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第四章 第二部
11 責任ある立場
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「そんな話があったのですか」
ルギは宮へ戻ると遅い時刻ではあったがキリエに面会を申し入れ、ハリオから聞いた話を報告した。
「宮の侍女と王宮侍女は、個人的な付き合いがなければ業務上は関わることがほとんどありませんからね。王宮侍女にどのような者がいるかも分かりませんし、そんなことがあったことも全く知りませんでした」
「はい。私も王宮衛士のことでそのような移動があったことを始めて知りました」
侍女頭とシャンタル宮警護隊隊長。互いにその責任ある立場にありながら、王宮の近い職種の者たちの身の上にそのようなことが起きているとは知らなかったことを恥じているように見えた。
「では、元国王は今の地位を得るためにそのようなことまでなさっていた、そういうことになりますね」
「はい」
「その元衛士のおかげで貴重な証言を得られました。ハリオ殿にはよく礼を言っておいてください」
「はい」
キリエはそう言うと目の前にルギがいることも忘れたように何かを考え込む。キリエにしては珍しいその様子に、ルギも黙ってその姿をみつめていた。
「どうしました」
キリエがふと、ルギの様子に気づいてそう尋ねる。
「いえ、キリエ様こそ。何か気になることがおありでしょうか」
キリエは自分の行動ゆえかと苦笑すると小さくため息をつく。これもまた鋼鉄の侍女頭らしからぬ行動である。
「その元王宮衛士がこの話を宮へ上げたいという気持ちはよく分かります。理不尽な対応を受けた者ならそれを正して欲しい、そう願うでしょう。そして王宮に対してそれがおできになるのはシャンタルとマユリアのみ」
「はい」
「では誰がそれをその者に命じたのか。途中からその命が変わったのは何故か、それを考えていました」
キリエもルギもそれが何者かについては口にしない。同じ人物を思い浮かべているからだ。
「月虹隊へのあの投書は、その者らの仕業、宮の外で使える者として、セルマの命に従うようにと言われていたのでしょう」
「私もそう考えておりました」
侍女頭の言葉に警護隊隊長がそう答えた。
今まであの投書をセルマの仕業であろうと考えても、実際に動いた者については考えが及ばなかった。金で使うにしても、使命で動かすにしても、王都で自由に動ける者で神殿とつながっているだろう者の姿がいっこうに見えてこなかったからだ。
「ですが、今度のことでなんとなく手足として使われている者の影は見えた気がします」
「はい」
「では、その頭は手足をどのように使いたいのか、それが見えるようで見えません」
「はい」
おそらく「頭」は神官長であろう。王宮を追い出された元侍女や元衛士を使うとは考えたものだ。
「今の国王陛下に対する恨みを抱く者をうまく言いくるめて手足として使う。そこに矛盾を感じます」
「はい」
あのクーデターの時、いや、もっと以前から神官長は新しい国王のそばで助言をし、その日まで何年も協力し続けていたであろうに、なぜここにきてその足を引っ張るような真似をするのかが分からない。
キリエがそう悩む姿を見ながらルギには一つの仮説が浮かぶが、それをうまく言葉にする方法が浮かばない。
もしもそれを伝えるのなら、自分の心の奥に封印した、あの「美しい夢」のことまで語らねばならないかも知れない、そう思うからだ。
「もしかしたら」
ルギがキリエの言葉にギクリとする。
もしかして何か顔に浮かんだことを読まれてしまったのではないか、その疑念に心が冷える。
「外の者であるトーヤなら、何か思い浮かぶのかも知れません。アランやディレン船長は何か言っていませんでしたか」
「いえ、今のところは特別なことは何も」
ルギは想像と違う質問にホッとしてそう答えた。
「この話を聞いた時はアーリンという月虹隊の予備兵もおりましたし、何か思うところがあったとしても、アランもディレン船長も口には出せなかったのやも知れません」
「そういうこともあるかも知れませんね」
「はい」
「部屋にはアーダもいることでしょう。ミーヤの当番の時にでも私も一度話を聞きに参りますが、あなたもそのあたりのことを聞いてみてください」
「はい」
「なんにしても、王宮侍女頭、王宮衛士長はどの程度のことを知っているのか」
キリエが怒りをにじませ、ルギはこれもまた珍しいことだと思う。
「もしも知らぬうちに行われたことならば、なんとも無能。仮にもその上に立つ者としての使命感が足りない。上に立つ者は下の者に対する責任を全て負っているのです、その重みを忘れているのか」
キリエは「鋼鉄の侍女頭」と呼ばれ、知らぬ者には冷酷、独裁者と思われているが、その実際の姿を見ることができた者はその懐の広さ、慈悲の女神の宮殿を統べる者としての実力を理解することとなるだろう。
「だがもしも、上からの命に血を吐く思いで従っていたとすれば、どれほどつらく苦しかったことか。その気持ちだけは理解します。ですが、それでも、そのように自分に従う者たちの存在を踏みつけ、見捨てるようなことは許されることではありません。己の立場だけを守ろうと汲々とし、守るべき者を犠牲にしたとしたならば」
三十年に渡ってシャンタル宮を守り続けたキリエだからこそ言える言葉であった。
ルギは宮へ戻ると遅い時刻ではあったがキリエに面会を申し入れ、ハリオから聞いた話を報告した。
「宮の侍女と王宮侍女は、個人的な付き合いがなければ業務上は関わることがほとんどありませんからね。王宮侍女にどのような者がいるかも分かりませんし、そんなことがあったことも全く知りませんでした」
「はい。私も王宮衛士のことでそのような移動があったことを始めて知りました」
侍女頭とシャンタル宮警護隊隊長。互いにその責任ある立場にありながら、王宮の近い職種の者たちの身の上にそのようなことが起きているとは知らなかったことを恥じているように見えた。
「では、元国王は今の地位を得るためにそのようなことまでなさっていた、そういうことになりますね」
「はい」
「その元衛士のおかげで貴重な証言を得られました。ハリオ殿にはよく礼を言っておいてください」
「はい」
キリエはそう言うと目の前にルギがいることも忘れたように何かを考え込む。キリエにしては珍しいその様子に、ルギも黙ってその姿をみつめていた。
「どうしました」
キリエがふと、ルギの様子に気づいてそう尋ねる。
「いえ、キリエ様こそ。何か気になることがおありでしょうか」
キリエは自分の行動ゆえかと苦笑すると小さくため息をつく。これもまた鋼鉄の侍女頭らしからぬ行動である。
「その元王宮衛士がこの話を宮へ上げたいという気持ちはよく分かります。理不尽な対応を受けた者ならそれを正して欲しい、そう願うでしょう。そして王宮に対してそれがおできになるのはシャンタルとマユリアのみ」
「はい」
「では誰がそれをその者に命じたのか。途中からその命が変わったのは何故か、それを考えていました」
キリエもルギもそれが何者かについては口にしない。同じ人物を思い浮かべているからだ。
「月虹隊へのあの投書は、その者らの仕業、宮の外で使える者として、セルマの命に従うようにと言われていたのでしょう」
「私もそう考えておりました」
侍女頭の言葉に警護隊隊長がそう答えた。
今まであの投書をセルマの仕業であろうと考えても、実際に動いた者については考えが及ばなかった。金で使うにしても、使命で動かすにしても、王都で自由に動ける者で神殿とつながっているだろう者の姿がいっこうに見えてこなかったからだ。
「ですが、今度のことでなんとなく手足として使われている者の影は見えた気がします」
「はい」
「では、その頭は手足をどのように使いたいのか、それが見えるようで見えません」
「はい」
おそらく「頭」は神官長であろう。王宮を追い出された元侍女や元衛士を使うとは考えたものだ。
「今の国王陛下に対する恨みを抱く者をうまく言いくるめて手足として使う。そこに矛盾を感じます」
「はい」
あのクーデターの時、いや、もっと以前から神官長は新しい国王のそばで助言をし、その日まで何年も協力し続けていたであろうに、なぜここにきてその足を引っ張るような真似をするのかが分からない。
キリエがそう悩む姿を見ながらルギには一つの仮説が浮かぶが、それをうまく言葉にする方法が浮かばない。
もしもそれを伝えるのなら、自分の心の奥に封印した、あの「美しい夢」のことまで語らねばならないかも知れない、そう思うからだ。
「もしかしたら」
ルギがキリエの言葉にギクリとする。
もしかして何か顔に浮かんだことを読まれてしまったのではないか、その疑念に心が冷える。
「外の者であるトーヤなら、何か思い浮かぶのかも知れません。アランやディレン船長は何か言っていませんでしたか」
「いえ、今のところは特別なことは何も」
ルギは想像と違う質問にホッとしてそう答えた。
「この話を聞いた時はアーリンという月虹隊の予備兵もおりましたし、何か思うところがあったとしても、アランもディレン船長も口には出せなかったのやも知れません」
「そういうこともあるかも知れませんね」
「はい」
「部屋にはアーダもいることでしょう。ミーヤの当番の時にでも私も一度話を聞きに参りますが、あなたもそのあたりのことを聞いてみてください」
「はい」
「なんにしても、王宮侍女頭、王宮衛士長はどの程度のことを知っているのか」
キリエが怒りをにじませ、ルギはこれもまた珍しいことだと思う。
「もしも知らぬうちに行われたことならば、なんとも無能。仮にもその上に立つ者としての使命感が足りない。上に立つ者は下の者に対する責任を全て負っているのです、その重みを忘れているのか」
キリエは「鋼鉄の侍女頭」と呼ばれ、知らぬ者には冷酷、独裁者と思われているが、その実際の姿を見ることができた者はその懐の広さ、慈悲の女神の宮殿を統べる者としての実力を理解することとなるだろう。
「だがもしも、上からの命に血を吐く思いで従っていたとすれば、どれほどつらく苦しかったことか。その気持ちだけは理解します。ですが、それでも、そのように自分に従う者たちの存在を踏みつけ、見捨てるようなことは許されることではありません。己の立場だけを守ろうと汲々とし、守るべき者を犠牲にしたとしたならば」
三十年に渡ってシャンタル宮を守り続けたキリエだからこそ言える言葉であった。
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