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第六章 第二節
1 美しい笑顔
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ミーヤはキリエに面会を申し入れた。
ミーヤは知らない。キリエが自分たちと敵対する覚悟を決めたことを。
だが、その可能性があることを、ずいぶん前から心のどこかで覚悟していることを認識もしていた。
『沈黙を』
あの日、突然トーヤたちを宮に戻らせるなと言われ、不安を感じた。あの光がキリエとルギを呼ばなかった理由に通じている気がして。今も同じ不安を感じる。
侍女頭担当の侍女に呼ばれ、キリエの執務室へと入った。
「どうしました」
いつものキリエにホッとしながら、この方は何があろうと崩れることのない方だということも忘れない
「あの、マユリアに面会をさせていただきたいのですが」
「なぜです」
「理由を、申し上げなければいけないでしょうか」
「私にも言えないことなのですか」
「はい」
キリエはミーヤの答えが意外だったようで、驚いた顔になる。もちろん、一部の者にしかその表情の変化に気づくことはできないだろうが。
女神でありこの宮の主であるマユリアに、理由もなく面会を求めるなど、普通の侍女に許されるわけもない。だが、ミーヤは仮にもマユリアが託宣の客人の世話役にと選んだ者。マユリアご本人が天から伝えられたとミーヤを選んだのだ。もしかすると、これもまた託宣の一部なのかも知れない。普通の侍女と同じ扱いにするわけにもいかないだろう。
キリエは侍女頭として取るべき対応をすることにした。
「分かりました、お伺いしてみましょう。お会いになられるかどうかはマユリア次第です」
「ありがとうございます」
ミーヤがアランたちの部屋に戻ってしばらくすると、今日は無理だが明日の午前に時間を取るとの返事が来た。
「マユリアにお会いできるそうです」
「そうか」
「ですが、お会いして何をどう話せばいいのか分かりません。それまでに何か理由を考えないといけませんね。明日まで時間をいただけてよかったかも知れません」
ミーヤがふうっと息を吐く。
「一体何をどう見てくればいいですか?」
「分からん」
「分からんって、そんな無責任な」
「いやいや、自分が会ってくるって言ったのはあんただろ?」
「まあ!」
ちょっと軽く言い合いになるが、アランとベルは顔を見合わせてまたかという顔になり、シャンタルはいつもの様子で特に何かを反応することはない。
「だけどあれですよ」
ハリオが2人の会話に参加する。
「何をどう聞いてくるかぐらい、やっぱり決めて行った方がミーヤさんが困らないように思います」
「そうですよね」
ミーヤはハリオを振り向き、そう言って大きく頷いた。なんとなくトーヤが少し気にいらなさそうに顔を歪めて、
「分かった」
と、一言だけ答えた。
翌日、時間になりミーヤがマユリアの客室を訪れた。八年前、毎日のようにシャンタルとの「お茶会」を開いていたあの部屋だ。
マユリアは濃い紫の衣装を身にまとい、いつものように一段高い場所にあるソファに腰掛けていた。やはり眩く輝くように美しい。
「久しぶりですね」
いつもの透き通る声でそう声をかけてきた。ミーヤが膝をついて正式の礼をする。
「顔をお上げなさい」
ああ、いつものマユリアだとミーヤは思う。いつものお美しく、高貴で、そして艶やかな主の姿だ。
トーヤはマユリアの中に誰かがいて、それが八年前には聖なる湖でシャンタルを水底に引っ張ろうとし、この間はトーヤを海に引きずり込もうとしたと言う。
「それで、今日はどうしました?」
「はい。ご機嫌伺いに」
「え?」
昨日、下手にあれこれ理由をつけるより、素直にそう言って会いに行った方がいいだろうという話になった。
「相変わらず面白いですね、それだけのためにわざわざ面会を求めたのですか。それならば、普通に訪ねてくればよかったのに」
マユリアがそう言って楽しそうに笑う。ああ、この笑顔、八年前から何度も目にしたあの時のままだ。本当に今も変わらずお美しく、本当に楽しそうにお笑いになる。ミーヤはホッとしている自分を感じていた。
この方がそんな恐ろしい何かに操られるとか、乗っ取られるなどということは信じられない。だが、トーヤは真剣にミーヤにこう言った。
「あんたはマユリアを信じ切っている。もちろんそれは当然のことだ。だが、一度その気持は捨てろ。マユリアが誰かに乗っ取られてるなんて信じられない、そう思ってかかると真実を見逃すことになる。それはつまり、マユリアを助けられないということだ。マユリアを助けたかったら思い込みは捨てろ」
そうだ、疑ってかからなければならない。目の前のお方はもしかしたらマユリアではない誰かかも知れない、そう思わなければならない。
そしてトーヤはこうも言った。
「もしもマユリアがマユリアでなくなっていたとしても、キリエさんとルギはマユリアに従う。つまり、俺らの敵になる。それも覚悟していくことだ。もっとも、あんたがキリエさん側に、つまり侍女としての立場にいたいと思ってるなら、その時はすまんがはっきり言ってくれ。俺たちにはあんたの気持ちをどうこうはできんからな。だから――」
そう言ったトーヤの顔。泣きそうな子どもみたいな顔だった。
ミーヤは知らない。キリエが自分たちと敵対する覚悟を決めたことを。
だが、その可能性があることを、ずいぶん前から心のどこかで覚悟していることを認識もしていた。
『沈黙を』
あの日、突然トーヤたちを宮に戻らせるなと言われ、不安を感じた。あの光がキリエとルギを呼ばなかった理由に通じている気がして。今も同じ不安を感じる。
侍女頭担当の侍女に呼ばれ、キリエの執務室へと入った。
「どうしました」
いつものキリエにホッとしながら、この方は何があろうと崩れることのない方だということも忘れない
「あの、マユリアに面会をさせていただきたいのですが」
「なぜです」
「理由を、申し上げなければいけないでしょうか」
「私にも言えないことなのですか」
「はい」
キリエはミーヤの答えが意外だったようで、驚いた顔になる。もちろん、一部の者にしかその表情の変化に気づくことはできないだろうが。
女神でありこの宮の主であるマユリアに、理由もなく面会を求めるなど、普通の侍女に許されるわけもない。だが、ミーヤは仮にもマユリアが託宣の客人の世話役にと選んだ者。マユリアご本人が天から伝えられたとミーヤを選んだのだ。もしかすると、これもまた託宣の一部なのかも知れない。普通の侍女と同じ扱いにするわけにもいかないだろう。
キリエは侍女頭として取るべき対応をすることにした。
「分かりました、お伺いしてみましょう。お会いになられるかどうかはマユリア次第です」
「ありがとうございます」
ミーヤがアランたちの部屋に戻ってしばらくすると、今日は無理だが明日の午前に時間を取るとの返事が来た。
「マユリアにお会いできるそうです」
「そうか」
「ですが、お会いして何をどう話せばいいのか分かりません。それまでに何か理由を考えないといけませんね。明日まで時間をいただけてよかったかも知れません」
ミーヤがふうっと息を吐く。
「一体何をどう見てくればいいですか?」
「分からん」
「分からんって、そんな無責任な」
「いやいや、自分が会ってくるって言ったのはあんただろ?」
「まあ!」
ちょっと軽く言い合いになるが、アランとベルは顔を見合わせてまたかという顔になり、シャンタルはいつもの様子で特に何かを反応することはない。
「だけどあれですよ」
ハリオが2人の会話に参加する。
「何をどう聞いてくるかぐらい、やっぱり決めて行った方がミーヤさんが困らないように思います」
「そうですよね」
ミーヤはハリオを振り向き、そう言って大きく頷いた。なんとなくトーヤが少し気にいらなさそうに顔を歪めて、
「分かった」
と、一言だけ答えた。
翌日、時間になりミーヤがマユリアの客室を訪れた。八年前、毎日のようにシャンタルとの「お茶会」を開いていたあの部屋だ。
マユリアは濃い紫の衣装を身にまとい、いつものように一段高い場所にあるソファに腰掛けていた。やはり眩く輝くように美しい。
「久しぶりですね」
いつもの透き通る声でそう声をかけてきた。ミーヤが膝をついて正式の礼をする。
「顔をお上げなさい」
ああ、いつものマユリアだとミーヤは思う。いつものお美しく、高貴で、そして艶やかな主の姿だ。
トーヤはマユリアの中に誰かがいて、それが八年前には聖なる湖でシャンタルを水底に引っ張ろうとし、この間はトーヤを海に引きずり込もうとしたと言う。
「それで、今日はどうしました?」
「はい。ご機嫌伺いに」
「え?」
昨日、下手にあれこれ理由をつけるより、素直にそう言って会いに行った方がいいだろうという話になった。
「相変わらず面白いですね、それだけのためにわざわざ面会を求めたのですか。それならば、普通に訪ねてくればよかったのに」
マユリアがそう言って楽しそうに笑う。ああ、この笑顔、八年前から何度も目にしたあの時のままだ。本当に今も変わらずお美しく、本当に楽しそうにお笑いになる。ミーヤはホッとしている自分を感じていた。
この方がそんな恐ろしい何かに操られるとか、乗っ取られるなどということは信じられない。だが、トーヤは真剣にミーヤにこう言った。
「あんたはマユリアを信じ切っている。もちろんそれは当然のことだ。だが、一度その気持は捨てろ。マユリアが誰かに乗っ取られてるなんて信じられない、そう思ってかかると真実を見逃すことになる。それはつまり、マユリアを助けられないということだ。マユリアを助けたかったら思い込みは捨てろ」
そうだ、疑ってかからなければならない。目の前のお方はもしかしたらマユリアではない誰かかも知れない、そう思わなければならない。
そしてトーヤはこうも言った。
「もしもマユリアがマユリアでなくなっていたとしても、キリエさんとルギはマユリアに従う。つまり、俺らの敵になる。それも覚悟していくことだ。もっとも、あんたがキリエさん側に、つまり侍女としての立場にいたいと思ってるなら、その時はすまんがはっきり言ってくれ。俺たちにはあんたの気持ちをどうこうはできんからな。だから――」
そう言ったトーヤの顔。泣きそうな子どもみたいな顔だった。
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