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「おめえな、新入りが疑心暗鬼になりそうなことをさらりというな」
「うるせえなあ、そんな肝の小せえやつにゃあどっちみち、この稼業はつとまらねえよ」
 顔をしかめる又一郎に、千太郎が面倒そうな声を出した。
 又一郎の兄貴も随分と気儘だとは思ってたがに――千太郎はそれに輪をかけて適当だ。
「どっちみち、この折に『おめえさんは裏切り者か』と問い詰めたところで誰が口を割る? だったら、先を急ぐしかねえだろ」
 千太郎がかさねた言葉に、抵抗をおぼえながらも「そうでござんすね」と平太はうなずいた。吉兵衛も複雑な顔をしながらも無言で異は唱えない。
 しこりを残しながらも、平太たちはふたたび先を急いで歩き出した。

 日暮れの気配が空に滲み出してきた刻限、ついに山越えは終盤に差し掛かっていた。
 が、突如としてそこに敵が立ちふさがる。木陰から影が湧き出すようにして現れた人物があったのだ。
「ひさしいな、愚息よ」
 忍び装束に身を包みながらも顔をさらした人物は、まさに父親の平次郎に相違なかった。時を隔てていても一目見ればすぐに平太には理解できた。
 平太たちは一斉に動きを止め、いつでも長脇差や大刀を抜けるように体勢を整える。が、今度は相手が斜面の上に立っていた、不利はいなめない。が、愚息と呼ばれて平太の頭はなにも考えられないほどに熱くなっていた。しかし、
「おまえはなにゆえに、源蔵などに手を貸す? あやつは、抜け忍となって朋輩を裏切った男だ。何度でも人を裏切るぞ」
 抜け忍、ということに疑問をおぼえすこし冷静になる。知らぬのか、と平次郎は嘲りの笑みを口辺に刷いた。
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