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ゆえに、俺は仇討をなすことが宿命づけられた。父の死は余人の目にも触れており、病死と届けて家督を継ぐという手立ても使えなかったのだ。武士の習い、仇討のために追ってきた相手、柏崎次兵衛が時折姿を現すというこの地下御前の場に参加するようになっていた。そして、父の死とは無関係な者を幾度か殺めていた。
仇討のため、それにここに居る者は納得ずくで殺し合いを演じている、最初はそう己に言い聞かせていた。
しかし、顔を出すうちに知ろうとせずとも地下御前試合に参加するのが必ずしも、みずからの剣技を試したい者や血に飢えた者だけでないことは耳に入ってくる。ある者は家族が病を得てそれを癒すための薬を購うため、ある者は積み重なった借財ゆえに妹を売るか自分が命を張るかと札差に迫られ、といった具合にやむにやまれぬ事情がある者も多くいた。
前回、俺が斬ったのはそんな者のひとり、家族のために戦う者だ。腕こそこちらに劣っていたが“生者”を背負って戦う者の気魄は凄まじく、危うく紙一重で殺されかけた。
爾来(じらい)、疑念がつきまとって離れない。この広い江都(こうと)のこと、目当ての人物を目付や横目の経験があるわけでもないおのれが探し出すことはむずかしかった。となれば、仇を討つなら地下御前試合に参加するしかない。
だが、しかし、そんな言葉が脳裏に張り付いてはなれなかった。
一方、頭に浮かぶのは算術の塾の面々の顔だ。あそこで過ごす時間は心が弾みっぱなしだった。「村瀬殿」「村瀬氏(うじ)」「義益さん」とおのれを呼ぶ声が耳の奥によみがえる。それを掻き消そうとするように、地下には喝采が上がっていた。贅沢に蝋燭をふんだんに使って照らされた景色で狂騒する観客の姿は血に飢えた地獄の鬼のようだ。
しかし、立ち合いにおいて血が沸騰するのもまた事実だった。そういう意味では俺もまた鬼と化しつつある、そう思えてならない。
仇討のため、それにここに居る者は納得ずくで殺し合いを演じている、最初はそう己に言い聞かせていた。
しかし、顔を出すうちに知ろうとせずとも地下御前試合に参加するのが必ずしも、みずからの剣技を試したい者や血に飢えた者だけでないことは耳に入ってくる。ある者は家族が病を得てそれを癒すための薬を購うため、ある者は積み重なった借財ゆえに妹を売るか自分が命を張るかと札差に迫られ、といった具合にやむにやまれぬ事情がある者も多くいた。
前回、俺が斬ったのはそんな者のひとり、家族のために戦う者だ。腕こそこちらに劣っていたが“生者”を背負って戦う者の気魄は凄まじく、危うく紙一重で殺されかけた。
爾来(じらい)、疑念がつきまとって離れない。この広い江都(こうと)のこと、目当ての人物を目付や横目の経験があるわけでもないおのれが探し出すことはむずかしかった。となれば、仇を討つなら地下御前試合に参加するしかない。
だが、しかし、そんな言葉が脳裏に張り付いてはなれなかった。
一方、頭に浮かぶのは算術の塾の面々の顔だ。あそこで過ごす時間は心が弾みっぱなしだった。「村瀬殿」「村瀬氏(うじ)」「義益さん」とおのれを呼ぶ声が耳の奥によみがえる。それを掻き消そうとするように、地下には喝采が上がっていた。贅沢に蝋燭をふんだんに使って照らされた景色で狂騒する観客の姿は血に飢えた地獄の鬼のようだ。
しかし、立ち合いにおいて血が沸騰するのもまた事実だった。そういう意味では俺もまた鬼と化しつつある、そう思えてならない。
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