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第六章 第一部
27 キリエの覚悟
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キリエは覚悟を決めていた。それはトーヤたちと敵対する覚悟だ。
キリエ個人はトーヤの仲間たちを好ましく思っている。好ましいどころではない、今ではまるで子どもか孫のように愛おしく思う存在になっている。
だがキリエは侍女であり、侍女頭だ。一番に大切にし、守らなければいけないのはシャンタルであり、マユリア、そしてこのシャンタル宮、シャンタリオ、シャンタルの神域なのだ。そのためならば、自分の心がいかに血を流し、苦痛を感じたとしてもそれを封じて主の命に従う。天のご意思に従う。それができるからこその鋼鉄の侍女頭だ。必要ならば神官長と手を組むこともする。それが、たとえどれほど唾棄すべき選択だとしても。
きっとトーヤたちはマユリアを国外に逃がそうとするだろう。もしも必要だと思えば、強引にさらうようにしてでも宮から連れ出し、説得し、アルロス号で海に出る。
キリエはむしろそうしてほしいと考えている。
「あの方は、これ以上何かの犠牲になってはならない」
思わず口に出る。これが本心だ。だが、それでも、マユリアがその道を選ばれるとおっしゃるなら、自分はそのご意思に従う。全力でトーヤたちを阻止しなければならない。それが自分の役割なのだ。
八年前、先代を送り出し、お帰りになる日を心待ちにしていた。だが、同時に、万が一のことを考えてもいた。それはもしかしたら当代が最後のシャンタルになるかも知れない、もしも次の方がお生まれになったとしても、そのご両親がラデル夫妻であった場合、その方が最後のシャンタルになるだろう。
この国がどうなるか分からない。では、何があってもいいように、考えられる限りの手を打っておかねばならない。それが自分の義務だ。だからトーヤに気がつき、先代に気がついても知らない顔をした。
本当はすぐにでも声をかけ、その手を握って先代のご帰還を共に喜びたかったが、その心を鋼鉄の仮面でぐっと抑えたのもそのためだ。
セルマに薬を盛られ、体調を崩したためにご先代にもお会いできた。そしてなにより、生命の光にあふれたようなあの茶色い髪の少女。
「本当になんでしょうね、あの子は」
聞けばなんとも不遇な生い立ちであるというのに、何も恨まず何も憎まず、ただひたすらに周囲を明るくするためにだけ生まれたようなあの少女。思い出して思わずキリエの頬もゆるむ。
幸せを感じた。自分があんなに大きな声で笑うことができるなど、あの子に会うまでは思ったこともなかった。もしも普通の人生というものを歩んでいたら、あんな孫と共に幸せな老後を過ごしていた可能性もあるのかも知れない。
だがそれはなかった未来だ。今の自分、それが全て、現実のもの。
おそらくこの先、自分は全力でトーヤたちを潰しにかからねばならないだろう。そしてきっとトーヤはその可能性も考えている。だからトーヤも自分たちのことを知らせずにいるのだ。
願わくば、マユリアが思いとどまってくださって、任期を終えた後、普通の人に戻られ、普通の幸せな時を持たれますように。そう祈らずにはおられないが、こうなった今、その可能性は極めて低いように思われて、キリエは思わずため息をついた。
キリエがあらためて覚悟を決めていた頃、トーヤもまたある決断をしていた。
「マユリアに会ってくる」
「えっ!」
思わずベルが椅子から腰を浮かせて驚く。
「それ、ヤバいんじゃないの?」
「ああ、ヤバいな」
「じゃあなんでそんなことするのさ!」
「マユリアが今どういう状態か知っておきたい」
部屋にいるのはベル、アラン、シャンタル、そしてミーヤとハリオだ。
「どう考えてもそれを知るしか方法はないと思う。もしかしたら、もうマユリアの中にいるやつが表に出てきてるかも知れん」
「それ、トーヤが会ってなんとかわかんのか?」
「分からん。けど、こうしてぐじぐじ考えてる状態にはもう疲れた」
常にないことを言うトーヤにますます仲間たちが不安に思う。
「会ってくるってどうやるんです?」
「カースからも一度宮に忍び込んで会ってきたことがある」
「え!」
今度はハリオが驚いて椅子から浮き上がる。
「ハリオさんも聞いてただろ、あの光がマユリアの気持ちを確かめてくれって言ったの」
「あ、ああ、そういやそうでした!」
ハリオもあの言葉を聞いてはいたし、次の召喚の時にトーヤが会ってきたと言ったのも聞いている。
「けど、まさかそんなことしてるとは思いもしませんでしたよ、無茶しますね」
ハリオの言葉にトーヤがふいっと笑った。
「それは、私ではだめでしょうか」
「え?」
「トーヤより、まだ私の方が危険がないように思います」
「いや、無理じゃないですか、マユリアは今、もうほとんど誰にも会わないんですよね?」
アランはシャンタル、仲間ではなくお友達になった当代からそう聞いていた。
「シャンタルもあまりお会いできないとしょげてましたよ。こう言っちゃなんですが、普通の侍女のミーヤさんが会えるとはとても思えません」
「ですが、私ならなんとか理由をつけてお会いできる可能性が高いと思います。キリエ様にお願いしてみます」
キリエの覚悟を知らぬミーヤが、そう言ってトーヤの行動を留めた。
キリエ個人はトーヤの仲間たちを好ましく思っている。好ましいどころではない、今ではまるで子どもか孫のように愛おしく思う存在になっている。
だがキリエは侍女であり、侍女頭だ。一番に大切にし、守らなければいけないのはシャンタルであり、マユリア、そしてこのシャンタル宮、シャンタリオ、シャンタルの神域なのだ。そのためならば、自分の心がいかに血を流し、苦痛を感じたとしてもそれを封じて主の命に従う。天のご意思に従う。それができるからこその鋼鉄の侍女頭だ。必要ならば神官長と手を組むこともする。それが、たとえどれほど唾棄すべき選択だとしても。
きっとトーヤたちはマユリアを国外に逃がそうとするだろう。もしも必要だと思えば、強引にさらうようにしてでも宮から連れ出し、説得し、アルロス号で海に出る。
キリエはむしろそうしてほしいと考えている。
「あの方は、これ以上何かの犠牲になってはならない」
思わず口に出る。これが本心だ。だが、それでも、マユリアがその道を選ばれるとおっしゃるなら、自分はそのご意思に従う。全力でトーヤたちを阻止しなければならない。それが自分の役割なのだ。
八年前、先代を送り出し、お帰りになる日を心待ちにしていた。だが、同時に、万が一のことを考えてもいた。それはもしかしたら当代が最後のシャンタルになるかも知れない、もしも次の方がお生まれになったとしても、そのご両親がラデル夫妻であった場合、その方が最後のシャンタルになるだろう。
この国がどうなるか分からない。では、何があってもいいように、考えられる限りの手を打っておかねばならない。それが自分の義務だ。だからトーヤに気がつき、先代に気がついても知らない顔をした。
本当はすぐにでも声をかけ、その手を握って先代のご帰還を共に喜びたかったが、その心を鋼鉄の仮面でぐっと抑えたのもそのためだ。
セルマに薬を盛られ、体調を崩したためにご先代にもお会いできた。そしてなにより、生命の光にあふれたようなあの茶色い髪の少女。
「本当になんでしょうね、あの子は」
聞けばなんとも不遇な生い立ちであるというのに、何も恨まず何も憎まず、ただひたすらに周囲を明るくするためにだけ生まれたようなあの少女。思い出して思わずキリエの頬もゆるむ。
幸せを感じた。自分があんなに大きな声で笑うことができるなど、あの子に会うまでは思ったこともなかった。もしも普通の人生というものを歩んでいたら、あんな孫と共に幸せな老後を過ごしていた可能性もあるのかも知れない。
だがそれはなかった未来だ。今の自分、それが全て、現実のもの。
おそらくこの先、自分は全力でトーヤたちを潰しにかからねばならないだろう。そしてきっとトーヤはその可能性も考えている。だからトーヤも自分たちのことを知らせずにいるのだ。
願わくば、マユリアが思いとどまってくださって、任期を終えた後、普通の人に戻られ、普通の幸せな時を持たれますように。そう祈らずにはおられないが、こうなった今、その可能性は極めて低いように思われて、キリエは思わずため息をついた。
キリエがあらためて覚悟を決めていた頃、トーヤもまたある決断をしていた。
「マユリアに会ってくる」
「えっ!」
思わずベルが椅子から腰を浮かせて驚く。
「それ、ヤバいんじゃないの?」
「ああ、ヤバいな」
「じゃあなんでそんなことするのさ!」
「マユリアが今どういう状態か知っておきたい」
部屋にいるのはベル、アラン、シャンタル、そしてミーヤとハリオだ。
「どう考えてもそれを知るしか方法はないと思う。もしかしたら、もうマユリアの中にいるやつが表に出てきてるかも知れん」
「それ、トーヤが会ってなんとかわかんのか?」
「分からん。けど、こうしてぐじぐじ考えてる状態にはもう疲れた」
常にないことを言うトーヤにますます仲間たちが不安に思う。
「会ってくるってどうやるんです?」
「カースからも一度宮に忍び込んで会ってきたことがある」
「え!」
今度はハリオが驚いて椅子から浮き上がる。
「ハリオさんも聞いてただろ、あの光がマユリアの気持ちを確かめてくれって言ったの」
「あ、ああ、そういやそうでした!」
ハリオもあの言葉を聞いてはいたし、次の召喚の時にトーヤが会ってきたと言ったのも聞いている。
「けど、まさかそんなことしてるとは思いもしませんでしたよ、無茶しますね」
ハリオの言葉にトーヤがふいっと笑った。
「それは、私ではだめでしょうか」
「え?」
「トーヤより、まだ私の方が危険がないように思います」
「いや、無理じゃないですか、マユリアは今、もうほとんど誰にも会わないんですよね?」
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「シャンタルもあまりお会いできないとしょげてましたよ。こう言っちゃなんですが、普通の侍女のミーヤさんが会えるとはとても思えません」
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