黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

文字の大きさ
上 下
88 / 488
第二章 第一部 吹き返す風

 6 抉る

しおりを挟む
「合ってるな」

 とだけトーヤがボソッと答えた。

「確かに俺もその場面を見た。夢でも見た」
「夢でも?」

 アランはトーヤの言葉を聞き逃さなかった。

「ってことは、夢で見た他に違う形でも見たってことか?」
「さすがアラン」

 いつもの口癖が出る。

「見たってか正確には聞いたかな。まあ、どっちにしてもそんな感じだ」
「聞いた?」
「ルークのことを思い出してたらルークの声が聞こえたんでな」
「そもそもそれだよ、ルークってなあ、誰なんだよ? トーヤがこっち来る船で一緒だったってことだけはなんとなく分かるけど、あの名前もその男から取ったのか?」
「分からん。自分ではルギとそう遠くない名前でありふれた名前を選んだつもりだったけどな」
「ルギ」

 その言葉に思わずシャンタルがクスリと笑った。

「じゃあ意識してなかったってことなのか?」
「そうだな。今度言われるまで思い出しもしなかった、八年間ずっとな」
「言われるまで? 誰に言われたんだよ」
「そのへんがな、う~んと」

 トーヤがガリガリと頭をかく。

「どこからどの程度話していいもんかねえ」
「なんだよそれ」
「とりあえずルークという名の男はいた。そして夢の通りに1枚の板をはさんでそういうことがあった」
「じゃあ板を取り合ったってのは事実なんだな」
「取り合ったわけじゃねえらしい」
「トーヤが自分から板を放していたように私には見えたよ」

 シャンタルがそう言う。

「そうらしい」

 トーヤが苦笑いでそう答える。

「俺はシャンタルから聞いただけでその場面を見たわけじゃないからな。だけど普通とちょっと違うように思うぞ、それは」
 
 アランがいつものように冷静に分析する。

「嵐の中、トーヤとルークは船から海に放り出された。そして溺れまいとして必死で1枚の板に手を伸ばした。そうしたら自分以外にももう一人がその板をつかんでた。ここまでは合ってるか?」
「ああ」
「そうしたらな、そういう場合、もしも板が両方の体を支えられるなら二人で掴まってるんじゃないかと思う。板の大きさはどんなもんだった」
「戸棚の扉ぐらいだな」
「二人は支えきれないぐらいか?」
「多分な」
「ってことはだな、そういう場合は手を放した方が助からない可能性が高くなる。だから取り合いになるってのが普通の状態だと思う。けど、シャンタルに聞いたところによるとだな、トーヤは自分から手を放したってんだ。そうなのか?」
「そうらしい」
「らしい?」
「俺もあの時のことはそうはっきり覚えているわけじゃねえが、手を放した覚えはなんとなくある」
「なんでだ?」

 アランが驚いてそう聞いた。
 当然だろう。手を放したら死ぬかも知れない状況で、自分からわざわざ手を放す人間がいるなんて考えられない。

「どうしてだろうな」

 トーヤが苦笑する。

「分かんねえのか?」
「分からん」

 トーヤは本当は心当たりがあったのだが、それを話すと思い出したくないこと、言いたくないことまで話さなくてはならなくなる。それが嫌だった。
 
 アランはなんとなくトーヤが話したくないのだなと分かって、そこで話を終えようとした。
 だが……

「ルークには家族がいたんじゃない」

 シャンタルがさらっと言う。

「おまえ……」

 アランがその一言にギョッとした。

 トーヤが手を放した理由。
 それはきっと、ルークには待つ人がいた、帰る場所があった、それだったのだろうと気がついたのだ。

「そうかもな」

 トーヤはそれだけ言って口をつぐむ。
 それがアランには「そうだ」と言っているようにしか思えなかった。

 トーヤは優しい人間だ。
 見た目は粗暴で必要な時には通り名の「死神」のように冷酷にもなる。
 だがその真ん中には優しく慈悲深い「トーヤ」という人間がいるということを、アランもベルもよく知っている。

 だからこそ、気づいたとしてもそれは言ってはいけないことな気がした。
 
「まあ人ってのは自分でも何してるか分かんねえこともあるしな」

 アランがやっとそれだけを言う。

「とにかく、シャンタルが見たって夢がトーヤが見て送ってきた夢だってことは分かったから、もうそれでいいよ」
「違うよ」

 アランが話を終わらせようとしているのに、またシャンタルがピシャリとそう言う。

「何がだよおまえ、話聞いてそうだったって分かったじゃねえか」

 アランがこれ以上シャンタルに何かを言わせたくなくて、そう言って黙らせようとするが、

「うん、私はてっきりトーヤが送ってきたんだと思ってたけど、話を聞いて違うと分かった」

 シャンタルは遠慮なくそう言う。

「トーヤの夢だろうが」
「そうだね。だけど、それを見せた何かがいる」

 シャンタルはきっぱりとそう言い切った。

 シャンタルのこういうところだ、とアランは思う。

 シャンタルは見た目は見目麗みめうるわしく、よく言えば無垢、違う言い方をすれば能天気にしか見えない。いつも何も考えていないように、何にもこだわりがないようにしか見えない。

 だが、時にこうして本当なら踏み込んではならないかも知れない、自分なら気がついてそれ以上は触れないだろう部分を深く、深くえぐる発言をする。
 
 それはまさに人を深く慈しみながら、必要ならば天罰を与える神のなせることに似ている。
 シャンタルを見ながらアランはそう思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

処理中です...