260 / 488
第四章 第二部
10 もしもの時
しおりを挟む
男はハリオが笑うのを見て、少しばかりいい感情ではないという顔で眉をしかめた。
「いや、失礼」
ハリオが顔を引き締める。相手に不快な感情を持たせてしまったら聞ける話も聞けなくなるかも知れない。
「いや、おっしゃっていることがちょっとばかり矛盾してるもんで」
「矛盾?」
「あんたはやっぱり王宮衛士なんですよ。だからなんだかんだ言って王様や皇太子様を信じようとなさってる、それでちょっとね、すみません」
男はハリオの言葉に黙り込む。
「今の王様が父親を殺したかもと言いながら、そうじゃないと言ったら信じたい。そうなんでしょう?」
「それは……」
ハリオの言葉に男は少しだけ黙り込み、
「そうかも知れません」
正直にそう答えた。
「王宮を罷免され、追い出されたことに対する恨みはあります。誇り高く王家にお仕えする、それがどれほどの栄誉であるか。それを、ありもしない罪を着せられ、聞く耳を持たぬと何がなんだか分からぬうちに一族の恥とされました。それまでは一族の誉れと私を持ち上げていた家族も親族も顔を背け、一族の厄介者と蔑まれることとなりました。でも、それでもやはり、自分は王宮衛士であったのだとの誇りは消えない、王家に対する忠誠心も消えない。それが本当のところのようです」
ハリオには分からなかった。この国において「王宮衛士」というものがどれほど誇らしい職業で、それをやめさせられることがどれほど屈辱であるかを。だが、目の前の男を見ていると、そのことでこの男がどれほど傷ついているか、それは理解できた。
「俺には申し訳ないが、あんたのその誇りだとか屈辱だとかはあんまりよく分かりません。そういう立場になったことがないもんでね。けど、信じてた人に裏切られた、その悔しさとかはよく分かります。俺にも信じる人がいる、命をかけてその人のためならって人はいます。恩もある、その人を尊敬してる。もしもその人にそんな風にされたら、もしかしたらあんたみたいになるかも知れない、そう思いました」
男はハリオの目をじっと見て、
「ありがとうございます」
と、小さく礼を言った。
「そんでですね、あんたは結局何をしたくてまたここに来たんです? 今の王様をどうこうしたい、前の王様をお助けしたい、それとも他に何か用事が?」
「ここに来たのは、さっき言った王宮侍女と王宮衛士の話をしたかったからです」
「ああ」
「弟の方と仲がよかったんですよ。それで、縁談も決まって順風満帆、幸せそうにしてたのが、あっという間にあんなことになってしまって」
「言ってましたね」
「それで、それをなんとか宮の上の方に知っていただきたい、そう思って来ました。あなたが言うように、もしかしたらあなたは本当にただの職人で、そんなところにつながりのない方かも知れない。だとしても、私があなたにそれを知らせることでまたどこかにつながる可能性がある、そう思いました」
ハリオは黙って聞いている。
「もしも、もしもです」
男が顔を上げ、ハリオをじっと見つめながら言う。
「あなたが、あなた方が宮の上の方に何かを言える機会を得ることができたなら、その時に、その姉弟のことを伝えてください。よろしくお願いいたします」
男は立ち上がり深く頭を下げた。
ハリオは何も言えずにじっと男を見た。
「頭を上げてください」
ハリオに言われ、男が頭を上げた。
「もしも、もしもです、もしも本当にそんな機会が来たなら、間違いなく伝えます。こんなことを聞いたってね。ただ、俺は本当に一介の職人に過ぎない、そんな機会は永遠に来ないかも知れない。それから、失礼ながら、あんたが言ったその話が本当だとの証拠もない。言うにしても世間話程度で終わるかも知れない。それでもいいってんなら約束します」
「結構です。よろしくお願いいたします」
男はその言葉を最後にして家から出ていった。
男が去ったその後、ハリオはしばらくの間、そうして一人でじっと座り、色々と考え続けていた。すると、
「ハリオさん、大丈夫ですか?」
裏口からそっとそんな声がした。アーリンが戻ってきたらしい。
「ああ、大丈夫。そっちはまさか1人じゃないだろうな、誰か連れて戻ってきたか?」
「はい」
アーリンが誰かに合図をして中に入れる。なんと、驚いたことにそれはシャンタル宮警護隊長のルギであった。
「え、隊長さん直々に!」
「だけじゃないんです」
その後から顔を出したのはアーリンの上司であるダルと、ハリオの上司であるディレン、それからアランも一緒だった。
「え、そんだけの顔ぶれ連れてきたのかよ!」
アーリンの説明によると、オーサ商会に戻ったアーリンは愛馬のジェンズを飛ばして暗くなる街を抜け、シャンタル宮へと駆け戻った。
正門で当番の衛士と入れろ入れないともめているとルギが通りがかり、一度アーリンをアランの部屋まで連れていき、自室にいたダルも呼んで説明を聞いた結果がこれらしい。
「でも本当に1人だけだったんですね」
アーリンがホッとした顔でそう言ってやっと笑顔を見せた。
「もしも戻ってきてとんでもないことになってたらと怖かったです」
幸いにもそうはならず、ハリオは皆に男から聞いた姉弟の話をすることになった。
「いや、失礼」
ハリオが顔を引き締める。相手に不快な感情を持たせてしまったら聞ける話も聞けなくなるかも知れない。
「いや、おっしゃっていることがちょっとばかり矛盾してるもんで」
「矛盾?」
「あんたはやっぱり王宮衛士なんですよ。だからなんだかんだ言って王様や皇太子様を信じようとなさってる、それでちょっとね、すみません」
男はハリオの言葉に黙り込む。
「今の王様が父親を殺したかもと言いながら、そうじゃないと言ったら信じたい。そうなんでしょう?」
「それは……」
ハリオの言葉に男は少しだけ黙り込み、
「そうかも知れません」
正直にそう答えた。
「王宮を罷免され、追い出されたことに対する恨みはあります。誇り高く王家にお仕えする、それがどれほどの栄誉であるか。それを、ありもしない罪を着せられ、聞く耳を持たぬと何がなんだか分からぬうちに一族の恥とされました。それまでは一族の誉れと私を持ち上げていた家族も親族も顔を背け、一族の厄介者と蔑まれることとなりました。でも、それでもやはり、自分は王宮衛士であったのだとの誇りは消えない、王家に対する忠誠心も消えない。それが本当のところのようです」
ハリオには分からなかった。この国において「王宮衛士」というものがどれほど誇らしい職業で、それをやめさせられることがどれほど屈辱であるかを。だが、目の前の男を見ていると、そのことでこの男がどれほど傷ついているか、それは理解できた。
「俺には申し訳ないが、あんたのその誇りだとか屈辱だとかはあんまりよく分かりません。そういう立場になったことがないもんでね。けど、信じてた人に裏切られた、その悔しさとかはよく分かります。俺にも信じる人がいる、命をかけてその人のためならって人はいます。恩もある、その人を尊敬してる。もしもその人にそんな風にされたら、もしかしたらあんたみたいになるかも知れない、そう思いました」
男はハリオの目をじっと見て、
「ありがとうございます」
と、小さく礼を言った。
「そんでですね、あんたは結局何をしたくてまたここに来たんです? 今の王様をどうこうしたい、前の王様をお助けしたい、それとも他に何か用事が?」
「ここに来たのは、さっき言った王宮侍女と王宮衛士の話をしたかったからです」
「ああ」
「弟の方と仲がよかったんですよ。それで、縁談も決まって順風満帆、幸せそうにしてたのが、あっという間にあんなことになってしまって」
「言ってましたね」
「それで、それをなんとか宮の上の方に知っていただきたい、そう思って来ました。あなたが言うように、もしかしたらあなたは本当にただの職人で、そんなところにつながりのない方かも知れない。だとしても、私があなたにそれを知らせることでまたどこかにつながる可能性がある、そう思いました」
ハリオは黙って聞いている。
「もしも、もしもです」
男が顔を上げ、ハリオをじっと見つめながら言う。
「あなたが、あなた方が宮の上の方に何かを言える機会を得ることができたなら、その時に、その姉弟のことを伝えてください。よろしくお願いいたします」
男は立ち上がり深く頭を下げた。
ハリオは何も言えずにじっと男を見た。
「頭を上げてください」
ハリオに言われ、男が頭を上げた。
「もしも、もしもです、もしも本当にそんな機会が来たなら、間違いなく伝えます。こんなことを聞いたってね。ただ、俺は本当に一介の職人に過ぎない、そんな機会は永遠に来ないかも知れない。それから、失礼ながら、あんたが言ったその話が本当だとの証拠もない。言うにしても世間話程度で終わるかも知れない。それでもいいってんなら約束します」
「結構です。よろしくお願いいたします」
男はその言葉を最後にして家から出ていった。
男が去ったその後、ハリオはしばらくの間、そうして一人でじっと座り、色々と考え続けていた。すると、
「ハリオさん、大丈夫ですか?」
裏口からそっとそんな声がした。アーリンが戻ってきたらしい。
「ああ、大丈夫。そっちはまさか1人じゃないだろうな、誰か連れて戻ってきたか?」
「はい」
アーリンが誰かに合図をして中に入れる。なんと、驚いたことにそれはシャンタル宮警護隊長のルギであった。
「え、隊長さん直々に!」
「だけじゃないんです」
その後から顔を出したのはアーリンの上司であるダルと、ハリオの上司であるディレン、それからアランも一緒だった。
「え、そんだけの顔ぶれ連れてきたのかよ!」
アーリンの説明によると、オーサ商会に戻ったアーリンは愛馬のジェンズを飛ばして暗くなる街を抜け、シャンタル宮へと駆け戻った。
正門で当番の衛士と入れろ入れないともめているとルギが通りがかり、一度アーリンをアランの部屋まで連れていき、自室にいたダルも呼んで説明を聞いた結果がこれらしい。
「でも本当に1人だけだったんですね」
アーリンがホッとした顔でそう言ってやっと笑顔を見せた。
「もしも戻ってきてとんでもないことになってたらと怖かったです」
幸いにもそうはならず、ハリオは皆に男から聞いた姉弟の話をすることになった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?
秋月一花
恋愛
本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。
……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。
彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?
もう我慢の限界というものです。
「離婚してください」
「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」
白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?
あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。
※カクヨム様にも投稿しています。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる