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第四章 第二部

 3 噂を広める者

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 ハリオとアーリンは男と3人で広場の東にある1軒の民家に飛び込んだ。

「ここは?」
「ああ、俺の親戚の貸家です。この人が困ってるって言うので聞いてみたら、封鎖が明けるまでの間なら泊まっていいって言ってもらって。ちょうど今誰も住んでなくてよかった」
「いや、王様の助け小屋ってのを知ってたらそんな厚かましいこと頼めなかったんですが……」
「いやいや、大丈夫ですよ」

 家はリュセルス近辺ではごく一般的な造りになっていた。一階に居間と寝室、台所などの水場、そして上にいくつかの部屋。家の外には洗濯場になるぐらいの小さな庭と井戸などがある。カースのある西側と違って温泉は湧いていないが、水は豊富に出る地域だ。

 その居間にあるテーブルに男とハリオを座らせて、アーリンが台所に入っていくと、カップを3つ盆に乗せて戻ってきた。

「ささ、何もないので水になりますが、一杯飲んで休んでください」
「あ、どうも」

 アーリンが盆を差し出すと、男は警戒するように木のカップを1つ選んで受け取り、後からカップを取った2人が水を飲む様子を見ながら、自分もゆっくりと飲んだ。何か入っていないかを警戒したようだ。

「ああ、びっくりしましたね。もしかしたら月虹隊に見張られてたのかな」
「そんなヤバい話なんですか!」

 アーリンの言葉にハリオが驚いて見せる。

「まあ、あまりいい噂じゃないですしね。でも本当かどうかは気になります。そのへんどうなんですか?」
「うん?」
「いや、あの話ですよ、あの」

 アーリンが一度言葉を切り、

「今の王様が前の王様を殺したんじゃないかって話」

 はっきりとそう聞く。

「…………」

 男は黙ってカップを置くと、

「本当だ」

 と言い切ったので2人が息を飲んだ。

「それ、誰から?」
「言った通り王宮衛士の一人からだ」

 ハリオの質問に男がきっぱりと言う。

「その人、信用できるんですか?」
「ああ間違いない」
「なんで言い切れるんです」
「なんでもいいだろ、そんなん」
「いや、さっきも言ったけど、あやふやな噂ならもうあんなことやめた方がいいですよ、兵隊に目をつけられるようなこと」
「そうですよ。さっきのは月虹隊隊長だったけど、もしかしたら憲兵もいたかも」
「いやいや、そんなことなら、それどころか宮の衛士や本当の王宮衛士も目をつけてるかも知れませんね」
「なんだと」

 ハリオの言葉にアーリンもかぶせて男を疑うような言い方をして、男の目が怒りを帯びた。

「本当の王宮衛士ってどういう意味だ」
「いや、そういう意味じゃ……」

 ハリオがおどおどと引く振りをして見せる。

 ハリオはディレンの片腕のようにして働いている腕利きの船乗りだ。船乗りになる前にはそれこそ色々な経験もし、ちょっとばかりやんちゃなことをしていた過去もある。トーヤほどではないが、それなりにこういう場面には慣れている。それを分かっていてディレンもハリオをアーリンに付けることに賛成をした。

「あんたのこと、疑ってるってわけじゃないんですよ? ただねえ、そのまますっくり信じるってのも、あんまり考えがなさすぎじゃないですか? 何しろあんたがどこのどなたかも分からない、話の出どころも分からない。一体どこからどうやってその話が流れてきたのか、それを知って判断しないとあんたも俺らも危ないって言ってるだけなんですよ」

 ハリオはおどおどと目を落ち着きなく動かしながらも、それでもはっきりと男に疑問の種が何なのかを説明した。

「言われてみれば俺もそうじゃないかと思います」

 アーリンが板挟みで困ったという顔でそう言う。

 アーリンにはダルが前もってハリオの話に合わせていくようにと言ってある。何しろアーリンはまだまだ若い、世間も知らない。ただ、憧れの月虹隊長ダルにこう言われて、ひたすら懸命に自分の役割を演じ切ろうとしているようだ。

「いいかいアーリン、ハリオさんは君よりも俺よりも、ずっと世間をよく知ってる。何しろアルディナから大きな海を渡ってこちらに来た人だ、色んなことを経験している。だから基本的なことだけ決めて、後はそれに信憑性しんぴょうせいを持たせるようにうまく補助してほしい。ハリオさんは色んなことは知ってるけど、この国のことだけは知らないからね。それに俺は、アーリンはとても見どころがあると思ってるんだ。だからよろしく頼みます」

 ダルがそう言って細長い体を二つ折りにするいつもの礼をしてアーリンにそう頼むと、

「隊長、頭を上げてください! 俺、やってみせます。ハリオさんにうまく話を合わせてきっと噂の出どころを聞き出してきます!」

 最初はハリオに合わせるようにと言われてちょっとばかり気にいらないという顔をしていたアーリンだが、ダルに「見どころがある」と言われ、頭を下げられたことで、今にも泣き出しそうなぐらい感動してそう約束をした。

「他のことならいいんですが、何しろ王様のことだし、その上、人の生き死にのかかったことだし、こういう話は念には念を入れて聞いた方がいいと思いますよ」

 まだ年若いアーリンにそう言われて、男は怒りをやや収め、

「そりゃそうだな、その上でしっかり信じてもらった方が俺も自分の信用が守れるってもんだ」

 と、そう認めた。
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