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第五章 第四部
4 絶望の時
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元王宮衛士は驚いた顔になり、言葉をなくした。
「どうです、一緒に行きませんか。あなたの言い方だと、おそらくこちらに心を残すような家族もいないんじゃないですか?」
「それは……」
「え、家族いるんですか? その上で危険を覚悟でそんな告発を?」
「いえ、いません。いましたがいなくなりました」
元王宮衛士はその先の話をした。つまり、王宮衛士を辞めさせられたことで一族の恥とされ、妻は子供を連れて去っていったということだ。
「そうでしたか」
ディレンはなんとなく自嘲的に笑みを浮かべる。
「それで絶望をしてそんなことをしたってことですか」
男は少し考えて、
「そうかも知れませんね」
と素直に認めた。
「いや、分かります。実は私も同じ身の上で」
「え?」
「もう随分と若い頃ですが、女房と子供に去られたことがあります」
「えっ!」
ハリオが驚いてそんな声を出した。いや、船長のそんな話は聞いたことがない。そういえばどんな過去があるのかも聞いたことがない。そういや船長ってあんまり女の話とかしてないよな。そんなことをぼおっと頭に浮かべる。
「だから、あんたが絶望する気持ちは分かります」
「まあ、それだけではないですしね」
「まずは信じていた王様に裏切られた」
「ええまあ」
ディレンがまたふっと薄く笑う。
「そんなにおかしいですか、人の不幸話が」
なんとなく男がカチンときた顔でそう聞いた。
「いや、すみません。ただ、あの時の自分もそうだったのかなと」
「え?」
「もう自分の命を終えてしまってもいい、いや終えてしまいたい、そう考えてるってことですよ」
「奥さんと子どもさんがいなくなった時のことですか」
「いや、その時はそこまででもなかったですな」
ディレンが空になったカップの中身をじっと見る。まるで、そこにいなくなった妻子の顔が映っているかのように。
「その時は何が悪かったんだろう、とは考えましたが、絶望とまではいきませんでした。まあ、まだ若かったし、外へ向けての見栄ってのもあったんで、なんでもない顔をして生きてました」
「そうなんですか」
「あの、じゃあいつだったんです、絶望して命を終えてしまってもいいって思ったのは」
おそるおそる横からハリオが聞いた。すごく気になる。まさか船長がそんなことを考えたことがあったなんて。
「ああ、それはこっちに来る船の中だ」
「ええっ!」
今度はハリオは思わず音を立てて椅子から立ち上がった。
「こっち来る時って、船長、そりゃほんの少し前じゃないですか! 一体なんで!」
「まあ落ち着け」
ディレンは自分も一度立ち、自分より少しばかり高いところにあるハリオの肩をぽんぽんと叩いてから座らせた。
「ついでなんであんたにも聞いてもらっていいですかな」
「ええ、そりゃまあ……ですが、なんで」
「あんたも色々聞かせてくれたでしょう、お返しってわけじゃないですが、もしかしてお互いに気持ちが多少は分かるかも知れませんし」
男はディレンの言葉に黙ったままカップの酒を飲む。無言の了承のようだった。
ディレンは船の中でトーヤたちに語ったように、妻子の話をハリオと男に語って聞かせた。
「まあ、そういうことで、もう女なんか信じることもなかろうと思ってたんですが、ある街で一人の女に会ったんですよ。それが、親子ほど年が違う、場末も場末の娼家の女だったんですが、なんというか俺にとっちゃ運命の女だったってわけです」
ディレンがその女を思い出す顔を見て、ハリオも男もその言葉を信じるしかなかろうと思った。それほどにディレンの表情は晴れやかで、聖なる存在を見ている巡礼者のようだったからだ。
「ところが、その女が病になって、命の期限を切られた。俺はさっきも言ったようにもう人生諦めたように、いつ死んでもいいって暮らしをしていたもんで、その女を引き取ってやる金もない。それで一勝負することにしたんですよ」
「一勝負?」
「ええ、海賊船です」
「ええっ!」
またハリオが声をひっくり返らせる。
「海賊船ってもそんな非道な本物の海賊じゃない。ちょっとばかり同業者にケンカ売って、荷を横取りしてやろうってなチンケな海賊もどきですよ。ですが、船には明るくても海賊家業には縁がなかったもんで、逆にやられて荷を全部取られちまってね、結果として船まで失うことになった」
ディレンは晴れやかに笑いながらそう言うが、ハリオは気の毒で聞いていられないと思った。
「それで結局その女は死んでしまったわけですが、その時の絶望たるや……それで、頼まれてたそいつの息子みたいなガキのこと、それすらどうにもできなくて、結局行方不明にしちまった。そいつにこっち来る船で偶然再会したわけですが、突っぱねられましてね、その女との約束を守れない、そう思ってもう死んでもいいかと思ったってわけです」
トーヤのことだとハリオは気がついた。ディレンはトーヤのことを「昔の知り合いだ」と言っていたが、まさか二人にそんな因縁があったとは思いもしなかった。とてもそんな複雑な関係には見えなかったからだ。
静かに夜が更ける中、ディレンの話は続いた。
「どうです、一緒に行きませんか。あなたの言い方だと、おそらくこちらに心を残すような家族もいないんじゃないですか?」
「それは……」
「え、家族いるんですか? その上で危険を覚悟でそんな告発を?」
「いえ、いません。いましたがいなくなりました」
元王宮衛士はその先の話をした。つまり、王宮衛士を辞めさせられたことで一族の恥とされ、妻は子供を連れて去っていったということだ。
「そうでしたか」
ディレンはなんとなく自嘲的に笑みを浮かべる。
「それで絶望をしてそんなことをしたってことですか」
男は少し考えて、
「そうかも知れませんね」
と素直に認めた。
「いや、分かります。実は私も同じ身の上で」
「え?」
「もう随分と若い頃ですが、女房と子供に去られたことがあります」
「えっ!」
ハリオが驚いてそんな声を出した。いや、船長のそんな話は聞いたことがない。そういえばどんな過去があるのかも聞いたことがない。そういや船長ってあんまり女の話とかしてないよな。そんなことをぼおっと頭に浮かべる。
「だから、あんたが絶望する気持ちは分かります」
「まあ、それだけではないですしね」
「まずは信じていた王様に裏切られた」
「ええまあ」
ディレンがまたふっと薄く笑う。
「そんなにおかしいですか、人の不幸話が」
なんとなく男がカチンときた顔でそう聞いた。
「いや、すみません。ただ、あの時の自分もそうだったのかなと」
「え?」
「もう自分の命を終えてしまってもいい、いや終えてしまいたい、そう考えてるってことですよ」
「奥さんと子どもさんがいなくなった時のことですか」
「いや、その時はそこまででもなかったですな」
ディレンが空になったカップの中身をじっと見る。まるで、そこにいなくなった妻子の顔が映っているかのように。
「その時は何が悪かったんだろう、とは考えましたが、絶望とまではいきませんでした。まあ、まだ若かったし、外へ向けての見栄ってのもあったんで、なんでもない顔をして生きてました」
「そうなんですか」
「あの、じゃあいつだったんです、絶望して命を終えてしまってもいいって思ったのは」
おそるおそる横からハリオが聞いた。すごく気になる。まさか船長がそんなことを考えたことがあったなんて。
「ああ、それはこっちに来る船の中だ」
「ええっ!」
今度はハリオは思わず音を立てて椅子から立ち上がった。
「こっち来る時って、船長、そりゃほんの少し前じゃないですか! 一体なんで!」
「まあ落ち着け」
ディレンは自分も一度立ち、自分より少しばかり高いところにあるハリオの肩をぽんぽんと叩いてから座らせた。
「ついでなんであんたにも聞いてもらっていいですかな」
「ええ、そりゃまあ……ですが、なんで」
「あんたも色々聞かせてくれたでしょう、お返しってわけじゃないですが、もしかしてお互いに気持ちが多少は分かるかも知れませんし」
男はディレンの言葉に黙ったままカップの酒を飲む。無言の了承のようだった。
ディレンは船の中でトーヤたちに語ったように、妻子の話をハリオと男に語って聞かせた。
「まあ、そういうことで、もう女なんか信じることもなかろうと思ってたんですが、ある街で一人の女に会ったんですよ。それが、親子ほど年が違う、場末も場末の娼家の女だったんですが、なんというか俺にとっちゃ運命の女だったってわけです」
ディレンがその女を思い出す顔を見て、ハリオも男もその言葉を信じるしかなかろうと思った。それほどにディレンの表情は晴れやかで、聖なる存在を見ている巡礼者のようだったからだ。
「ところが、その女が病になって、命の期限を切られた。俺はさっきも言ったようにもう人生諦めたように、いつ死んでもいいって暮らしをしていたもんで、その女を引き取ってやる金もない。それで一勝負することにしたんですよ」
「一勝負?」
「ええ、海賊船です」
「ええっ!」
またハリオが声をひっくり返らせる。
「海賊船ってもそんな非道な本物の海賊じゃない。ちょっとばかり同業者にケンカ売って、荷を横取りしてやろうってなチンケな海賊もどきですよ。ですが、船には明るくても海賊家業には縁がなかったもんで、逆にやられて荷を全部取られちまってね、結果として船まで失うことになった」
ディレンは晴れやかに笑いながらそう言うが、ハリオは気の毒で聞いていられないと思った。
「それで結局その女は死んでしまったわけですが、その時の絶望たるや……それで、頼まれてたそいつの息子みたいなガキのこと、それすらどうにもできなくて、結局行方不明にしちまった。そいつにこっち来る船で偶然再会したわけですが、突っぱねられましてね、その女との約束を守れない、そう思ってもう死んでもいいかと思ったってわけです」
トーヤのことだとハリオは気がついた。ディレンはトーヤのことを「昔の知り合いだ」と言っていたが、まさか二人にそんな因縁があったとは思いもしなかった。とてもそんな複雑な関係には見えなかったからだ。
静かに夜が更ける中、ディレンの話は続いた。
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