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第三章 第ニ部 助け手の秘密

 2 美しい夢

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 ルギは言葉もなくじっと神官長の話を聞いているしかないようだった。

永遠とわの忠誠を誓う、強く、けがれなき衛士。それ以外に女神にかしずく資格のある存在があるでしょうか、ルギ殿」

 突然、神官長がルギの名を呼んだ。

「私はこの通りもう老境に入り、それほど先が長い者ではありません。ですが、その短い老い先が来る前に、この生命いのちがあるうちに、まことの女神の国の頂点にあの方が立つ姿を見たいのです」
「一体どこからそんな考えを引っ張り出されたのです」

 やっとルギが口を開く。

「実はこれは私の考えではないのです」

 神官長が驚くような言葉を口にした。

「ある方からそんな国を作りたい、そううかがった時に、なんと美しい夢なのか、そう思いました。そしてそれを夢で終わらせてはいけない、実現しなくてはいけない、そう思って、その日から今日こんにちまで、ただひたすらその日のために生きてまいりました」
「誰がそんなことを、いつからそんなことを」
「それは、今はまだ申せません」
「皇太子殿下、いえ、国王陛下ですか」

 ルギは一番そんなことを言い出しそうな人間を脳裏に浮かべたが、
 
「いや、違うな」

 すぐに自分で自分の考えを否定した。

 もしも新国王がそんなことを言い出したのなら、その横に自分を並べようなどと思いはしないだろう。それとも、その部分だけは神官長の考えなのか?

「ええ、違います。あなたこそふさわしいとは、その方もおっしゃっていることです」

 神官長がルギの心を読んだように即座に否定する。
 ルギは少しの間じっと神官長を見ていたが、次に浮かんだことを口にする。

「本当にそんな方がいらっしゃるとは思えません。おそらくそれは、あなたの心の中だけにおられる誰か、例えばもうお一人のご自分の声か何かでしょう。神官長、これは同じシャンタル宮に仕える者として忠告させていただく。あなたは心の病を患っておられる、一度侍医に診てもらう方がいい」

 ルギの言葉を聞くなり、神官長は大笑いしながら言う。

「反逆者の次は心の病ですか。いやいや、私の申しておりますこと、さほどに奇妙なことでしょうか」
「ええ」

 ルギは、目の前で頭を振りながら笑い続ける神官長を静かに見ながら、静かに言葉を続けた。

「もう一度申し上げます。あなたは病だ。そう判断して私は少し安心いたしました。病人の申すことを生真面目に上に上げる必要もない。報告するのは神官長が不調であること、療養の必要があることだけです。今日はもう遅い、明日すぐに侍医に診てもらうのがよろしかろう」
「これはこれは、よい口実を思いつかれたものです」

 ルギの言葉に神官長が楽しそうに笑いながらそう言う。

「なんですと?」
「私が心の病だとすれば、あなたは私に反逆の意思ありと上に上げなくてよくなる。あの戯言を自分一人の心の中に収めておけて、そしていつまでも幸せな美しい夢の中に埋没まいぼつすることができる。そういうことになりますから」
「まだそのような」
「ええ、これもまた戯言、病人の戯言としてお聞きいただいてよろしいのですが」

 神官長は慈悲深い微笑みを浮かべながら続ける。

「夢を見るのはそんなに悪いことなのでしょうか?」

 ルギは少し考えてから、

「夢を見るのは悪いこととは言えないでしょうな。ですが、その夢を夢とはせず、現実と混同して騒ぎを起こす、他人を巻き込んで害悪を与えることは悪いことと言えるのではないかと思います」

 そう答えた。

「なるほど、たしかに夢と現実を混同するのは良いこととは思えません」
「そうお分かりならばすぐにも夢から覚めて現実に戻っていただきたい。そのためにも、明日にでも侍医を尋ねることをお勧めする」

 ルギは神官長の言葉を聞いて、誠実にそう答える。心の底からそうしてもらいたいと思っている。

 ルギがシャンタル宮に迷い込み、思わぬことから宮の者となって二十年近くになるが、目の前にいる今は神官長と呼ばれているこの男ともその頃に顔見知りとなった。
 当事はまだ一神官の立場であり、ルギが衛士見習いとして色々なことを学ぶ中、教師となって指導をしてもらったこともあった。
 その頃からルギがこの男から受けていた印象は、博識ではあるが、いつも自信なさげで臆病、目立つことは好きではなく、いつも人の顔色を伺っている、そのようなものだった。

 当事の次期神官長争い、2人の強力な候補の緩衝材かんしょうざいとして、争いに決着がついたらすぐに辞職する前提で仮に神官長という地位に就いたが、本人すらもその扱いを当然と考えているような、自己主張のほとんどない、野心など持つことのない人間だとしか思えなかった。
 八年前、トーヤが神殿をシャンタル宮の「おまけ」と考えていたように、誰もがこの神官長すらも「おまけ」のように、毒にも薬にもならない存在ととらえていたはずが、いつからこのような考えにとらわれるようになったのか。

 これは本当に長きに渡って知っていたあの神官長という人間なのか。

「本心からお願いする、ぜひとも明日、すぐにでも侍医の診察を受け、休養なさっていただきたい」

 ルギがもう一度、本心からそう頼む姿を見て、神官長はもう一度愉快そうに笑った。
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