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 山中から一時的に鳥の囀りが消え失せた。怒声におどろいて禽獣は沈黙したのだ。
「なんだと、もっぺん言ってみやがれ」
「こんな山のなかまでわざざ骸(おろく)になりに来やがるなんざ、ご苦労なことだ、と言ったんだよ」
 斜面の上に陣取った平太は冷めた口調で、四人組のやくざ者のうちのひとりと言葉を交わした。後ろ、山頂に近い側には源太郎丸を背負った又一郎がおり、左右に間隔を置いて千太郎と吉兵衛がたたずむ、という位置関係にある。
「ふざけやがって、餓鬼を連れてようが構わねえ、殺(や)っちまえ」
 平太を罵倒したやくざ者の言葉を合図に破落戸たちは殺到してきた。が、急な斜面で全力で駆けられるはずもない。高さのある場所に陣取った側は二倍から三倍からなる敵と戦えるともいう。勝負になるはずがなかった。
 宙を走った刃にまたたく間に命を奪われ、最前、平太が言った通りになる。それにしても、と平太は思う。不思議だ――視線を向けた先は吉兵衛のほうだった。
 水呑百姓だった自分が、渡世人の仲間に加わり、さらには武士と手を組んで戦っているのだ。もし祖母が生きていて目の当たりにしたなら目を剥いただろう。しかし、今の状況においては立場など無視して合力することは必要なことだ。それを「習いにないことだ」と否定することは愚か以外のなにものでもない。
 正しいか誤っているかは――己で判断するものだ、改めて平太は思った。
「にしても妙だな」
 ふいに山頂側の又一郎が真剣な声をもらす。
「忍びの連中はともかく、間道も使わずに山を進むあっしらをやくざ者どもごときが終えるはずがねえ」
 仲間の疑問の目を受けて彼は先の感想を抱くに至った理由を明かした。
「つうことは、例の小人目付とやら以外に内通する者がいるってこったな」
「な」
 なんでもないことのように応じる千太郎に、平太と吉兵衛は目を見開く。
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