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「きゃつは元は御庭番だ。地下の女人に懸想して忍びの宿世から逃げ出した慮外者なのだ。さような者、信を置くに足るのか?」「おめえに比べればましだ」
 平太の罵声にも、ほう、と声を返す平次郎の表情は涼しげだ。
「おぬしらが連れておる子ども、まことに“生かすため”に運ぶという確かな証はあるのだろうな? もしやすると、脇腹を目障りに思う者が、己が目で命を絶たれる瞬間を確かめるために江戸に送るよう依頼したのやもしれぬではないか」
 そんなこと、と平太は否定しかった。
 だが、合力してくれた女子は公儀の隠密だった。村では、犯してもいない殺人の濡れ衣を着せられかけている。疑おうと思えばいくらでも人間を疑うことができる経験をしていた。
「莫迦野郎」
 そこに単純明快な叱声があがる。
「おめえとともに修羅場をくぐり抜けた者(もん)が信じられねえのか? それはおめえみずからも信じられねえってことだぞ」
 言葉の主は又一郎だった。
「おめえの親爺がおめえのことを考えて忠言なんどすると思うのか、平の字」
 そのせりふを聞いた瞬間、平太は冷や水を浴びせられた心地を味わう。
 そうなのだ。理屈でいえば、平次郎の言葉にも理はある。だが、それもまた理で考えれば虚言である公算が高いのもまた事実なのだ。
 冷静を欠いたところに揺さぶりをかけられ道を踏み誤りそうになった、そのことを自覚し平太は背筋に寒いものをおぼえる。
 刹那、脇から鋭い刃鳴りが聞こえた。
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