上 下
252 / 488
第四章 第二部

 2 噂の中心

しおりを挟む
「え~と、どこかで会った気が……」

 アーリンはあえて少し悩みながら思い出す振りをしてから、

「あ、そうそう、思い出した、そういやそういう話聞きましたよね、この間も!」

 と、両手を叩きながら大きな声でそう言った。

「おいおい、声でかいな。こういうのはもうちょっとこっそり話すもんだ」

 その男はニヤニヤしながら、少しとがめるように言いながらもアーリンの横にドカッと座り、何かを話す準備に入ったようだった。

「あのな、教えてやるよ」

 声を潜めた男の周囲に輪を縮めるように周囲の男たちも集まる。

「俺の知り合いに王宮衛士おうきゅうえじがいてな、そいつが教えてくれたんだよ」
「そういや、この間もそんなこと言ってましたね」
「おう、本当のことだからな」
「その人がなんて?」
「今の王様、王座を盗むためにな」

 と、「譲位じょうい」ではなく「盗む」という単語を使ってその部分を強調する。

「王宮の衛士を、自分の思い通りに動く奴ばーっかりに入れ替えてたんだよ」
「なんだって!」

 周囲がざわざわとざわめく。

「ってことだは、ずっと前から王位簒奪おういさんだつを計画して、準備万端整えてたってこった」

 今度は「簒奪」という単語を使う。

「ええ~俺は前の王様が体調を悪くされて、そんで王位をお譲りになられたって聞きましたよ」

 アーリンが異議あり、という言い方で続きに水を向ける。

「いやいや、とんでもない、前の王様は大層お元気だった。何しろ、マユリアをもう一度後宮にってお望みになるほどだしな」
「やっぱりあの話は本当だったんだな」
 
 他の男がちょっと半笑いで面白そうに言う。

「ああ、そうだ。何しろ八年前に一度お約束はできてる。その誓約書もあったってことだぜ」

 「おお」とあっちこっちから声が上がる。

「そういやうちのが言ってたな。なんでも前の王様って方は格が高くて徳もあるお方だそうだ。それでマユリアがシャンタルでいらっしゃった十年と、先代の十年、合わせて二十年もの間この国は平穏無事でいられたんだとか。そんで、マユリアはその徳に感じ入って後宮に入られるとおっしゃったそうだ」
「へえ!」
「いやあ、今の王様の方が若くてご立派だとばっかり思ってたけどなあ」
「なあ、あの花園のことだってなあ」

 あっちこっちでクスクスと笑い声が漏れる。

「いやいや、その花園だってな、それだけの人望のある方だからこそ、って話だ」
「ええ~そうなのかよ」
「今の王様はお妃様お一人、王子様や王女様の良い父親って聞くぜ」
「けどな、そのへんも前の王様の男の甲斐性ってもんじゃないのか?」
「ああ、なるほどな。息子の王様はそのへんちょいと甲斐性なしってか」

 ちょっとばかり下卑た笑いも交じる。

「まあまあ、そのへんはよく分からんが、何にしろ、マユリアは前の王様のことはお認めになってるが、今の王様のことは認めていらっしゃらないってこった」

 中心の男もそう言ってヘラヘラと笑った。

「そんで、その甲斐性なしの息子さんですか。その方が父親をどうのこうのって、それ本当なんですか」

 ハリオが話を本筋に戻そうとして中心の男に話しかけた。

「らしい、としか言えないが、かなり信憑性しんぴょうせいは高いと俺は思ってる」
「らしいって、そりゃまたあやふやな」

 ハリオのこの言葉に男はムッとした顔になる。

「あやふやなんかじゃないぞ、ちゃんとした筋から聞いた話だからな」
「それが知り合いの王宮衛士って人なんでしょ?」
「そうだ」
「その人がどのぐらい信用できるのか分からないしなあ」
「そりゃまあそうですよね」
「うん、まずその人が本当に王宮衛士かどうか、俺らには本当のところも分からないし」
「確かに」

 アーリンも途中から一緒になって男をあおる。

「そりゃそうだな」
「う~ん、言われてみりゃ」
「まあ、ない方がいいしな、そういう恐ろしいことは」

 周囲からもチラホラと嘘であってほしいと思うらしい者から声が上がりだし、男が剣呑けんのんな顔つきになっていく。

「きさま、俺の言ってることが信じられんと言うのか」
「いや、そうは言ってません、言ってません、そうじゃないですけどね!」

 ハリオが慌てて手を振りながら、腰がひけながら否定をする。

「ただ、大きなことじゃないですか、そういうのって。だから、もしも嘘だったら大問題だなと思って」
「そうですよね、もしかしたらお兄さん、それこそ王宮衛士に捕まるなんてこともありえるんじゃないですか?」
「そうそう、そういうことで」

 アーリンがハリオの援護に入った。

「だよなあ」
「嘘だったらそんなこと話してたってだけでお咎めを受けるなんてことも」
 
 ざわざわと他の者も浮足立ち始めた頃、

「あ、まずい、あれ月虹隊の隊長じゃないっすか!」

 アーリンがそう言うと、皆が急いで三々五々輪から離れ出した。

「まずいですね、ちょっと俺らもこの場を離れた方がいい」

 ハリオがそう言って中心であった男の腕を掴み、アーリンと一緒に急いでその場を離れていった。

 もちろんダルは話を見計らって広場の中心へ近づいてきたので、キョロキョロとあたりを見渡しながら、うまくハリオとアーリンがその男を連れて行ってくれたのを確認できた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...