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助左衛門についてきた子どもたちから悲鳴があがる。
だが、肝心の助左衛門は呻き声ひとつあげられない。ただただ浅い呼吸をくり返し、虚ろなまなざしをこちらに注ぐ父を凝視していた。
「おっとお」
なんとか声を絞り出しても父は無言だった。二度と言葉を発することがなかった。
それが“あいつ”の父親の借財を背負わされた父の末路だ。
一章
一
第十一代将軍家斉の治世、五月のよく晴れた日。熊笹の枝葉を頭上にする体勢を、猟師の栄助は取っていた。
兎が微かに立てる足音は無視した。彼はもっと大きな獲物を欲していたからだ。
狐が栄助の近くを通り過ぎた。
未熟な者は、この獲物との最接近を果たすことができない。ここで栄助は足跡を確かめていた。
村の田の方向に向かっていく足跡があるのだ。
栄助は村のほうへ林を戻っていった。
狩人の静か過ぎる出現に村の子どもたちが亜然とした表情で固まる。
下手に刺激して彼らを騒がしてもいかず、栄助は猪の足音を追った。獣臭い匂いがその居所を彼のもとへ伝えていた。
気付くと、朝から始めていたはずの猟が夕刻にずれ込んでいた。
村の外れの田畑が山から下りた獣の休息地だ、
そのうちの一体、猪があぜ道に身を伏せて土中の餌を探す。
醜悪な――おのれらが耕し種を植えた訳でもないのに貪り食う、それは人の営みへの冒涜に思えた。
だが、肝心の助左衛門は呻き声ひとつあげられない。ただただ浅い呼吸をくり返し、虚ろなまなざしをこちらに注ぐ父を凝視していた。
「おっとお」
なんとか声を絞り出しても父は無言だった。二度と言葉を発することがなかった。
それが“あいつ”の父親の借財を背負わされた父の末路だ。
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第十一代将軍家斉の治世、五月のよく晴れた日。熊笹の枝葉を頭上にする体勢を、猟師の栄助は取っていた。
兎が微かに立てる足音は無視した。彼はもっと大きな獲物を欲していたからだ。
狐が栄助の近くを通り過ぎた。
未熟な者は、この獲物との最接近を果たすことができない。ここで栄助は足跡を確かめていた。
村の田の方向に向かっていく足跡があるのだ。
栄助は村のほうへ林を戻っていった。
狩人の静か過ぎる出現に村の子どもたちが亜然とした表情で固まる。
下手に刺激して彼らを騒がしてもいかず、栄助は猪の足音を追った。獣臭い匂いがその居所を彼のもとへ伝えていた。
気付くと、朝から始めていたはずの猟が夕刻にずれ込んでいた。
村の外れの田畑が山から下りた獣の休息地だ、
そのうちの一体、猪があぜ道に身を伏せて土中の餌を探す。
醜悪な――おのれらが耕し種を植えた訳でもないのに貪り食う、それは人の営みへの冒涜に思えた。
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