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序章
そのとき、助左衛門は親類の子と近所の子どもと一緒に遊んでいた。
探索と称して村の外れの森に足を踏み入れていたのだ。
「そんなに奥に行くなよ」
臆病な親類の子が弱気な声で訴える。
「なに、たかが村外れの森だ、たいしたことはないって」
助左衛門は生来の気楽さで、相手の弱音を撥ね退けた。
「いや、別にびくついてる訳じゃないけどさ」
「じゃあ、どうしたんだ?」
他の子どもの臆病風にも助左衛門はびくつかない。
だが、今の彼の明るさは半ば演じているものだった。家に帰れば彼を辛い現実が待っている。借財だ。父や母が借財が苦しい、金がないと頻りに訴える様を見るのは忍びなかった。二言目には金がない、がもはや二親の口癖になっていた。
「いいかい、お前がもう少し年を取ったら江戸に奉公に行くんだ。そうして、あたしらを助けてくれ」
母の言葉は裏返すと、今のお前は邪魔者だ、と言っているに等しくそのことも幼い助左衛門を傷つけた。
「お前はおれたちみたいに惨めなことにはなるな。立派な大人になって楽しく暮らせ」
父のそのせりふは、父と母を否定する言葉であり、今の自分の暮らしが“楽しくない”ものとして捉えられているという発言だった。これも助左衛門には辛い。
「おっとお、おっかあ、そんなこと言うなよ」
最初は口ごたえすると叱られていた。だが、借金苦の性格のなかで次第に両親が気力を失っていくうちに彼らは悲しげにこちらを見やるだけになっていった。
「そういえば、お前のとこ借金があるんだって」
近所の子どもの一人が何気ない口調で言い放つ。
とたん、助左衛門の喉がすぼまった。息ができず、視界が狭まる。
なにか言い返そうと言葉を探して視線をさ迷わせていたところ、
おっとお――。
が、視界の端をよぎるのに気づいた。
林は畑とは正反対だ、大人がいるのはおかしい。
思った瞬間、足音を殺しながらも早足で助左衛門は父を追う。
だがしばしののち、
「助左」
と子どもたちが呼ぶ声に気を引かれ、父の姿を見失ってしまった。
それでも懸命にその姿を探し求める。その末、再会した。
父の、骸、と。
彼は首を括って命を絶っていた。
そのとき、助左衛門は親類の子と近所の子どもと一緒に遊んでいた。
探索と称して村の外れの森に足を踏み入れていたのだ。
「そんなに奥に行くなよ」
臆病な親類の子が弱気な声で訴える。
「なに、たかが村外れの森だ、たいしたことはないって」
助左衛門は生来の気楽さで、相手の弱音を撥ね退けた。
「いや、別にびくついてる訳じゃないけどさ」
「じゃあ、どうしたんだ?」
他の子どもの臆病風にも助左衛門はびくつかない。
だが、今の彼の明るさは半ば演じているものだった。家に帰れば彼を辛い現実が待っている。借財だ。父や母が借財が苦しい、金がないと頻りに訴える様を見るのは忍びなかった。二言目には金がない、がもはや二親の口癖になっていた。
「いいかい、お前がもう少し年を取ったら江戸に奉公に行くんだ。そうして、あたしらを助けてくれ」
母の言葉は裏返すと、今のお前は邪魔者だ、と言っているに等しくそのことも幼い助左衛門を傷つけた。
「お前はおれたちみたいに惨めなことにはなるな。立派な大人になって楽しく暮らせ」
父のそのせりふは、父と母を否定する言葉であり、今の自分の暮らしが“楽しくない”ものとして捉えられているという発言だった。これも助左衛門には辛い。
「おっとお、おっかあ、そんなこと言うなよ」
最初は口ごたえすると叱られていた。だが、借金苦の性格のなかで次第に両親が気力を失っていくうちに彼らは悲しげにこちらを見やるだけになっていった。
「そういえば、お前のとこ借金があるんだって」
近所の子どもの一人が何気ない口調で言い放つ。
とたん、助左衛門の喉がすぼまった。息ができず、視界が狭まる。
なにか言い返そうと言葉を探して視線をさ迷わせていたところ、
おっとお――。
が、視界の端をよぎるのに気づいた。
林は畑とは正反対だ、大人がいるのはおかしい。
思った瞬間、足音を殺しながらも早足で助左衛門は父を追う。
だがしばしののち、
「助左」
と子どもたちが呼ぶ声に気を引かれ、父の姿を見失ってしまった。
それでも懸命にその姿を探し求める。その末、再会した。
父の、骸、と。
彼は首を括って命を絶っていた。
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