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第五章 第四部
5 絶望の先に
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ハリオの頭にあることがふっと浮かんできた。
『一月ぐらい仕事で留守にするが、どこにも行くな、そう言ってあんた出ていったよな』
あの不思議な空間でトーヤがこちらに来ることになったことを話していた時、ディレンにそう言ったのだ。そうだ、そんな話をしていた。トーヤが育て親のような人が亡くなって故郷にいる必要もないと思って船に乗った、そう言った時だ。
『だから、俺がいなくなったからって、あんたが気に病む必要はなかったんだよ、今思い出した』
そう言われて船長はホッとした顔をしていて、一体何の話だろうと思ったのを思い出した。何の話かとは思ったが、2人とも穏やかに話していたし、何しろあの状況だ、すっかり忘れていた。
「もしかしてそのガキもなんとかなっちまったんじゃないか、そう考えるともう居ても立っても居られなくなって、必死で行き先を探したら、どうやらシャンタリオに行ったらしいと分かった。それで俺もすぐにその後を追いかけた」
「えっ!」
これは元王宮衛士の男だ。
「そんな理由で簡単にアルディナからシャンタリオに行ったんですか!」
これはハリオだ。
2人とも、顔を見合わせて驚くような、呆れるような顔をしている。お互いに自分も同じような顔をしているんだろうなと思いながら。
「もう後悔はしたくないと追いかけずにはおられなくてな。それで必死で追いかけてこっちに来たけど見つけられなくて、すぐにまたあっちに戻った。そしてまたこっちに来る船に乗ってを繰り返してるうちに、アルロス号の持ち主に見込まれて、船長を任されるようになった」
ディレンも自分で自分を呆れたように笑う。
「その行ったり来たりしてる間にな、ダーナスでそいつを見つけた。ほんの一瞬だけすれ違っただけだったが、生きてると分かってホッとした。それで、なんとなくここにいりゃまた会えると思って気がつけば八年経った。そしたらまた本当に会えた。それでこっち来る船に乗せることになった」
その時のことはハリオもよく知っている。いきなり船長に会いたいと言ってきた見たこともない男に対応したのがハリオだったからだ。どんな用かと聞いたら、船に乗りたいと言う。定期船も出ていないし、そういう人間はあるのでいつものように船長に取り次ぐと、顔を合わせた2人がお互いに驚いた顔になった。どうしたのかと思ったら古い知り合いだと船長が言ったのだ。
「その八年の間に、そいつがなんだか面倒に巻き込まれてるらしいってのが分かってな、それで水を向けたんだが何も話そうとしない。それで俺はそんなに信用されてなかったのかと思ったら、なんだか何もかもどうでもよくなってな。それで、そいつとその仲間に自分を殺すように仕向けた」
「ええっ!」
ハリオが驚きのあまりまた立ち上がった。今度はディレンは笑ってハリオを見ただけで止めなかった。ハリオは船長の笑顔を見ながら静かに席に戻った。
「俺にとっては生きてる意味ってのは、今はもうその女との約束、息子のことを頼む、それだけなんだよ。だからそれを拒否されるってことは、生きてる意味がないってことでな。それでもう少しでそうなるところを、神様に止められた」
「は?」
ハリオには誰のことか分かったが、もちろんもう1人の男に分かるはずもない。
「叱られたよ、自分の最後のことしか考えてないってな。今のあんたは、その時の俺と同じに見える。あんたは自分の最後のことしか考えてない」
男は黙ってディレンの顔を見ている。
「さっきあんたは誤ちを正したかったと言った。それはつまり、自分のやっていることは正しい、そう思ってるってことだ。だけど本当に正しいことをしていると思ったら、その結果を見たくなりませんか? それを自分の命を終えて結末は見たくないと思ってる。迷いがある、自信がない、自分の感情だけで動いてそれでよかったのかと思ってる」
「私はそんなこと!」
今度は男が立ち上がる。
「こそこそと王様の悪口言って回ることが、そんなに正しいことかなあ」
ハリオがぼそっと言った言葉で男は座ったままのハリオに目を向けた。
「民に真実を伝えることは正しいことだ、違いますか!」
「だったら最初から名乗ってきちんと言えばよかったのに、なんで逃げ隠れしてたんです?」
「それは……」
「あんたは王様に裏切られた、そう考えて傷ついてるところを誰かにうまく乗せられて、それが正しいことだ、そう思い込まされてるんじゃないですか」
「そんなことはない!」
「あんたは前に恩のある人がいる、そう言ってた。その人があんたや仲間を操って今の王様を辞めさせようとしてる。そしてその役目を果たし終わったら、命を終えるようにうまくうまく話を持っていってる」
「そんなことはない!」
「あんたが言ってた元王宮侍女って人、その人もそいつに乗せられて自害したって可能性はないんですか?」
「それは……」
男はハリオの言葉に明らかに戸惑っていた。
「まあ、命を終えるってのはいつでもできるでしょう。俺があの嵐の中で神に出会ったように、あんたにも何かあるかも知れない。だからもうちょっと待ちなさい。しばらくうちの船に身を隠して」
ディレンがハリオを留めてそう声をかけた。
『一月ぐらい仕事で留守にするが、どこにも行くな、そう言ってあんた出ていったよな』
あの不思議な空間でトーヤがこちらに来ることになったことを話していた時、ディレンにそう言ったのだ。そうだ、そんな話をしていた。トーヤが育て親のような人が亡くなって故郷にいる必要もないと思って船に乗った、そう言った時だ。
『だから、俺がいなくなったからって、あんたが気に病む必要はなかったんだよ、今思い出した』
そう言われて船長はホッとした顔をしていて、一体何の話だろうと思ったのを思い出した。何の話かとは思ったが、2人とも穏やかに話していたし、何しろあの状況だ、すっかり忘れていた。
「もしかしてそのガキもなんとかなっちまったんじゃないか、そう考えるともう居ても立っても居られなくなって、必死で行き先を探したら、どうやらシャンタリオに行ったらしいと分かった。それで俺もすぐにその後を追いかけた」
「えっ!」
これは元王宮衛士の男だ。
「そんな理由で簡単にアルディナからシャンタリオに行ったんですか!」
これはハリオだ。
2人とも、顔を見合わせて驚くような、呆れるような顔をしている。お互いに自分も同じような顔をしているんだろうなと思いながら。
「もう後悔はしたくないと追いかけずにはおられなくてな。それで必死で追いかけてこっちに来たけど見つけられなくて、すぐにまたあっちに戻った。そしてまたこっちに来る船に乗ってを繰り返してるうちに、アルロス号の持ち主に見込まれて、船長を任されるようになった」
ディレンも自分で自分を呆れたように笑う。
「その行ったり来たりしてる間にな、ダーナスでそいつを見つけた。ほんの一瞬だけすれ違っただけだったが、生きてると分かってホッとした。それで、なんとなくここにいりゃまた会えると思って気がつけば八年経った。そしたらまた本当に会えた。それでこっち来る船に乗せることになった」
その時のことはハリオもよく知っている。いきなり船長に会いたいと言ってきた見たこともない男に対応したのがハリオだったからだ。どんな用かと聞いたら、船に乗りたいと言う。定期船も出ていないし、そういう人間はあるのでいつものように船長に取り次ぐと、顔を合わせた2人がお互いに驚いた顔になった。どうしたのかと思ったら古い知り合いだと船長が言ったのだ。
「その八年の間に、そいつがなんだか面倒に巻き込まれてるらしいってのが分かってな、それで水を向けたんだが何も話そうとしない。それで俺はそんなに信用されてなかったのかと思ったら、なんだか何もかもどうでもよくなってな。それで、そいつとその仲間に自分を殺すように仕向けた」
「ええっ!」
ハリオが驚きのあまりまた立ち上がった。今度はディレンは笑ってハリオを見ただけで止めなかった。ハリオは船長の笑顔を見ながら静かに席に戻った。
「俺にとっては生きてる意味ってのは、今はもうその女との約束、息子のことを頼む、それだけなんだよ。だからそれを拒否されるってことは、生きてる意味がないってことでな。それでもう少しでそうなるところを、神様に止められた」
「は?」
ハリオには誰のことか分かったが、もちろんもう1人の男に分かるはずもない。
「叱られたよ、自分の最後のことしか考えてないってな。今のあんたは、その時の俺と同じに見える。あんたは自分の最後のことしか考えてない」
男は黙ってディレンの顔を見ている。
「さっきあんたは誤ちを正したかったと言った。それはつまり、自分のやっていることは正しい、そう思ってるってことだ。だけど本当に正しいことをしていると思ったら、その結果を見たくなりませんか? それを自分の命を終えて結末は見たくないと思ってる。迷いがある、自信がない、自分の感情だけで動いてそれでよかったのかと思ってる」
「私はそんなこと!」
今度は男が立ち上がる。
「こそこそと王様の悪口言って回ることが、そんなに正しいことかなあ」
ハリオがぼそっと言った言葉で男は座ったままのハリオに目を向けた。
「民に真実を伝えることは正しいことだ、違いますか!」
「だったら最初から名乗ってきちんと言えばよかったのに、なんで逃げ隠れしてたんです?」
「それは……」
「あんたは王様に裏切られた、そう考えて傷ついてるところを誰かにうまく乗せられて、それが正しいことだ、そう思い込まされてるんじゃないですか」
「そんなことはない!」
「あんたは前に恩のある人がいる、そう言ってた。その人があんたや仲間を操って今の王様を辞めさせようとしてる。そしてその役目を果たし終わったら、命を終えるようにうまくうまく話を持っていってる」
「そんなことはない!」
「あんたが言ってた元王宮侍女って人、その人もそいつに乗せられて自害したって可能性はないんですか?」
「それは……」
男はハリオの言葉に明らかに戸惑っていた。
「まあ、命を終えるってのはいつでもできるでしょう。俺があの嵐の中で神に出会ったように、あんたにも何かあるかも知れない。だからもうちょっと待ちなさい。しばらくうちの船に身を隠して」
ディレンがハリオを留めてそう声をかけた。
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