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3話
しおりを挟む突然、声がした。
幼い子どもの声だ。鈴が鳴るような、と形容したくなるようなかわいらしい声だったが、リクは何故か舌打ちした。
「まずはお嬢を休ませたかったんですけどね」
「わあ、あんなに擦れていたキミが、今じゃ立派な〈騎士〉だね。でもどうせボクに会うのは決定事項だったよ」
「そりゃあ、わかっていますが……。仕方ないな」
忽然と、子どもが立っていた。うそみたいにうつくしい顔をした子どもだった。純白の簡素なローブのようなものを着ているが、拭いきれない神聖さをその子どもから感じて、シアは無意識に背を伸ばした。
(ふつうの子どもじゃない……。としたら、エデルファーレにいる中で該当するのは……)
「察しました? ……これが当代の〈神子〉です。あとで顔見せに行こうと思ってたらあっちから来たみたいです」
「ふふ、初めまして、当代の【緑】の〈姫〉。そして久しぶりだね、リク。元気そうで何よりだ」
「あんたも元気そうですが、実際のところどうなんです?」
「そこを直球で訊いてしまうのがキミだなぁ。……代替わりのときが近づいているんだから、順調に力は衰えてきているよ」
「そうですか。まあ俺たちが選ばれた時点で兆候は出てたんですから当然でしたね」
「……ちょ、ちょっと、リク」
シアは慌ててリクの腕を引っ張る。
「〈神子〉様に向かって、あんまりにも砕けすぎてると思うんだけど」
「今更ですよ。〈神子〉は大らかなんで話し言葉とか気にしないですし」
「それにしたって……」
小声で会話していたのだが、距離が距離だ。内容は〈神子〉にも聞こえてしまっていたようで、くすくすと〈神子〉が笑う。
「いいんだよ、【緑】の〈姫〉。リクの言う通り、ボクはどんな言葉で話されても気にしない。無闇に敬われるよりはリクのような態度の方が好ましいしね」
「そ、それならいいのですが……」
何せ神の意志を受けて世界を運営する〈神子〉様である。敬っても敬っても足りないくらいだと思うのだが、本人がいいというのならシアがことさら目くじらを立てる必要はないだろう。個人的にハラハラするが。
「じゃあ、改めて。ボクは〈神子〉。これは役職だけれど、ボクに名前はないから、〈神子〉と呼んでほしい。名前を聞いてもいいかな、【緑】の〈姫〉」
「あ……シア、と申します」
「シア。きれいな響きの名前だ。キミによく似合ってる。……リクもそう思うよね?」
「なんでそこで俺に振るんですか。確かにお嬢の名前はお嬢によく似合ってると思いますけど」
普段は無縁な直球な褒め言葉に頬が熱くなる。
(名前! 名前を褒められただけなんだから……!)
どうしてだろう、〈神子〉の前では普段心を覆っている殻が剥がれ落ちてしまうようだった。感情がうまくコントロールできない。
「照れた顔もかわいらしいね、シア。キミが【緑】の〈姫〉でよかった」
「とか言って、そういうの、他の〈姫〉にも言ってるんでしょうに」
「? それのどこが悪いの? きれいなものをきれいと言って、かわいらしいと思ったものを愛でて。それのどこがいけない?」
「……ここまで堂々と言われるとつっつく気もなくなりますね。いいです、好きにしてください。〈神子〉様の発言にツッコミいれようとした俺が馬鹿でしたんで」
「?」
リクがそんなやりとりをしている間にシアは自分を立て直した。照れてる場合じゃない。
「……あの、少し聞いても?」
問いかけると、〈神子〉は包み込むような笑顔で頷いた。
「いいよ。シア。なんでも聞いて」
「……その、私、【緑】の〈姫〉として育てられたし、その役割が次代の〈神子〉を生み出すことだというのも理解しているのですが、具体的にここで何をすべきかといったことを知らないんです。……リクに聞いても、エデルファーレで〈神子〉に聞けの一点張りで。……私はここで何をすればよいのでしょうか」
「……お嬢、そういうのは一息ついたあとゆっくり話すくらいでちょうどいいと思うんですけどね」
「あなたが〈神子〉に聞けって言ったんでしょう」
「そりゃそうですけど……まだちょっと早いと思うんですけどねぇ」
後半の呟きは風に紛れてシアの耳には届かなかった。シアは〈神子〉へと向き直る。
「ふふ、リクはキミをずいぶんと大事に育てたみたいだ。……キミの役割。ここで為すべきこと。いいよ。教えてあげる。――生殖行為だよ」
「…………は?」
シアはそれを聞き間違いだと思った。清らかな気配を纏った子ども(の姿をした〈神子〉)から聞くには、あまりに不釣り合いなものだったからだ。
「この言い方じゃうまく伝わらない? 子づくり、性交、あたりならどう?」
しかし重ねて言われて、現実を認めざるを得なかった。
――今、この〈神子〉は〈姫〉がここで為すべきことを『生殖行為』だと言ったのだ。
「……冗談ですよね?」
「そう思いたい? でも次代の〈神子〉を生み出すって、そういうことだと思わなかった?」
「それはこう……なんか不思議な力でどうにかするものだと……そもそも人間から生まれると思ってなかったといいますか……」
「シアは面白いね。それだけリクが情報を与えなかったってことにもなるけれど」
〈神子〉に視線を向けられたリクはそっぽを向いた。
「〈姫〉の役割の具体的な説明は職務内容に入ってなかったんで」
「それは確かにそうだけれど、他の〈騎士〉はちゃんと〈姫〉に言い含めてたよ?」
「ああ、もう【青】と【赤】は来てるんですっけ」
「うん。今は屋敷でくつろいでるんじゃないかな」
「そっちにも挨拶に行かないとなりませんね」
「急がなくてもいいよ。時間はたっぷりあるんだから」
「俺らがここに来て早速顔見に来たヤツの言う台詞じゃないですね」
リクと〈神子〉はシアが受けた衝撃をよそに呑気にそんな会話をしている。
シアはリクの腕をまたも引っ張った。
「リク」
「なんですか、お嬢」
「……ここでの〈姫〉の為すべきことが……その……そういうことだって、冗談じゃないのよね?」
「〈神子〉がそんな冗談言って何になるんですか。本気も本気、事実ですよ」
当たり前のことを言うように諭されて、シアはやっと現実を飲み込んだ。そうすると今度は別の疑問が出てくる。
「……その、行為って、相手がいないとできないわよね?」
「そうですね」
「それは……誰になるのかしら」
「エデルファーレには〈神子〉と〈姫〉と〈騎士〉しかいないんですから、わかるでしょう」
「それは、その、――私とあなたが、そういうことをするってこと?」
「別に俺じゃなくても別の〈騎士〉でもいいっちゃいいですけど。お嬢がそれがいいって言うなら」
それがいいも何も、他の〈騎士〉は顔も知らない。とはいえ顔を知ってるリクがいいかと言ったら別問題なのだが。
シアは頭がくらりとするのを感じた。許容範囲をオーバーしている。
ふらついたシアを「おっと」と抱き留めたリクは、〈神子〉を見遣って口を開く。
「ちょっとお嬢の頭がパンクしたみたいなんで、もうお暇しても?」
「うん、いいよ。すぐに休めた方がいいだろうし、屋敷に送ってあげる。目を閉じて」
「はい。……お嬢、〈門〉での移動と同じなんで、目を閉じないと酔いますよ」
言われて、慌てて目を閉じる。「それじゃ、またね」と〈神子〉の声が聞こえたと同時、浮かぶような落ちるような感覚がシアの身を包み――「もういいですよ」と言われて目を開いたときには、まったく別の場所に立っていた。
過ごしやすく整えられた部屋だった。過不足ない調度が揃えられた、どこか安心する雰囲気の部屋。
リクに促されて、そこにあった長椅子に腰を下ろす。
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