいかず…そっとヒナタの頬の涙を拭った。
その俺の手に頬を緩めたヒナタが、ニッコリと笑う。

「あの…僕…あの……だけだから……僕……バイウーに触られただけで……傷なんて出来るようなことされてないから!」

恥ずかしそうに叫んだヒナタが、浴室に入り、目前でドアを閉められた。
残された俺は、浴室の中でヒナタが倒れてしまうのでは無いかと心配して、オロオロと歩き回りながら…どこか、安堵していた。


しかし、その安堵したのもつかの間。
ヒナタは熱を出し、寝込んでしまった。

□□□


「……ヒナタ」

もう二日、ヒナタは熱に犯され朦朧としている。
医者も呼んで診察させたが、もともと強くない体に過労と精神的な負荷が掛かった結果らしく、静養するしかないと言われた。

「出来るなら…俺が苦しめばいいのに…」

ヒナタの汗を拭き、水分を与えて、額に手を当てると、燃えるような熱さが無い。

少し、熱が下がってきた…。
このまま、良くなってくれると良いのだが…。

少し安心した俺は、床に腰を下ろした。そして、ヒナタの枕元で目を瞑る。

ヒナタが誘拐されてから、不眠不休で張り詰めていた気持ちが緩む。
ゆっくりと眠りに落ちていく感覚がする。

………
……


ゆらゆらと落ちてきた場所は、真っ暗な広い空間だった。

(……ここは?)

闇の中に漂う俺の前には、ヒナタが居る。
闇の中でも、はっきりと見える。
ヒナタは夜空の月のように優しい光を纏っていた。

(ヒナタ……こっちへ来い……)

ヒナタが遠い存在のように感じて、不安になった俺は、腕を伸ばした。

すると……目の前のヒナタが、俺に幸せそうに微笑み…自らの頭に拳銃を当てた。

(……やめろ……ヒナタ!危ない!)

ヒナタを救いたいはずなのに、声も出ないし、伸ばした腕は、指一本動かない。
ヒナタが、微笑んだまま涙を流した。

「さようなら、兄さん」

躊躇うことなくヒナタは、拳銃の引き金を引いた。

(嘘だ……これは、夢だ!これは……夢……なはずだ!!)

事切れて、床に倒れ込むヒナタ。

(……ヒナタ……これは現実じゃないよな……まさか……ヒナタが助かったのが夢だったのか……)

あたりは血まみれになった。
暗闇の中に広がる紅は、どんどん進み俺の足下までやって来た。

ヒナタの血が俺を温めると、呪縛が解けたように、体が動き出した。
駆け寄って骸となったヒナタを抱きしめた。

(起きろ…ヒナタ…目を覚ませ……)

冷たい…。
ヒナタだった体は、呼吸も止まり、体温も感じることが出来ない。
抱きしめて温めても、ヒナタは目を覚まさない。

(…寒いのか?だから、起きたくないんだろう……今、温めてやるからな…)

いつも潜ませているナイフを手に取り、自らの腕を突き刺して、ヒナタに血を注いだ。

(ヒナタ…起きてくれ……目を覚ましてくれ…嫌だ!夢だと言ってくれ!目を覚まして、また笑ってくれ………)

夢なら早く覚めろ!!

俺は、目を覚ます為に、ナイフを心臓に突き刺した。



「っ!!」

目が覚めて、直ぐ目の前にヒナタの寝顔があった。

あぁ、よかった夢だったのか。そう感じたが、冷や汗が止まらない。

すがるようにヒナタの首元に顔を近づけ、頬と頬を触れあわせ、そっと抱きしめた。

アレは夢だ。
ヒナタは生きている。

ヒナタは助かったんだ。

「…んっ…にいさん……寒い…」

寝ぼけたヒナタが俺の背に腕を回して、横へと倒した。
すり寄ってきたヒナタに布団をかけ直し、抱きしめた。

凍えた心が、あっという間に温かくなった。
俺の中が満たされていく。

「……愛している」

ずっと、伝えないつもりだった気持ちが溢れてきた。
この一方的な愛が実るなんて思っていなかった。ただ、俺の為に命を投げ捨てようとしたヒナタを見ていたら、ヒナタの死を感じたら…黙っていられなくなってきた。

「……ヒナタ……お前が、好きだ」




しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

BLゲームの脇役に転生した筈なのに

れい
BL
腐男子である牧野ひろはある日、コンビニに寄った際に不慮の事故で命を落としてしまう。 その朝、目を覚ますとなんと彼が生前ハマっていた学園物BLゲームの脇役に転生!? 脇役なのになんで攻略者達に口説かれてんの!? なんで主人公攻略対象者じゃなくて俺を攻略してこうとすんの!? 彼の運命や如何に。 脇役くんの総受け作品になっております。 地雷の方は回れ右、お願い致します(* . .)’’ 随時更新中。

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

王道学園なのに、王道じゃない!!

主食は、blです。
BL
今作品の主人公、レイは6歳の時に自身の前世が、陰キャの腐男子だったことを思い出す。 レイは、自身のいる世界が前世、ハマりにハマっていた『転校生は愛され優等生.ᐟ‪‪.ᐟ』の世界だと気付き、腐男子として、美形×転校生のBのLを見て楽しもうと思っていたが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

BL学園の姫になってしまいました!

内田ぴえろ
BL
人里離れた場所にある全寮制の男子校、私立百華咲学園。 その学園で、姫として生徒から持て囃されているのは、高等部の2年生である白川 雪月(しらかわ ゆづき)。 彼は、前世の記憶を持つ転生者で、前世ではオタクで腐女子だった。 何の因果か、男に生まれ変わって男子校に入学してしまい、同じ転生者&前世の魂の双子であり、今世では黒騎士と呼ばれている、黒瀬 凪(くろせ なぎ)と共に学園生活を送ることに。 歓喜に震えながらも姫としての体裁を守るために腐っていることを隠しつつ、今世で出来たリアルの推しに貢ぐことをやめない、波乱万丈なオタ活BL学園ライフが今始まる!

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

日本で死んだ無自覚美少年が異世界に転生してまったり?生きる話

りお
BL
自分が平凡だと思ってる海野 咲(うみの   さき)は16歳に交通事故で死んだ………… と思ったら転生?!チート付きだし!しかも転生先は森からスタート?! これからどうなるの?! と思ったら拾われました サフィリス・ミリナスとして生きることになったけど、やっぱり異世界といったら魔法使いながらまったりすることでしょ! ※これは無自覚美少年が周りの人達に愛されつつまったり?するはなしです

処理中です...