黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

文字の大きさ
上 下
450 / 488
第六章 第二節

19 儀式の一環

しおりを挟む
 本来なら、ここが一番大騒ぎしていなければならないだろう宮の中は、キリエがしっかりと仕切っているために表面的には静かであったが、対照的に上を下への大騒ぎになっているのが王宮だ。

「マユリアが婚礼を受け入れた。交代の後、気持ちよく王宮に入れるように準備を整えよ!」

 国王は上機嫌で家臣たちに命を下す。

 実際には、マユリアが国王の元に輿入れするのではない、国王にはそれも分かっている。だが、一度婚儀を執り行なえば、マユリアの実の両親も娘が国王の后になることに反対はするまい。もう既成事実ができるのだとしか考えられない。

「御婚儀の内容に付きましては、あまり日がありませんので質素にとなりますが」
「それで構わない、なあに、本当の婚儀の時に盛大にやればそれでかまわぬ」

 国王は満面の笑みで神官長にそう伝える。

「それで、交代の日はいつか決まったのか」
「それはこれから正殿にてお伺いを立て、正式に決めようと思っております。何しろマユリアからのお返事をいただかぬことには、話を進めることもできませんでしたので」
「うむ」

 国王は心ここにあらず、今なら何を言ってもなんでも願いを聞いてくれそうだ。

「それでお願いがございます」
「なんだ」
「御婚儀の折、私が祝福をさせていただくことになると思うのですが、その時に、どうしても一度マユリアのお手を取らねばなりません」
「なぜだ」
「婚儀の時、これから結ばれるお二人の手を神官が取り、重ねるのです。ですから、そのお許しをいただかねば」

 これを聞き、国王が少し嫌な顔をする。

 シャンタルにもマユリアにも、よほどのことがなければ異性が触れることは許されない。つまり、マユリアに一番に手を触れるのが自分ではなく神官長になるということだ。

「私は神官、神に、神殿に生涯を、全てを捧げる身でございます。ですから、性別などなきものとお思いくださればよいのですが」
「…………」
 
 国王は少し考え込む。

 できればその前に自分が一瞬でもいい、マユリアに触れておきたい。だが、それは叶わぬことだ。マユリアに触れることができるのは、マユリアが人に戻ってから。だが、儀式の中で必要であればその女神に触れても構わないだろう。そうは思っていたが、その前にそのようなことがあるとは思っても見なかった。自分が皇后と結婚する時、確かに神官長からその手を渡された。儀式の一環だ。どうしても必要なことだ。

 国王は苦悩する。
 そして思い出したことがある。

「いや、待て」

 婚儀の際、花嫁の引き渡しがある。花嫁の父が夫となる男の前まで花嫁の手を引き、連れてくる。これまでの父親の庇護から、夫にその役目を引き継ぐためだ。父親がいない花嫁の場合、誰か親族の男性がその役目を引き受けることが多い。

「花嫁の引き渡しはどうするのだ」
「ああ」

 神官長がとぼけたように、思い出したように軽く答えたことに、国王は不愉快な顔になった。

「今回は引き渡しはございません」
「なんだと」
「女神の父はおらぬからです。マユリアは女神シャンタルの慈悲からお生まれになった神なのです」
「ふうむ……」

 そこを省けるのなら、神官長が手を取る必要もないのではないのか、そう考えていると神官長がその心を読んだように答える。

「婚儀は神の御前で神聖な誓いを立てること、その誓いのために神官が聖なる二人を結びつける。これは絶対に必要な手順です。もしも、それを無用となさるなら、一体誰がお二人を夫婦であると認めるのです」
「…………」
「国王陛下が自らお認めになられるのですか? もしも人同士の婚儀であれば、最も尊い人である陛下がお認めになられることでそれも叶いましょうが、お相手は神なのです」

 国王はまだ少し考えていたが、ようやく決心がついたようだ。

「分かった。ただし、きちんと新しい手袋をし、決してマユリアに失礼のないように」

 取り繕うようにそう言うが、直接は絶対に触れさせたくはない、そんな気持ちがにじみ出る。

「もちろんでございます」

 神官長は丁寧に頭を下げた。

「それからもう一つお願いが」
「なんだ、まだあるのか?」
 
 明らかに先ほどよりは不機嫌だが、なんとかそれを外には出さないように努力をしている、そんな声でそう言う。

「婚姻の儀におきまして、守護を起きたいのですが」
「守護?」
「はい」
「なんだそれは」
「はい。何しろ神が人の座に歩み寄り、国王陛下と並ばれ、共に人の頂に立たれる儀式です」
「うむ」

 神官長のその言葉に、国王はまた少し機嫌を取り戻したようだ。

「その聖なる儀式に魔を近寄らせるわけにはいきません」
「それはそうだな」
「そのために守護を、儀式を守る者を起きたいのです」
「分かった。それで、その守護というのはどんな者だ」
「はい」

 神官長はまた丁寧に頭を下げて上げる。

「剣を持ち、お二人を守護する剣士でございます」
「剣士?」
「はい。この国で一番の剣士、そしてマユリアより聖なる剣を賜ったシャンタル宮警護隊隊長のルギ殿こそふさわしいと存じますが、いかがでしょう」

 国王の顔が無表情になった。
 
 前国王も現国王も、どちらもルギに対してはそれなりに思うところがある。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

聖女の娘に転生したのに、色々とハードな人生です。

みちこ
ファンタジー
乙女ゲームのヒロインの娘に転生した主人公、ヒロインの娘なら幸せな暮らしが待ってると思ったけど、実際は親から放置されて孤独な生活が待っていた。

処理中です...