上 下
386 / 488
第五章 第四部

 3 勧誘

しおりを挟む
 ハリオとディレンは例の、封鎖で困ったハリオがある方の好意で借りたという設定の貸家の中に待機していた。

「本当に来るんでしょうかねえ」
「さあな」

 ほとんど物がない居間のテーブルで、2人でちびちびと酒を飲みながら日が暮れるのを待つ。

 夜の1つ目の鐘が鳴り、やがて2つ目の鐘が鳴った。リュセルスの民の大部分が一日の仕事を終え、眠りに入る支度を始める。そしてその日最後の鐘が鳴り、夜の仕事の者以外が眠りについた頃、扉が誰かに叩かれた。

 ハリオがディレンに目で合図を送り、扉に近寄った。

「どなたです?」
「あの、以前お世話になった者なのですが」

 あの時の男の声に思えた。

 ハリオはもう一度ディレンに目配せをし、

「ちょっと待ってください」

 と言いながら鍵を開けた。

 そこにいたのは例の男に間違いなかった。

「どうも」

 男は大きな紙袋を2つ抱えながらペコリと頭を下げた。

「あの、お邪魔しても?」
「あ、客が来てますが、それでもいいですか?」
「お客さんが」

 男は少し考えていたが、

「そちらにお邪魔にならないのなら」

 と、答えた。

 ハリオが後ろを向いてディレンに頷くと、ディレンは、

「いや、俺も邪魔してる立ち場なので、どうぞお構いなく」

 と、答える。

 男がディレンに頭を下げながら室内に入ると、ハリオが鍵をかけた。

「あの、昨日と一昨日も来たんですが、お留守だったので」
「ああ、ここしばらくはこちらにお邪魔になっていたもので」

 ハリオが前もって決めていた答えを口にする。

「こちらに?」
「ええ、こちら、アルディナからいらっしゃってるアルロス号の船長、ディレンさんです」
「どうも」
「船長」

 男が少しばかり不審そうな表情になる。

「俺、今度こちらの船に乗せてもらおうかと思って」
「え?」
「ええ、少し前に一緒に飲んで意気投合しましてね、うちの船に乗らないかって誘ったんですよ」
「ということは、船員になられるってことですか」
「まあ、もしかしたら、ですが」

 ハリオは男にもう一つカップを持って来て酒を勧める。

「あ、よかったらこれも」

 男も紙袋から酒瓶を取り出してテーブルの上に置いた。

「えっと、こちらは」

 ハリオがディレンにどう説明しようかという顔で元王宮衛士を見ると、

「あの、私は先日こちらの方に非常にお世話になりました者で、元王宮衛士をやっていました」

 男はそう自己紹介をした。

「ほう、元王宮衛士。それはまた大変なお仕事をなさっていた。それで、今は辞められたんですか」

 ディレンがそう言いながら酒を勧める。

「ええ辞めさせられました」

 男がディレンの酒を受けてそう答える。

 一体この男は何をしに来たのか。そんなことまで初対面のディレンに話してしまって、一体どうするつもりなのか。

「そうですか。まあ人生色々ありますからな」

 ディレンが何事もなかったかのようにそう答えると、元王宮衛士の男が愉快そうに笑う。

「これは、さすがに大海を渡る海の男。おっしゃることも大きい」
「ありがとうございます」

 ハリオはハラハラしながらディレンと男のやり取りを見ていた。

「あの、それで今日は一体どうして」
「ああ」

 男は一度カップを口にして、中身をぐいっと飲み干すと、楽しそうに言った。

「私の、なんともならないこの人生にも、そろそろけりがつきそうなもので、その前にどうしてももう一度お目にかかりたかったのです」
「ええっ!」

 なんとも物騒な言葉を口にするものだ。

「一体何をなさったんです」

 ディレンが冷静に尋ねると、

「街にね、王家の秘密を公表したんです。もちろん、きちんと自分のことを名乗った上で。おそらく、近々逮捕されると思います。そこまでのことをしたんですから、その後はどうなるか、聞くまでもないでしょう」

 と言って、またカップに自分で酒を注いだ。

「王家の秘密ってどんなもんです、ちょっと興味があります。どうせ言ってしまったことなら、私にも聞かせてもらえませんかね」

 ディレンの言葉に男は一瞬驚いたが、

「いいですよ」

 と言って、今の王様が父王から玉座を奪うために何をやったか、そして元王宮衛士とその姉、その家族が命を失ったことなどを全部語った。

「それは、随分とどえらい話ですな」

 ディレンはすでに知っていた話を、初めて聞いたように目を丸くして驚いて見せてから、

「なぜ、そんなことをしたんです」

 と、まっすぐに聞いた。

「それは、誤ちを正したかったからです」
「それを広めたら誤ちは正されるんですか?」
「ええ、私はそう思ってます」
「そうですか」

 ディレンは男の話を肯定も否定もせず、また男に酒を勧め、自分も飲む。

「ほれ」

 ディレンは黙ったままになったハリオにも酒を勧める。

 船長は一体何を考えているのか。ハリオはそう考えながらも、尊敬し、信じている船長のやることだと、じっと黙ってみていることにした。

「それで」

 カップを置いたディレンがまた男に声をかける。

「この後、どうするつもりです」
「いや、さっきも言いましたが、衛士か憲兵にでも捕まると思うので、自分ではどうにも」
「そうですか」

 ディレンはふむ、と一つ頷くと、

「じゃあ、あんた、うちの船に乗ればいい。海の向こうに行ってしまえば捕まることもないでしょう」

 と言った。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!

明衣令央
ファンタジー
 糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。  一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。  だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。  そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。  この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。 2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

処理中です...