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第六章 第二節
15 罷免の理由
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「では、確かにお渡しいたしました」
「は、はい……」
ここはある貴族の館。震える手で渡された手紙を受け取ったのは、この家の執事だ。一応執事という名目の職には付いているが、貴族といっても家格が低いこの家では、召使いと兼用の何でも屋といった方が正しいだろう。
そんな下流貴族の家に、いきなりマユリア直属といわれるシャンタル宮警護隊隊長のルギが現れたのだから、執事の男は身の細る思いで対応に当たった。
ここはあの元王宮衛士トイボアの妻の実家だ。おそらくここにいるだろう妻に当てて、トイボアが書いた手紙をルギが届けに来たのだ。
「必ずトイボア氏の奥方にお届けください」
「は、はい、必ず」
執事の男は何度もぴょこぴょこと頭を下げ、ルギはゆったりと頭を下げて帰って行った。
「船長のおっしゃる通り、このままではきっと後悔が残るだろうと思いました。妻に、最後の手紙を書きます。そして、その返事があるかないかに関わらず、私はアルロス号の次の出港でこの国を離れたいと思います」
シャンタルの食事会に招かれた翌日から、海を見て何かを考え続けていたトイボアが、ディレンにそう言ってきた。
「海を見ていたら気持ちが固まりました。もしも、妻がもう私と一緒にいたくないの言うのなら、それはもう仕方がないこと。ですからその気持ちを確かめ、やはり別れたいと言うのなら諦めます」
「もしも、もう一度家族に戻りたいと言ったらどうする。その時もやっぱり船に乗るつもりなのか?」
「はい、それはもう決めたことです」
ディレンはトイボアの目の光の強さから、その意志の固さを知った。
「私はこの先船乗りとして生きていきたい。船長に付いて行きたいと思ったんです。色々と話を伺ってそう決心しました」
「じゃあ、出稼ぎか」
「もしも、妻が待っていてくれると言うなら、そういうことになります。でも、その可能性は低いように思いますけどね」
「他人の気持ちを勝手に決めるんじゃないぞ」
ディレンが何かを思い出すようにそう言った。
「特に、相手が自分をどう思っていてくれるか。本当の気持ちは本人によく聞いてみろ」
「分かりました」
「じゃあ、俺もおまえに言っておくことがある」
「なんでしょう」
「ちょっと言いにくいことなんだが、俺があの家でおまえを待っていたのは偶然じゃない。実は宮から頼まれたことだった。嘘をついてすまん」
ディレンがそう言って頭を下げると、トイボアは声を上げて笑った。
「そんなこと、もうとっくに分かってましたよ。ハリオさんだって本当は元々この船の人ですよね」
「分かったか?」
「ええ、ハリオさんの船長への信頼の深さを見ていたら、ちょっと誘われて船に乗ることにした、って関係じゃないです」
「そうか。あいつめ、大根役者だな」
ディレンとトイボアが声を上げて笑いあった。
「今は、なんて言えばいいのか、憑き物が落ちたような感じです。王宮衛士をやめさせられてから後にあったこと、全部船長にお話したいと思います。その上で、さっぱりとこの国を後にしたい」
「分かった」
トイボアの話によると、意味も分からず王宮衛士を罷免され、最初は何度も問い合わせをしたということだ。だが、まともな返事は返ってこず、ただ単に「王宮衛士にふさわしくないと判断した」と言われるばかり。
「妻にもきつく当たってたと思います」
そうして、もう王宮衛士に戻る方法はないと諦め、絶望した頃、妻の実家から連絡があった。
「王宮での勤めを罷免されるような男に娘を任せてはおけない」
妻の父親がそう言って、妻と子を連れて行ってしまったが、トイボアには何も言えず、何もできなかった。
「そして絶望し、心の救いを求めて神殿へ行ったんです。神官長は親身になって話を聞いてくださって、力を落とすな、また良いこともある、そう言って慰めてくださったんです。仕事を失い、生活も苦しいのではないかと寄進も求めず、いつでも話をしにくればいい、そう言ってくれて、闇夜に光を見つけた思いでした」
ディレンはただ黙ってトイボアの話を聞いてやる。
「何度も神殿に話を聞いてもらいに行き、少し前向きになれた頃、ある話を聞いたんです」
「ほう」
「元憲兵だったという神官とよく話をするようになったんですが、その神官が実はと教えてくれた話に、体中から全ての血が吹き出すのではないかと思うほどの怒りを感じたんです」
その神官が言うことには、トイボアが罷免されたのは、国王に対して忠誠心が強すぎたからだ、そういうことだった。
「同じように罷免された王宮衛士が神殿に相談に来ている。残った者たちは皇太子の言うことを聞く者だけ、そう聞きました。そして、どうやらそれは、皇太子が父王陛下にマユリアを取られまいと王座奪取を計画しているから。そういう話だったんです」
それはトイボアが罷免された二年ほど前の話だという。
「まさかと思いました。そんな理由で忠義心の厚い者から罷免する。そんなことがあるものかと。ですが、実際に聞いていた話の通りになり、許せないと思ったんです。そして、その後は船長もご存知の有様ですよ」
思った通り、トイボアは神殿によって操られていたらしい。そう確信を持てる証言だった。
「は、はい……」
ここはある貴族の館。震える手で渡された手紙を受け取ったのは、この家の執事だ。一応執事という名目の職には付いているが、貴族といっても家格が低いこの家では、召使いと兼用の何でも屋といった方が正しいだろう。
そんな下流貴族の家に、いきなりマユリア直属といわれるシャンタル宮警護隊隊長のルギが現れたのだから、執事の男は身の細る思いで対応に当たった。
ここはあの元王宮衛士トイボアの妻の実家だ。おそらくここにいるだろう妻に当てて、トイボアが書いた手紙をルギが届けに来たのだ。
「必ずトイボア氏の奥方にお届けください」
「は、はい、必ず」
執事の男は何度もぴょこぴょこと頭を下げ、ルギはゆったりと頭を下げて帰って行った。
「船長のおっしゃる通り、このままではきっと後悔が残るだろうと思いました。妻に、最後の手紙を書きます。そして、その返事があるかないかに関わらず、私はアルロス号の次の出港でこの国を離れたいと思います」
シャンタルの食事会に招かれた翌日から、海を見て何かを考え続けていたトイボアが、ディレンにそう言ってきた。
「海を見ていたら気持ちが固まりました。もしも、妻がもう私と一緒にいたくないの言うのなら、それはもう仕方がないこと。ですからその気持ちを確かめ、やはり別れたいと言うのなら諦めます」
「もしも、もう一度家族に戻りたいと言ったらどうする。その時もやっぱり船に乗るつもりなのか?」
「はい、それはもう決めたことです」
ディレンはトイボアの目の光の強さから、その意志の固さを知った。
「私はこの先船乗りとして生きていきたい。船長に付いて行きたいと思ったんです。色々と話を伺ってそう決心しました」
「じゃあ、出稼ぎか」
「もしも、妻が待っていてくれると言うなら、そういうことになります。でも、その可能性は低いように思いますけどね」
「他人の気持ちを勝手に決めるんじゃないぞ」
ディレンが何かを思い出すようにそう言った。
「特に、相手が自分をどう思っていてくれるか。本当の気持ちは本人によく聞いてみろ」
「分かりました」
「じゃあ、俺もおまえに言っておくことがある」
「なんでしょう」
「ちょっと言いにくいことなんだが、俺があの家でおまえを待っていたのは偶然じゃない。実は宮から頼まれたことだった。嘘をついてすまん」
ディレンがそう言って頭を下げると、トイボアは声を上げて笑った。
「そんなこと、もうとっくに分かってましたよ。ハリオさんだって本当は元々この船の人ですよね」
「分かったか?」
「ええ、ハリオさんの船長への信頼の深さを見ていたら、ちょっと誘われて船に乗ることにした、って関係じゃないです」
「そうか。あいつめ、大根役者だな」
ディレンとトイボアが声を上げて笑いあった。
「今は、なんて言えばいいのか、憑き物が落ちたような感じです。王宮衛士をやめさせられてから後にあったこと、全部船長にお話したいと思います。その上で、さっぱりとこの国を後にしたい」
「分かった」
トイボアの話によると、意味も分からず王宮衛士を罷免され、最初は何度も問い合わせをしたということだ。だが、まともな返事は返ってこず、ただ単に「王宮衛士にふさわしくないと判断した」と言われるばかり。
「妻にもきつく当たってたと思います」
そうして、もう王宮衛士に戻る方法はないと諦め、絶望した頃、妻の実家から連絡があった。
「王宮での勤めを罷免されるような男に娘を任せてはおけない」
妻の父親がそう言って、妻と子を連れて行ってしまったが、トイボアには何も言えず、何もできなかった。
「そして絶望し、心の救いを求めて神殿へ行ったんです。神官長は親身になって話を聞いてくださって、力を落とすな、また良いこともある、そう言って慰めてくださったんです。仕事を失い、生活も苦しいのではないかと寄進も求めず、いつでも話をしにくればいい、そう言ってくれて、闇夜に光を見つけた思いでした」
ディレンはただ黙ってトイボアの話を聞いてやる。
「何度も神殿に話を聞いてもらいに行き、少し前向きになれた頃、ある話を聞いたんです」
「ほう」
「元憲兵だったという神官とよく話をするようになったんですが、その神官が実はと教えてくれた話に、体中から全ての血が吹き出すのではないかと思うほどの怒りを感じたんです」
その神官が言うことには、トイボアが罷免されたのは、国王に対して忠誠心が強すぎたからだ、そういうことだった。
「同じように罷免された王宮衛士が神殿に相談に来ている。残った者たちは皇太子の言うことを聞く者だけ、そう聞きました。そして、どうやらそれは、皇太子が父王陛下にマユリアを取られまいと王座奪取を計画しているから。そういう話だったんです」
それはトイボアが罷免された二年ほど前の話だという。
「まさかと思いました。そんな理由で忠義心の厚い者から罷免する。そんなことがあるものかと。ですが、実際に聞いていた話の通りになり、許せないと思ったんです。そして、その後は船長もご存知の有様ですよ」
思った通り、トイボアは神殿によって操られていたらしい。そう確信を持てる証言だった。
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