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第三章 第ニ部 助け手の秘密
1 伴侶
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「あなたにもお分かりのはずです」
ルギが黙ったままでいると神官長が重ねて言う。
「分かっておられるのでしょう?」
「何がでしょうか」
言葉が断定から質問に変わったので、単純作業の定例文のようにルギは意味を尋ねた。
「なぜあの戯言を上に上げなかったかをです」
「ええ、ですから申し上げた通り、一度のことと様子を見ただけのことです。ですが、こう何度も繰り返されては上げざるを得ない事態になりそうです」
「これはこれは」
神官長が驚いたように両手を広げ、それでもまだ表情は笑ったままでルギを見る。
「では、どうぞお上げください」
「そうさせていただきます」
「ええ、どうぞ」
神官長は両手をテーブルの上に組んだ形で下ろし、笑った顔のままでルギを見ている。
「どうされました? 今から侍女頭のキリエ殿か衛士長のリーダス殿のところに行かれてはいかがでしょう?」
「こんな時刻にですか」
「ええ、反逆罪の疑いがあるのでしょう? 時刻など関係ないのではないですか?」
ゆったりと、まるで追い詰められているのは自分ではなくルギだと言わんばかりに神官長がそう言う。
ルギは、見た目は変化がない。表情も変えない。だが、すぐに返答もしない。
「どうなさいました? どうぞ報告にお行きください」
「なぜです」
「なにがでしょう」
「なぜ私にそのような戯言を繰り返されるのです」
「おやおや」
神官長は心底呆れた、という顔で、再び両手を軽く広げて上げて見せる。
「お分かりでしょうに」
「ですから、私が何を分かったとおっしゃるのです」
「本当にお分かりではないですか?」
「ええ、分かりません」
「おやおや」
神官長がゆっくりと手を下ろし、再びテーブルの上に同じ形で置くと同じ言葉を繰り返す。
「私には分かりました、ですからあなたに戯言を繰り返しておるのです」
「分かりかねます」
ルギが眉をひそめてそう言う。
「何をお分かりになったとおっしゃるのか」
「おやおや、おやおや」
ルギが苛立たしさを顔に乗せる。
「言いたいことがあるのなら、今すぐおっしゃっていただきたい」
「そうですか、分かりました」
神官長が、まるでその時を待っていたかのようににこやかに答える。
「私が分かっていること、そしてあなたが分かっていながら心にフタをしていることをお教えしましょう」
「どうぞ」
「では」
神官長がテーブルの上に手を置いた姿勢のまま、ぐいっと上半身を傾けてルギに顔を寄せる。
「あなたもご覧になったのですよ」
ルギは答えない。じっと黙ったまま、姿勢を崩さず、神官長から目を離さずに聞いている。
「あなたもご覧になったのです」
もう一度同じ言葉を繰り返す。
ルギは答えない。
「あの、美しい夢を」
ああ、やはりそれか。
ルギは心の中でそう思う。
「分かっておいででしたでしょう?」
ルギは答えない。
「女神の国」
ルギは答えない。
「真の女神の国に君臨するのは当代マユリア以外にありません」
ルギは答えない。
「そして、その横に並ぶのは忠誠を誓う力強き衛士、穢れなき戦士のあなたです」
ルギは答えない。
「真の女神の国を統べる美しき女神に並び立つ者、その場所に相応しき伴侶はあなた以外ありません」
ルギの表情が動き、厳しい目を神官長に向けた。
「戯言の中の戯言ですな」
「何がでしょう?」
「あなたはあの方が国王の皇妃になられるように説得しろと私に言った。その口でそのような言葉を私に向ける。どちらに向いてもそのようにして持ち上げ、自分の思うように動かそうとしているのでしょう。見え見えです。大変よく分かりました」
「これはこれは」
「おそらくそれは、他の方に準備した言葉なのでしょう。それをうっかり私に投げてしまった。つまらぬ失敗をなさったものです」
「本心からそうお思いですか?」
「もちろんです」
「どのお言葉がそのようにお気に障られましたものか」
「なんのことでしょう」
「どのお言葉がさほどにお気に召しませんでした?」
ルギは、その言葉を口にするのも汚らわしい、そんな表情で冷たく神官長を見下す。
「では、代わりに私が申し上げましょう」
神官長はある言葉を口にする。
「伴侶」
それを聞くと、ルギはいかにも今思い出したというように、
「さて、言われてみれば聞いたような気もいたしますが、記憶にはございませんな」
と、切って捨てるように言う。
ルギのそんな態度にも神官長がひるまず、
「この言葉にさほどに反応されるとは」
と言うと、
「お間違えのないように。私には何も関係のない言葉ゆえ、耳には入らなかったにすぎません」
ルギはきっぱりとそう答えた。
「勘違いなさっておられるようです」
「勘違い?」
「ええ、伴侶、という言葉をどのように受け止めておられる?」
どのようにと言われてもその言葉から浮かぶのは唯一つだけだ。
「配偶者、そのように思っておられますか」
「普通はそうでしょうな」
「なるほど、確かに夫婦となる契を結んだ男女の仲に使う言葉ではありますが、それだけではございません」
神官長は訝しそうな目のルギから視線を離さずに続ける。
「伴侶とは、人生を共に歩く者、共に並び立ち道を同じくする者、そのような意味合いの言葉です。単純に夫婦の仲だけを指す、そのような軽い言葉ではございません」
ルギが黙ったままでいると神官長が重ねて言う。
「分かっておられるのでしょう?」
「何がでしょうか」
言葉が断定から質問に変わったので、単純作業の定例文のようにルギは意味を尋ねた。
「なぜあの戯言を上に上げなかったかをです」
「ええ、ですから申し上げた通り、一度のことと様子を見ただけのことです。ですが、こう何度も繰り返されては上げざるを得ない事態になりそうです」
「これはこれは」
神官長が驚いたように両手を広げ、それでもまだ表情は笑ったままでルギを見る。
「では、どうぞお上げください」
「そうさせていただきます」
「ええ、どうぞ」
神官長は両手をテーブルの上に組んだ形で下ろし、笑った顔のままでルギを見ている。
「どうされました? 今から侍女頭のキリエ殿か衛士長のリーダス殿のところに行かれてはいかがでしょう?」
「こんな時刻にですか」
「ええ、反逆罪の疑いがあるのでしょう? 時刻など関係ないのではないですか?」
ゆったりと、まるで追い詰められているのは自分ではなくルギだと言わんばかりに神官長がそう言う。
ルギは、見た目は変化がない。表情も変えない。だが、すぐに返答もしない。
「どうなさいました? どうぞ報告にお行きください」
「なぜです」
「なにがでしょう」
「なぜ私にそのような戯言を繰り返されるのです」
「おやおや」
神官長は心底呆れた、という顔で、再び両手を軽く広げて上げて見せる。
「お分かりでしょうに」
「ですから、私が何を分かったとおっしゃるのです」
「本当にお分かりではないですか?」
「ええ、分かりません」
「おやおや」
神官長がゆっくりと手を下ろし、再びテーブルの上に同じ形で置くと同じ言葉を繰り返す。
「私には分かりました、ですからあなたに戯言を繰り返しておるのです」
「分かりかねます」
ルギが眉をひそめてそう言う。
「何をお分かりになったとおっしゃるのか」
「おやおや、おやおや」
ルギが苛立たしさを顔に乗せる。
「言いたいことがあるのなら、今すぐおっしゃっていただきたい」
「そうですか、分かりました」
神官長が、まるでその時を待っていたかのようににこやかに答える。
「私が分かっていること、そしてあなたが分かっていながら心にフタをしていることをお教えしましょう」
「どうぞ」
「では」
神官長がテーブルの上に手を置いた姿勢のまま、ぐいっと上半身を傾けてルギに顔を寄せる。
「あなたもご覧になったのですよ」
ルギは答えない。じっと黙ったまま、姿勢を崩さず、神官長から目を離さずに聞いている。
「あなたもご覧になったのです」
もう一度同じ言葉を繰り返す。
ルギは答えない。
「あの、美しい夢を」
ああ、やはりそれか。
ルギは心の中でそう思う。
「分かっておいででしたでしょう?」
ルギは答えない。
「女神の国」
ルギは答えない。
「真の女神の国に君臨するのは当代マユリア以外にありません」
ルギは答えない。
「そして、その横に並ぶのは忠誠を誓う力強き衛士、穢れなき戦士のあなたです」
ルギは答えない。
「真の女神の国を統べる美しき女神に並び立つ者、その場所に相応しき伴侶はあなた以外ありません」
ルギの表情が動き、厳しい目を神官長に向けた。
「戯言の中の戯言ですな」
「何がでしょう?」
「あなたはあの方が国王の皇妃になられるように説得しろと私に言った。その口でそのような言葉を私に向ける。どちらに向いてもそのようにして持ち上げ、自分の思うように動かそうとしているのでしょう。見え見えです。大変よく分かりました」
「これはこれは」
「おそらくそれは、他の方に準備した言葉なのでしょう。それをうっかり私に投げてしまった。つまらぬ失敗をなさったものです」
「本心からそうお思いですか?」
「もちろんです」
「どのお言葉がそのようにお気に障られましたものか」
「なんのことでしょう」
「どのお言葉がさほどにお気に召しませんでした?」
ルギは、その言葉を口にするのも汚らわしい、そんな表情で冷たく神官長を見下す。
「では、代わりに私が申し上げましょう」
神官長はある言葉を口にする。
「伴侶」
それを聞くと、ルギはいかにも今思い出したというように、
「さて、言われてみれば聞いたような気もいたしますが、記憶にはございませんな」
と、切って捨てるように言う。
ルギのそんな態度にも神官長がひるまず、
「この言葉にさほどに反応されるとは」
と言うと、
「お間違えのないように。私には何も関係のない言葉ゆえ、耳には入らなかったにすぎません」
ルギはきっぱりとそう答えた。
「勘違いなさっておられるようです」
「勘違い?」
「ええ、伴侶、という言葉をどのように受け止めておられる?」
どのようにと言われてもその言葉から浮かぶのは唯一つだけだ。
「配偶者、そのように思っておられますか」
「普通はそうでしょうな」
「なるほど、確かに夫婦となる契を結んだ男女の仲に使う言葉ではありますが、それだけではございません」
神官長は訝しそうな目のルギから視線を離さずに続ける。
「伴侶とは、人生を共に歩く者、共に並び立ち道を同じくする者、そのような意味合いの言葉です。単純に夫婦の仲だけを指す、そのような軽い言葉ではございません」
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