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第六章 第二節
20 マユリアが背負うもの
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「それは一体、どのようになるのでしょう」
ラーラ様が不安そうにマユリアに質問する。
「わたくしにもよくは分かりません。ですが、この先、民の不安を取り除き、この国が平和であるためには、女神が王と並んでこの国の統治者になる席に就くことだと言われたのです」
「神官長にですか」
「ええ」
マユリアの答えにラーラ様が少し顔をしかめた。
「何故、マユリアが人の座に降りて王家の一員になることが、民のためになるのでしょうか」
素直な意見であった。
「ラーラ様はご存知なのですよね、最後のシャンタルのことを」
「え?」
「最次代様がおそらく最後のシャンタルになられる、そのことをラーラ様はご存知でしたよね」
「それは……」
ラーラ様が言い淀む。
そう、八年前のあの時、謁見の間で千年前の託宣、十年前の託宣が開示された時、全てを知る者はラーラ様とトーヤとミーヤだけであった。
「わたくしは存じませんでした。そして神官長から聞いたのです」
「そうだったのですか……」
「わたくしには教えてもらえぬ秘密、そしてラーラ様とキリエはご存知だった秘密。それは一体どのようなことであったのでしょう」
「…………」
ラーラ様はマユリアの言葉に何も言えずにいる。
「いえ、教えてほしいと申しているわけではありません。そしてラーラ様を責めているわけでも。話せぬことには沈黙を。それはこの宮での約束のようなもの」
「ええ、申し訳ありません」
「謝らないでください」
マユリアは優しい笑みをラーラ様に向けた。
「話せぬ方もつらいもの。それは八年前のことで、あれほどよく知っているではありませんか」
託宣に従い、トーヤに「黒のシャンタル」の運命を任せることにしたあの時、どれほどのことを話せずつらく苦しい思いをしたものか。マユリアとラーラ様は同じ荷物を背負った者であった。
「いえ、八年前ではありません。ご先代がご誕生になった十八年前、そのもっと前、千年前からの約束を、代々のマユリアは背負ってまいりました」
マユリアはラーラ様の手を両手ではさみ、合掌する形で自分の額に当てた。
「ラーラ様はわたくしの母のような姉のような方。おそらく、わたくしが生まれた時から、その秘密をずっと背負っていらっしゃったのでしょうね」
そのままその手を右頬に移し、左手を離して愛おしそうに自分の頬に当てた。
「ありがとうございます。ずっと、わたくしたちを見守ってくださって……」
「マユリア……」
「わたくしのマユリア……」
そう、マユリアがシャンタルであった時、ラーラ様はマユリアであった。シャンタルを庇護する者であった。
「マユリアは、代々シャンタルを守る者。ラーラ様は人に戻られた後もずっと、シャンタルを守り続けてくださっています。あなたこそが本当のマユリア……」
ラーラ様は言葉もなく美しい主を見ている。
「これからはマユリアはシャンタルだけではなく、人を庇護する者ともなります。女神に仕える侍女としてではなく、人の世を守る女王となるのです。それが民を守るということなのだとわたくしは理解いたしました」
マユリアはそっとラーラ様の手を自分の頬から放すと、優しく微笑んでラーラ様を正面から見つめた。
「そのための王家との婚姻です。わたくしは国王の妻となるのではなく、王家の一員となるために此度の話をお受けしたのです。きっとうまくいきます」
ラーラ様はもう何も言えず、じっとマユリアを見つめるしかできなかった。
マユリアがラーラ様と婚姻のことを話している時、当代シャンタルはアランへの手紙を書いていた。
マユリアが国王と婚姻するということはシャンタルの耳にも入っていた。
「マユリアは元々国王陛下と同位にあります。ですが、これまではずっと神としてのみこの宮にありました。国王陛下は王として王宮にありながら、神の眷属として人の世の頂にいらっしゃいます。今度はマユリアが人の世に歩み寄り、神でありながら王家の一員、女王の立場で人の世も守る者となるのです」
マユリアが優しくそんなことを説明してくれたが、シャンタルには今ひとつ話がよく分からないままであった。
「わたくしは次のマユリアになる者です。わたくしもシャンタルの座を降りたらマユリアと同じように国王陛下と結婚することになるのでしょうか。まだよく分かりません」
シャンタルは素直にそんな気持ちを手紙に書く。
今よりもっと幼い日、先代と比べて普通の人であると侍女たちに評されているのを耳にしてから、ずっと一人で苦悩を抱え続けていた当代は、今では友達に悩みを相談する術を身につけた。アランに手紙を書くことで、自分の考えをまとめたり、気持ちを励ましたりする方法を知ったことで、前向きに生きることができるようになっている。
「もちろんわたくしもマユリアになったなら、民のために努めたいと思っています。次のシャンタルをお守りし、民を守る。それがマユリアのお仕事だとマユリアとラーラ様を見ていてよく分かっています。ラーラ様は人に戻られた後、宮に残られました。マユリアはご結婚なさった後、一体どこにいかれるのでしょう」
小さなシャンタルは素直な疑問を素直に友達への手紙に書いた。
ラーラ様が不安そうにマユリアに質問する。
「わたくしにもよくは分かりません。ですが、この先、民の不安を取り除き、この国が平和であるためには、女神が王と並んでこの国の統治者になる席に就くことだと言われたのです」
「神官長にですか」
「ええ」
マユリアの答えにラーラ様が少し顔をしかめた。
「何故、マユリアが人の座に降りて王家の一員になることが、民のためになるのでしょうか」
素直な意見であった。
「ラーラ様はご存知なのですよね、最後のシャンタルのことを」
「え?」
「最次代様がおそらく最後のシャンタルになられる、そのことをラーラ様はご存知でしたよね」
「それは……」
ラーラ様が言い淀む。
そう、八年前のあの時、謁見の間で千年前の託宣、十年前の託宣が開示された時、全てを知る者はラーラ様とトーヤとミーヤだけであった。
「わたくしは存じませんでした。そして神官長から聞いたのです」
「そうだったのですか……」
「わたくしには教えてもらえぬ秘密、そしてラーラ様とキリエはご存知だった秘密。それは一体どのようなことであったのでしょう」
「…………」
ラーラ様はマユリアの言葉に何も言えずにいる。
「いえ、教えてほしいと申しているわけではありません。そしてラーラ様を責めているわけでも。話せぬことには沈黙を。それはこの宮での約束のようなもの」
「ええ、申し訳ありません」
「謝らないでください」
マユリアは優しい笑みをラーラ様に向けた。
「話せぬ方もつらいもの。それは八年前のことで、あれほどよく知っているではありませんか」
託宣に従い、トーヤに「黒のシャンタル」の運命を任せることにしたあの時、どれほどのことを話せずつらく苦しい思いをしたものか。マユリアとラーラ様は同じ荷物を背負った者であった。
「いえ、八年前ではありません。ご先代がご誕生になった十八年前、そのもっと前、千年前からの約束を、代々のマユリアは背負ってまいりました」
マユリアはラーラ様の手を両手ではさみ、合掌する形で自分の額に当てた。
「ラーラ様はわたくしの母のような姉のような方。おそらく、わたくしが生まれた時から、その秘密をずっと背負っていらっしゃったのでしょうね」
そのままその手を右頬に移し、左手を離して愛おしそうに自分の頬に当てた。
「ありがとうございます。ずっと、わたくしたちを見守ってくださって……」
「マユリア……」
「わたくしのマユリア……」
そう、マユリアがシャンタルであった時、ラーラ様はマユリアであった。シャンタルを庇護する者であった。
「マユリアは、代々シャンタルを守る者。ラーラ様は人に戻られた後もずっと、シャンタルを守り続けてくださっています。あなたこそが本当のマユリア……」
ラーラ様は言葉もなく美しい主を見ている。
「これからはマユリアはシャンタルだけではなく、人を庇護する者ともなります。女神に仕える侍女としてではなく、人の世を守る女王となるのです。それが民を守るということなのだとわたくしは理解いたしました」
マユリアはそっとラーラ様の手を自分の頬から放すと、優しく微笑んでラーラ様を正面から見つめた。
「そのための王家との婚姻です。わたくしは国王の妻となるのではなく、王家の一員となるために此度の話をお受けしたのです。きっとうまくいきます」
ラーラ様はもう何も言えず、じっとマユリアを見つめるしかできなかった。
マユリアがラーラ様と婚姻のことを話している時、当代シャンタルはアランへの手紙を書いていた。
マユリアが国王と婚姻するということはシャンタルの耳にも入っていた。
「マユリアは元々国王陛下と同位にあります。ですが、これまではずっと神としてのみこの宮にありました。国王陛下は王として王宮にありながら、神の眷属として人の世の頂にいらっしゃいます。今度はマユリアが人の世に歩み寄り、神でありながら王家の一員、女王の立場で人の世も守る者となるのです」
マユリアが優しくそんなことを説明してくれたが、シャンタルには今ひとつ話がよく分からないままであった。
「わたくしは次のマユリアになる者です。わたくしもシャンタルの座を降りたらマユリアと同じように国王陛下と結婚することになるのでしょうか。まだよく分かりません」
シャンタルは素直にそんな気持ちを手紙に書く。
今よりもっと幼い日、先代と比べて普通の人であると侍女たちに評されているのを耳にしてから、ずっと一人で苦悩を抱え続けていた当代は、今では友達に悩みを相談する術を身につけた。アランに手紙を書くことで、自分の考えをまとめたり、気持ちを励ましたりする方法を知ったことで、前向きに生きることができるようになっている。
「もちろんわたくしもマユリアになったなら、民のために努めたいと思っています。次のシャンタルをお守りし、民を守る。それがマユリアのお仕事だとマユリアとラーラ様を見ていてよく分かっています。ラーラ様は人に戻られた後、宮に残られました。マユリアはご結婚なさった後、一体どこにいかれるのでしょう」
小さなシャンタルは素直な疑問を素直に友達への手紙に書いた。
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