黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

文字の大きさ
上 下
433 / 488
第六章 第二節

 2 無垢な笑顔

しおりを挟む
「どうしました?」
「え?」

 いつものように、トーヤたちに言うように答えてしまってから、ミーヤは慌てた。

「あ、申し訳ありません!」
 
 急いで頭を下げる。なんという失礼をしてしまったのだろう。マユリアの前で考え事をしてしまった上に、まるで友人にするような返答をしてしまうとは!

「構いませんよ、頭をお上げなさい。それで、一体何を考えていたのです」
「はい」

 ミーヤは頭を上げ、もう一度マユリアを見て答えた。

「おそれながら、八年前にこうしておそば近くに寄らせていただくようになった頃と変わらずお美しい、そして、その頃と変わらず、とても楽しそうにお笑いになっていらっしゃると」
「まあ」

 ミーヤの言葉を聞いてマユリアはまた楽しそうにころころと笑った。その様子を見て、ミーヤの顔にも笑みが浮かぶ。

「ミーヤはわたくしのことが好きですか?」
「え?」

 唐突な主の質問に、やはり同じように答えてから、これはそう言ってしまっても仕方がないのではと思いつつも、ミーヤが困った顔になる。

「聞かせてほしいのです、わたくしのことを好きだと思っていてくれてるかどうかを」
「それは……」

 ミーヤはあらためて困った顔になる。

「どうしました」
「いえ、考えたこともなかったもので」
「考えたことがない?」
「はい」

 ミーヤがまた頭を深く下げてから上げて素直に答える。

「マユリアはかけがえのない大切な存在、そう思っております。ですから好きかどうかと考えたことなどなかったのです」
「まあ」

 またマユリアはころころと笑う。

「では嫌いではないということですね」
「嫌いだなんて、そんなことあるはずがありません!」

 それこそそんなことは考えたこともなかった。

「好きだと思ってくれているということでいいのですか?」
「もちろんです!」
「じゃあ、聞かせてもらいたいのです、わたくしのどこを好きか」
「マユリアの好きなところですか」
「ええ、なんでもかまいませんよ」

 ミーヤはマユリアの質問に戸惑う。まさかこの方がこんな質問をなさるなど思ってみなかった。

 もしかして、これがマユリアではないどこかの誰かが言っているということなのだろうか。ミーヤはそう疑って、もう一度主の美しい笑顔を見てみる。

 この笑顔はどこかで見たことがある。それは……

「海賊のマユリア」
「え?」
「いえ、あの時と同じお顔をしていらっしゃるなと思って」

 マユリアも思い出したようだ。

「そうでしたか?」
「はい、あの時も今と同じように、いたずらっ子のように笑っていらっしゃいました」

 またマユリアが声を上げて笑った。本当に無垢で、純粋な子どものような笑顔だ。

「それではとっとと答えてもらいましょうか、そうしないと、海に放り込んでサメのエサにしてしまいますよ?」

 マユリアはそう言うと、あの時と同じように剣を構える仕草をした。

 その様子がとてもかわいらしく、そしてとても楽しそうだったのでミーヤも声をあげて笑う。

「分かりました、白状いたします。マユリアの好きなところ、それは全部です」
「全部ですって、それはどういう意味なのでしょうね?」

 マユリアが見えない剣の先をミーヤに突きつけるようにしてそう言った。まだ海賊ごっこは続いているようだ。

「それは、嫌いなところがないという意味です。まず今は、その幼い子のように純粋でおかわいらしいところを好ましいと思いました。そしてなんとも素敵な海賊です。やはり私もマユリアの元で、いつまでも海賊の侍女を続けたいと思いました。それほどに素晴らしいお方です。ですから何もかも全部を好きだと申し上げたのです」
「まあ」

 マユリアがやっと剣を下げ、両手で口元を押さえて、少し照れくさそうに笑った。そんなところ、とても人間くさくていらっしゃる、そこも好きだとミーヤは思った。

「ありがとう。さあ、座ってお茶でもどうぞ、海賊の侍女さん」
「ありがとうございます」

 マユリアも海賊から女神に戻ったようだ。

「なんでしょう、褒めてもらうというのは照れくさいものですね」
「マユリアでもそう思われるんですね」
「ええ、わたくしは褒めてもらうということがほとんどないので、なんだかとても恥ずかしく感じました」
「そんな」
「ないのですよ、そのように言ってもらうことは」

 なんだか少し寂しそうだと思った。

「以前」

 マユリアが少し遠くを見るように、懐かしそうに話を続けた。

「トーヤにも聞いてみたことがあります。わたくしを好きかどうかと」
「え?」

 なんとなくミーヤは心の内のどこかがチクリとした。トーヤからそんな話は聞いたことがない。そのことがなんだかトゲのように引っかかった気がした。

「トーヤはわたくしを好きだと言ってくれました」

 またチクリとする。それは、この方を嫌う方などいないだろう。だが、その言葉がトーヤの口から出たのだと思うとトゲが深くなったように感じた。

「そしてトーヤにも同じように聞きました。わたくしのどこを好きなのかと。トーヤはなんと言ったと思いますか?」
「いえ、分かりません」

 トーヤは一体なんと言ったのだろう、マユリアのどこが好きだと言ったのだろう。それを考えるだけでミーヤの胸に刺さったトゲから血が流れそうに感じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

さようなら竜生、こんにちは人生

永島ひろあき
ファンタジー
 最強最古の竜が、あまりにも長く生き過ぎた為に生きる事に飽き、自分を討伐しに来た勇者たちに討たれて死んだ。  竜はそのまま冥府で永劫の眠りにつくはずであったが、気づいた時、人間の赤子へと生まれ変わっていた。  竜から人間に生まれ変わり、生きる事への活力を取り戻した竜は、人間として生きてゆくことを選ぶ。  辺境の農民の子供として生を受けた竜は、魂の有する莫大な力を隠して生きてきたが、のちにラミアの少女、黒薔薇の妖精との出会いを経て魔法の力を見いだされて魔法学院へと入学する。  かつて竜であったその人間は、魔法学院で過ごす日々の中、美しく強い学友達やかつての友である大地母神や吸血鬼の女王、龍の女皇達との出会いを経て生きる事の喜びと幸福を知ってゆく。 ※お陰様をもちまして2015年3月に書籍化いたしました。書籍化該当箇所はダイジェストと差し替えております。  このダイジェスト化は書籍の出版をしてくださっているアルファポリスさんとの契約に基づくものです。ご容赦のほど、よろしくお願い申し上げます。 ※2016年9月より、ハーメルン様でも合わせて投稿させていただいております。 ※2019年10月28日、完結いたしました。ありがとうございました!

公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)

音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。 魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。 だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。 見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。 「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。

百々五十六の小問集合

百々 五十六
ライト文芸
不定期に短編を上げるよ ランキング頑張りたい!!! 作品内で、章分けが必要ないような作品は全て、ここに入れていきます。 毎日投稿頑張るのでぜひぜひ、いいね、しおり、お気に入り登録、よろしくお願いします。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

野花を憑かせて〜Reverse〜

野花マリオ
ホラー
怪談ミュージカル劇場の始まり。 主人公音野歌郎は愛する彼女に振り向かせるために野花を憑かせる……。 ※以前消した奴のリメイク作品です。

処理中です...