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第二章 第一部 吹き返す風
7 築く
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「神様ってのは本当に容赦ねえよなあ」
アランが何を言っていいのか困っていると、当のトーヤがそう言って笑い出した。
「アランもありがとうな、おまえが何してくれようとしてくれてるかよく分かった。けどまあ、シャンタルの言ってることは当たってる」
当たってるからこそだ。
アランは口に出さずにそう思った。
当たっているからこそ言ってはいけないこともあるのだ。
「まあ、そのへんはおいおいな。そんでいいか?」
「うん、いいよ」
子どもに言って聞かせるようなトーヤに、子どものようにシャンタルが答えて終わる。
おそらく、自分とベルに出会う前にも何度もそういうことがあり、そしてこの二人は「折り合いをつけて」きたのだろう。
そうして五年の歳月に二人だけの関係を築いてきたのだろう。
それはそれでアランが立ち入ることのできない二人だけの関係だ、そう思ってアランは言葉を飲み込む。
自分たちだってそうしてトーヤとシャンタルとの関係を築いてきたのだから。
「俺もそれでいい。そんで?」
いつもこうして場を戻すのが自分の役割なのだ。
アランはそうしていつものようにそう言った。
「で、話を戻すがだな、って、なんだった?」
「おい」
そうして何もなかったようにトーヤとアランは笑い、シャンタルもニコニコしてそれを見ている。
いつもの空気に戻った。
「えっと、そうだな、ミーヤさんが懲罰房に入れられて出て、セルマと同じ部屋にいるってのと、あの香炉が元は黒い香炉だろうって証明できた、そこまでかな」
「ああ、そうだったな」
何事もなかったようにトーヤが続ける。
さきほどはそこでシャンタルがルークのことを持ち出し、そしてそういう流れになったのだった。
「だからまあ、まだ話していいかどうか分からんこともあるし、ベルが戻ってから言った方がいいのかも知れない話もあるから、とりあえず言えることだけな」
「分かった」
「うん、分かったよ」
「それでっと、後話せそうなことはだな」
トーヤはあの石のことをどうしようか考えて、今はやめておくことにした。
「まあ、そんだけだ」
「なんだそりゃ!」
「そうなの?」
アランが呆れ、シャンタルが笑う。
「今のところ話せることはな」
「話せないことの方が多そうだな」
「そうかも知れんな」
「そんじゃまあおつかれさん」
「お疲れ様でした」
「おう」
そうしてトーヤの報告は終わった。
「でだな、今度はそっちの話だ。なんであのバカがあんなことになってんだ?」
トーヤの質問にアランが何があったかを話した。
「そうしてな、俺もベルの気持ちはよく分かるんで行かせることにしたんだよ。ラデルさんも一緒に止めてはくれたんだが、何しろいきなり男に見えりゃいいんだろって自分で髪ぶっちぎりやがったしな。あいつの覚悟のほども分かったし、思い切ることにした。それに、リルさんちに行くだけだから、そこまで危険な場所に飛び込むわけでもねえしな」
「そうか」
「今もまだリルさんちにいるんだが、トーヤが帰ってきたんなら、明日にでもラデルさんに迎えに行ってもらうよ」
「そうか」
トーヤはそれ以上聞かず、ベルの話もそこまでで終えた。
「青い小鳥が役に立ったって何?」
シャンタルが微妙な質問をする。
だが、シャンタルがそう何度も尋ねるということは、そうなのかも知れない。
トーヤはそう考えた。
「これも不思議な話になるんだが、おまえがそれほど聞くんだから言えってことなんだろうな」
アランはまた思い出す。
『トーヤに戻らなきゃって言ったんだよ』
『そうか、じゃあ戻るかって』
たったそれだけの会話でこの二人はシャンタリオに戻ろうとした。
それを聞いてベルがそんな簡単なことで自分たちと別れようとしたのかと激怒したが、そうではないのだ、それまでにそれだけのつながりを二人の間に作ってきたからこその会話だったのだ。
「じゃあ、それは話してもらえるんだな?」
それを全部飲み込んでアランがそう聞いた。
「そうだな、話すか」
トーヤがそうして懲罰房の「穢れた侍女」の話をした。
「ってことは、その水音ってのはその侍女たちの怨念の挙げ句かよ!」
アランがブルっと身震いをした。
「そうだと思う」
「なんでトーヤはそんなことが分かったんだよ」
「それは」
ちょっとトーヤは考えてシャンタルをちらっと見る。
「まあ、それはまた今度な」
「そうか、分かった」
アランはまた飲み込む。
「言う必要ができたら言ってくれ」
「ああ」
トーヤはアランのこういう聡いところにいつも助けられていると思った。
アランにはベルのような不思議な勘の良さというものはない。ディレンも言っていたが、その点ではごくごく普通の人間だ。
だがその分を補って余りあるほど努力する力があり、頭の回転がよく、こちらの感情も読んでくる。
ベルが持って生まれた天才だとすれば、アランは自分で努力して身につける秀才型だ。
この三年の間にトーヤはそれを知った。
この兄妹との関係もまた築かれてきたものなのだ。
「なんだかなあ、なんか一気に年食ったような気分だよなあ」
「へ?」
トーヤはキリエが言っていた言葉を思い出す。
『お互い年を取りましたね』
「認めたくないが、そういうことなのかも知れねえな」
アランが何を言っていいのか困っていると、当のトーヤがそう言って笑い出した。
「アランもありがとうな、おまえが何してくれようとしてくれてるかよく分かった。けどまあ、シャンタルの言ってることは当たってる」
当たってるからこそだ。
アランは口に出さずにそう思った。
当たっているからこそ言ってはいけないこともあるのだ。
「まあ、そのへんはおいおいな。そんでいいか?」
「うん、いいよ」
子どもに言って聞かせるようなトーヤに、子どものようにシャンタルが答えて終わる。
おそらく、自分とベルに出会う前にも何度もそういうことがあり、そしてこの二人は「折り合いをつけて」きたのだろう。
そうして五年の歳月に二人だけの関係を築いてきたのだろう。
それはそれでアランが立ち入ることのできない二人だけの関係だ、そう思ってアランは言葉を飲み込む。
自分たちだってそうしてトーヤとシャンタルとの関係を築いてきたのだから。
「俺もそれでいい。そんで?」
いつもこうして場を戻すのが自分の役割なのだ。
アランはそうしていつものようにそう言った。
「で、話を戻すがだな、って、なんだった?」
「おい」
そうして何もなかったようにトーヤとアランは笑い、シャンタルもニコニコしてそれを見ている。
いつもの空気に戻った。
「えっと、そうだな、ミーヤさんが懲罰房に入れられて出て、セルマと同じ部屋にいるってのと、あの香炉が元は黒い香炉だろうって証明できた、そこまでかな」
「ああ、そうだったな」
何事もなかったようにトーヤが続ける。
さきほどはそこでシャンタルがルークのことを持ち出し、そしてそういう流れになったのだった。
「だからまあ、まだ話していいかどうか分からんこともあるし、ベルが戻ってから言った方がいいのかも知れない話もあるから、とりあえず言えることだけな」
「分かった」
「うん、分かったよ」
「それでっと、後話せそうなことはだな」
トーヤはあの石のことをどうしようか考えて、今はやめておくことにした。
「まあ、そんだけだ」
「なんだそりゃ!」
「そうなの?」
アランが呆れ、シャンタルが笑う。
「今のところ話せることはな」
「話せないことの方が多そうだな」
「そうかも知れんな」
「そんじゃまあおつかれさん」
「お疲れ様でした」
「おう」
そうしてトーヤの報告は終わった。
「でだな、今度はそっちの話だ。なんであのバカがあんなことになってんだ?」
トーヤの質問にアランが何があったかを話した。
「そうしてな、俺もベルの気持ちはよく分かるんで行かせることにしたんだよ。ラデルさんも一緒に止めてはくれたんだが、何しろいきなり男に見えりゃいいんだろって自分で髪ぶっちぎりやがったしな。あいつの覚悟のほども分かったし、思い切ることにした。それに、リルさんちに行くだけだから、そこまで危険な場所に飛び込むわけでもねえしな」
「そうか」
「今もまだリルさんちにいるんだが、トーヤが帰ってきたんなら、明日にでもラデルさんに迎えに行ってもらうよ」
「そうか」
トーヤはそれ以上聞かず、ベルの話もそこまでで終えた。
「青い小鳥が役に立ったって何?」
シャンタルが微妙な質問をする。
だが、シャンタルがそう何度も尋ねるということは、そうなのかも知れない。
トーヤはそう考えた。
「これも不思議な話になるんだが、おまえがそれほど聞くんだから言えってことなんだろうな」
アランはまた思い出す。
『トーヤに戻らなきゃって言ったんだよ』
『そうか、じゃあ戻るかって』
たったそれだけの会話でこの二人はシャンタリオに戻ろうとした。
それを聞いてベルがそんな簡単なことで自分たちと別れようとしたのかと激怒したが、そうではないのだ、それまでにそれだけのつながりを二人の間に作ってきたからこその会話だったのだ。
「じゃあ、それは話してもらえるんだな?」
それを全部飲み込んでアランがそう聞いた。
「そうだな、話すか」
トーヤがそうして懲罰房の「穢れた侍女」の話をした。
「ってことは、その水音ってのはその侍女たちの怨念の挙げ句かよ!」
アランがブルっと身震いをした。
「そうだと思う」
「なんでトーヤはそんなことが分かったんだよ」
「それは」
ちょっとトーヤは考えてシャンタルをちらっと見る。
「まあ、それはまた今度な」
「そうか、分かった」
アランはまた飲み込む。
「言う必要ができたら言ってくれ」
「ああ」
トーヤはアランのこういう聡いところにいつも助けられていると思った。
アランにはベルのような不思議な勘の良さというものはない。ディレンも言っていたが、その点ではごくごく普通の人間だ。
だがその分を補って余りあるほど努力する力があり、頭の回転がよく、こちらの感情も読んでくる。
ベルが持って生まれた天才だとすれば、アランは自分で努力して身につける秀才型だ。
この三年の間にトーヤはそれを知った。
この兄妹との関係もまた築かれてきたものなのだ。
「なんだかなあ、なんか一気に年食ったような気分だよなあ」
「へ?」
トーヤはキリエが言っていた言葉を思い出す。
『お互い年を取りましたね』
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