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第六章 第二節
16 剣と秘密
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「では、あのトイボアと申す元王宮衛士は、神殿のために動いていた、そう証言したわけではないのですね」
「はい、残念ながら」
キリエはルギの報告を受けながら、心の中で落胆をした。
「やはり一筋縄ではいきませんね」
「はい」
トイボアの証言では、神官長には心を慰められ、前向きになることができたと分かっただけだ。その後の国王の交代劇についても、同じくそのような境遇の者がいたと元憲兵の神官に聞いた、そこから推測したとしか分からない。
「その元憲兵という神官はどのような者か判明したのですか」
「はい。リュセルスの街で、困った者の話を聞いて、助けになっているということです」
「なるほど」
そのような名目で色々な者と接触し、うまく操っているのだろう。
「その者も、神官長から本当のことを聞いているとは限りませんね」
「はい。調べてみたところ、神官長と特別の関係を疑わせるものはありません。ごく普通の神官としての活動しかしていないようにしか見えませんでした」
「そうですか」
もしも、トイボアが神官長とのつながりから国王の悪評を流していたと証言してくれたなら、神官長の身を拘束し、神官長代理を立てて無事に交代の日を迎えられるかも知れない。その細い望みの糸が切られた今、マユリアと国王の婚姻は避けられないように思える。
いや、本来なら、そんなことをマユリアがお受けになる必要はないのだ。キリエはまだそう思っている。だが、御本人がそれしか方法がないと思っていらっしゃる。そして、民のためにお受けになるとおっしゃるのだ。もしもそのお考えが変わらないのなら、侍女頭である自分はマユリアに従うしかない。
「マユリアが、神官長が持ってきた話、国王との婚姻をお受けになるとおっしゃっていらっしゃいます」
キリエの突然の言葉にルギは表情を見せぬまま、顔を上げた。
「マユリアご本人が個人的にではなく、これからの民のために、女神マユリアを王家の一員となさるためです」
決してマユリアが国王の側室なり后になりなるのではない、一応そう言い添える。だが、結局は同じなのではないか、キリエはそう思っている。
「ですが、もしも婚姻の儀を受けてしまわれたら、そのまま人にお戻りになるのは難しくなるのではないか、私はそう思いました」
「はい」
ルギもきっと同じ考えなのだろう。
「最後のシャンタル。その事実がマユリアの上に重くのしかかっていらっしゃるのでしょう」
「そのことなのですが」
ルギがキリエに問いかける。
「キリエ様は何故、次代様が最後のシャンタルであるとご存知なのです。マユリアですらご存知でないことを」
キリエは無言でルギに顔を向けた。
「もしかして、マユリアのお身の上に深く関係のある事柄なのではありませんか」
珍しいことだ。ルギが質問を重ねてくるなど。それほどマユリアのことが気にかかるのだろう。
「あなたはマユリアに剣を賜りましたね」
「はい」
「おそらく、マユリアはご自分がどうなろうとも、常にあなたが側にいてほしい。その思いから剣を与えたのでしょう。ですが、それは今のこととは関係がありません。あなたがこの宮に現れるその前に、すでにあの剣はマユリアのお手にあったのですから」
「はい」
「その話はマユリアから伺っているのですね」
「はい」
あの日、剣を賜った時にマユリアから剣の来歴を聞いた。
「誇らしくも悲しいことですね」
キリエはマユリアの心を知るようにそう言う。
「剣は、いくら美しくとも武器です。腰に下げる限り、振るう時のことを考えねばなりません。慈悲の女神が忠臣に剣を与える。それはこの先のことをお考えの上でのこと、つまり」
キリエは少し時間を置く。次の言葉を口にするのをためらうように。
「己のためにその剣を振るえ、あなたにそうお命じになる日が来ることをお考えの上のことかと」
その通りだった。
『それを渡す日が来るということ、それはおまえに剣を振るえ、そう命じることだから。だから本当は悲しいのです。そして誇らしくもある。その剣を正しい持ち主に渡せることが』
あの日、マユリアはそうおっしゃってくださった。
「私は、何があろうともマユリアのご意思に従う者です」
ルギがそう言う。
「私はあの日、導かれるようにこの宮へ参りました。そしてあの方、当時のシャンタルにお目見えを許された。その時から永遠に私はあの方の忠実な剣なのです。ですから、誇らしく思うことはあっても悲しいとは思いません」
ルギの瞳に迷いはない。
「そうですね」
キリエにも理解できる、自分が何者であるか、同じくよく知るものだからだ。
「秘密は、秘密にすべき事柄ゆえ秘密なのです。そのことを語れぬ時には沈黙を貫くべき」
「はい」
「ですが、剣は人には非ず。主人の身を守るべき剣に迷いがあってはその御身を守れぬこともあるでしょう。あなたにはその秘密を話しましょう」
ルギはキリエの口から驚くような事実を聞いた。
「あなたは剣。ですから、主が必要とするならば、相手が誰でもその刃を振るわねばなりません。たとえ相手が誰でもその切っ先をその者に」
「分かりました」
「はい、残念ながら」
キリエはルギの報告を受けながら、心の中で落胆をした。
「やはり一筋縄ではいきませんね」
「はい」
トイボアの証言では、神官長には心を慰められ、前向きになることができたと分かっただけだ。その後の国王の交代劇についても、同じくそのような境遇の者がいたと元憲兵の神官に聞いた、そこから推測したとしか分からない。
「その元憲兵という神官はどのような者か判明したのですか」
「はい。リュセルスの街で、困った者の話を聞いて、助けになっているということです」
「なるほど」
そのような名目で色々な者と接触し、うまく操っているのだろう。
「その者も、神官長から本当のことを聞いているとは限りませんね」
「はい。調べてみたところ、神官長と特別の関係を疑わせるものはありません。ごく普通の神官としての活動しかしていないようにしか見えませんでした」
「そうですか」
もしも、トイボアが神官長とのつながりから国王の悪評を流していたと証言してくれたなら、神官長の身を拘束し、神官長代理を立てて無事に交代の日を迎えられるかも知れない。その細い望みの糸が切られた今、マユリアと国王の婚姻は避けられないように思える。
いや、本来なら、そんなことをマユリアがお受けになる必要はないのだ。キリエはまだそう思っている。だが、御本人がそれしか方法がないと思っていらっしゃる。そして、民のためにお受けになるとおっしゃるのだ。もしもそのお考えが変わらないのなら、侍女頭である自分はマユリアに従うしかない。
「マユリアが、神官長が持ってきた話、国王との婚姻をお受けになるとおっしゃっていらっしゃいます」
キリエの突然の言葉にルギは表情を見せぬまま、顔を上げた。
「マユリアご本人が個人的にではなく、これからの民のために、女神マユリアを王家の一員となさるためです」
決してマユリアが国王の側室なり后になりなるのではない、一応そう言い添える。だが、結局は同じなのではないか、キリエはそう思っている。
「ですが、もしも婚姻の儀を受けてしまわれたら、そのまま人にお戻りになるのは難しくなるのではないか、私はそう思いました」
「はい」
ルギもきっと同じ考えなのだろう。
「最後のシャンタル。その事実がマユリアの上に重くのしかかっていらっしゃるのでしょう」
「そのことなのですが」
ルギがキリエに問いかける。
「キリエ様は何故、次代様が最後のシャンタルであるとご存知なのです。マユリアですらご存知でないことを」
キリエは無言でルギに顔を向けた。
「もしかして、マユリアのお身の上に深く関係のある事柄なのではありませんか」
珍しいことだ。ルギが質問を重ねてくるなど。それほどマユリアのことが気にかかるのだろう。
「あなたはマユリアに剣を賜りましたね」
「はい」
「おそらく、マユリアはご自分がどうなろうとも、常にあなたが側にいてほしい。その思いから剣を与えたのでしょう。ですが、それは今のこととは関係がありません。あなたがこの宮に現れるその前に、すでにあの剣はマユリアのお手にあったのですから」
「はい」
「その話はマユリアから伺っているのですね」
「はい」
あの日、剣を賜った時にマユリアから剣の来歴を聞いた。
「誇らしくも悲しいことですね」
キリエはマユリアの心を知るようにそう言う。
「剣は、いくら美しくとも武器です。腰に下げる限り、振るう時のことを考えねばなりません。慈悲の女神が忠臣に剣を与える。それはこの先のことをお考えの上でのこと、つまり」
キリエは少し時間を置く。次の言葉を口にするのをためらうように。
「己のためにその剣を振るえ、あなたにそうお命じになる日が来ることをお考えの上のことかと」
その通りだった。
『それを渡す日が来るということ、それはおまえに剣を振るえ、そう命じることだから。だから本当は悲しいのです。そして誇らしくもある。その剣を正しい持ち主に渡せることが』
あの日、マユリアはそうおっしゃってくださった。
「私は、何があろうともマユリアのご意思に従う者です」
ルギがそう言う。
「私はあの日、導かれるようにこの宮へ参りました。そしてあの方、当時のシャンタルにお目見えを許された。その時から永遠に私はあの方の忠実な剣なのです。ですから、誇らしく思うことはあっても悲しいとは思いません」
ルギの瞳に迷いはない。
「そうですね」
キリエにも理解できる、自分が何者であるか、同じくよく知るものだからだ。
「秘密は、秘密にすべき事柄ゆえ秘密なのです。そのことを語れぬ時には沈黙を貫くべき」
「はい」
「ですが、剣は人には非ず。主人の身を守るべき剣に迷いがあってはその御身を守れぬこともあるでしょう。あなたにはその秘密を話しましょう」
ルギはキリエの口から驚くような事実を聞いた。
「あなたは剣。ですから、主が必要とするならば、相手が誰でもその刃を振るわねばなりません。たとえ相手が誰でもその切っ先をその者に」
「分かりました」
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