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お世話係
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日の光がカーテンの隙間から入り込んで小鳥がぴよぴよと囀っている。
「おはようございます。フェンデル様。」
んんっ、と白く輝くような傷一つない肌は白いシーツの海に包まれながらか弱い声を出した。
カーテンをピシャリと開ければもうすっかり太陽も顔を出している。
「……ふぁ~、ヘル。おはよ」
小さな欠伸でさへ愛おしく感じるようなこのお方は小麦色のふわりとした髪を揺らして身体を起こした。
「湯を沸かしております。歩くのが難しいようでしたら、このままお体をお拭きいたしますが」
ぱちぱちと瞬きをした金色の瞳は目の前にいるヘルティマを捉えると、んーんーと唸った。
「少し腰が痛いけど、大丈夫。歩けそう。」
ヘルティマは良かった、と微笑むと丁寧にフェルデルに薄い布のような服を着させ身体を支えた。
痛てててて、と辛そうに腰を摩るフェンデルに声を掛けながら浴室へ引きずる足をゆっくりと進めた。
「私の足がちゃんと機能していたらフェンデル様を抱き抱えることができたというのに」
「ヘル、気にしないで。こうやって肩を支えてくれるだけで十分だよ。それに、足が丈夫だったとしてもヘルは小さいから僕を抱えることはできないよ」
ふふふ、と少年のように笑うフェンデルに「余計なことを言わないでください」とヘルティマは口を尖らせた。
帝国フォンシュタール。中心に聳え立つクォルツ城はその真っ白な見た目より別名スノーホワイトと呼ばれている。
その城下では、活気のある街で朗らかに過ごす民衆が豊かな暮らしを送っていた。
十年前までは考えられぬ光景だ。
隣国フルガとの間で起こった大きな戦争は両国の民を混乱と絶望の渦に陥れた。多くの血が流れ、まだ未来ある若い青年らが次々と戦死した。
帝国フォンシュタールの前王であるオルガルト・フォンシュタールは頭を悩ませ、しかし爆撃砲が投げ込まれる寸前でフルガとの間に停戦協定を結んだのだ。
その戦争は民の意見を無視したフルガ王家の暴走であった。結果、激怒したフルガの民は反乱を起こし、自らの手で戦争の指揮官の首を取ったのだった。
そして民衆のリーダーとなった男が、現フルガの王となり、今ではよき同盟国となっていた。
ヘルティマはフルガ国王家の元使用人であった。全てが終わった後共犯という容疑で、処刑にはならなかったが奴隷の烙印を押された。
フォンシュタールに連行されたヘルティマは競売にかけられた。しかし戦争の最中、上から降ってきた瓦礫で右脚が潰れ、うまく歩くことができなかったヘルティマ。
力も弱く美しいわけでもない彼を買うものはなかなか現れなかった。
処分されるのだとそう諦めていた時ウォルハイド・グランツという男がヘルティマを買ったのだった。
ここはグランツ侯爵邸、当主ウォルハイドは十年前の戦争で隊を率いていた団長の一人である。
そしてヘルティマはそこの使用人奴隷として働いていた。
「朝食をお持ちいたしました。お身体は大丈夫ですか?」
美しい模様をした陶器の食器をテーブルに並べながらヘルティマは心配そうにフェンデルの顔を見つめた。
「ふふふっ、いつものことなのにヘルはほんと心配性だな」
もう慣れたから気にしないでと言うヘルティマよりも少し身長の高い美しい青年フェンデル。歳は十八とヘルティマの七歳も歳下でなんでもフォンシュタールでは有名な踊り子であった。
その美貌は老若男女をも虜にする。小麦が風に吹かれるような肩につくぐらいの柔らかい髪と黄金色の瞳は見つめられただけで果ててしまうなどと言われ、貴族らはこぞって邸宅に招待したと言う。
ヘルティマはそんな彼の世話係であった。
主人ウォルハイドに仕えていたヘルティマはその日もいつも通り屋敷の仕事を終わらせてから主人の帰りを待っていた。
しかしそこには見慣れぬ人間がいた。馬車を走らせて帰宅したウォルハイドの傍らには見目麗しいフェンデルが澄ました顔をして立っていたのだ。
踊り子を一晩買ったというウォルハイドに驚きながら、夕食の席で見たフェンデルの舞に魅入ってしまった。
それはそれは美しい舞に使用人仲間であるヘルツはあれが有名な麗しの踊り子様かと頬を赤らめていた。
そんなに有名なのかと世間知らずなヘルティマの方に驚いていたヘルツはニヤリと口角を上げるとヘルティマに耳打ちしたのだ。
ご主人様は今夜あの踊り子と甘い夜を過ごすそうだ
なにをっ!
顔を赤らめたヘルティマを揶揄うように笑ったヘルツは小さなヘルティマの頭を撫でて気になるようなら聞き耳を立ててご覧と楽しそうに言った。
その夜、気になったヘルティマは葛藤に葛藤を重ねた末、ヘルツに言われた通り聞き耳を立ててしまったのだ。案の定ウォルハイドの寝室からは甘ったるい呻き声のようなものが聞こえてきたのだった。
それからと言うもの、一日問わず、何日もフェンデルはグランツ邸を訪れ、今ではフェンデル用の部屋も設けられる程になった。
そして、ウォルハイドはヘルティマにフェンデルの世話をするよう命じたのだった。
「これも美味しいよ。口開けて」
ヘルティマとフェンデルは中庭にあるテーブルにお菓子やお茶を並べティータイムを楽しんでいた。本来ならば奴隷であるヘルティマが主人の愛妾であるフェンデルと同じ席についてはならないのだが、フェンデルのお願いで一緒にテーブルを囲んでいた。
今では好物になってしまった甘いクッキーやブラウニーも初めて食べたのはフェンデルがここに来てからだ。
フルガ国にいた頃は贅沢は禁じられていたし、それからは奴隷に落ちたため甘いものどころか主人のいなかった頃は家畜と同じものを食べていた。
グランツ邸に来てからは十分過ぎる食事を一日三食も食べさせてもらえて自分なんかがこんな待遇を受けて良いのかと戸惑った時期もあった。
しかし、フェンデルが手づからクッキーを食べさせてくるのだけは恥ずかしいからやめてほしかった。
しばらくして次の仕事があるとフェンデルは出て行った。すると、そのタイミングでヘルツがヘルティマの肩に手を置いてなにやらお願いがあると言ったら表情で苦笑いをこぼした。
「おはようございます。フェンデル様。」
んんっ、と白く輝くような傷一つない肌は白いシーツの海に包まれながらか弱い声を出した。
カーテンをピシャリと開ければもうすっかり太陽も顔を出している。
「……ふぁ~、ヘル。おはよ」
小さな欠伸でさへ愛おしく感じるようなこのお方は小麦色のふわりとした髪を揺らして身体を起こした。
「湯を沸かしております。歩くのが難しいようでしたら、このままお体をお拭きいたしますが」
ぱちぱちと瞬きをした金色の瞳は目の前にいるヘルティマを捉えると、んーんーと唸った。
「少し腰が痛いけど、大丈夫。歩けそう。」
ヘルティマは良かった、と微笑むと丁寧にフェルデルに薄い布のような服を着させ身体を支えた。
痛てててて、と辛そうに腰を摩るフェンデルに声を掛けながら浴室へ引きずる足をゆっくりと進めた。
「私の足がちゃんと機能していたらフェンデル様を抱き抱えることができたというのに」
「ヘル、気にしないで。こうやって肩を支えてくれるだけで十分だよ。それに、足が丈夫だったとしてもヘルは小さいから僕を抱えることはできないよ」
ふふふ、と少年のように笑うフェンデルに「余計なことを言わないでください」とヘルティマは口を尖らせた。
帝国フォンシュタール。中心に聳え立つクォルツ城はその真っ白な見た目より別名スノーホワイトと呼ばれている。
その城下では、活気のある街で朗らかに過ごす民衆が豊かな暮らしを送っていた。
十年前までは考えられぬ光景だ。
隣国フルガとの間で起こった大きな戦争は両国の民を混乱と絶望の渦に陥れた。多くの血が流れ、まだ未来ある若い青年らが次々と戦死した。
帝国フォンシュタールの前王であるオルガルト・フォンシュタールは頭を悩ませ、しかし爆撃砲が投げ込まれる寸前でフルガとの間に停戦協定を結んだのだ。
その戦争は民の意見を無視したフルガ王家の暴走であった。結果、激怒したフルガの民は反乱を起こし、自らの手で戦争の指揮官の首を取ったのだった。
そして民衆のリーダーとなった男が、現フルガの王となり、今ではよき同盟国となっていた。
ヘルティマはフルガ国王家の元使用人であった。全てが終わった後共犯という容疑で、処刑にはならなかったが奴隷の烙印を押された。
フォンシュタールに連行されたヘルティマは競売にかけられた。しかし戦争の最中、上から降ってきた瓦礫で右脚が潰れ、うまく歩くことができなかったヘルティマ。
力も弱く美しいわけでもない彼を買うものはなかなか現れなかった。
処分されるのだとそう諦めていた時ウォルハイド・グランツという男がヘルティマを買ったのだった。
ここはグランツ侯爵邸、当主ウォルハイドは十年前の戦争で隊を率いていた団長の一人である。
そしてヘルティマはそこの使用人奴隷として働いていた。
「朝食をお持ちいたしました。お身体は大丈夫ですか?」
美しい模様をした陶器の食器をテーブルに並べながらヘルティマは心配そうにフェンデルの顔を見つめた。
「ふふふっ、いつものことなのにヘルはほんと心配性だな」
もう慣れたから気にしないでと言うヘルティマよりも少し身長の高い美しい青年フェンデル。歳は十八とヘルティマの七歳も歳下でなんでもフォンシュタールでは有名な踊り子であった。
その美貌は老若男女をも虜にする。小麦が風に吹かれるような肩につくぐらいの柔らかい髪と黄金色の瞳は見つめられただけで果ててしまうなどと言われ、貴族らはこぞって邸宅に招待したと言う。
ヘルティマはそんな彼の世話係であった。
主人ウォルハイドに仕えていたヘルティマはその日もいつも通り屋敷の仕事を終わらせてから主人の帰りを待っていた。
しかしそこには見慣れぬ人間がいた。馬車を走らせて帰宅したウォルハイドの傍らには見目麗しいフェンデルが澄ました顔をして立っていたのだ。
踊り子を一晩買ったというウォルハイドに驚きながら、夕食の席で見たフェンデルの舞に魅入ってしまった。
それはそれは美しい舞に使用人仲間であるヘルツはあれが有名な麗しの踊り子様かと頬を赤らめていた。
そんなに有名なのかと世間知らずなヘルティマの方に驚いていたヘルツはニヤリと口角を上げるとヘルティマに耳打ちしたのだ。
ご主人様は今夜あの踊り子と甘い夜を過ごすそうだ
なにをっ!
顔を赤らめたヘルティマを揶揄うように笑ったヘルツは小さなヘルティマの頭を撫でて気になるようなら聞き耳を立ててご覧と楽しそうに言った。
その夜、気になったヘルティマは葛藤に葛藤を重ねた末、ヘルツに言われた通り聞き耳を立ててしまったのだ。案の定ウォルハイドの寝室からは甘ったるい呻き声のようなものが聞こえてきたのだった。
それからと言うもの、一日問わず、何日もフェンデルはグランツ邸を訪れ、今ではフェンデル用の部屋も設けられる程になった。
そして、ウォルハイドはヘルティマにフェンデルの世話をするよう命じたのだった。
「これも美味しいよ。口開けて」
ヘルティマとフェンデルは中庭にあるテーブルにお菓子やお茶を並べティータイムを楽しんでいた。本来ならば奴隷であるヘルティマが主人の愛妾であるフェンデルと同じ席についてはならないのだが、フェンデルのお願いで一緒にテーブルを囲んでいた。
今では好物になってしまった甘いクッキーやブラウニーも初めて食べたのはフェンデルがここに来てからだ。
フルガ国にいた頃は贅沢は禁じられていたし、それからは奴隷に落ちたため甘いものどころか主人のいなかった頃は家畜と同じものを食べていた。
グランツ邸に来てからは十分過ぎる食事を一日三食も食べさせてもらえて自分なんかがこんな待遇を受けて良いのかと戸惑った時期もあった。
しかし、フェンデルが手づからクッキーを食べさせてくるのだけは恥ずかしいからやめてほしかった。
しばらくして次の仕事があるとフェンデルは出て行った。すると、そのタイミングでヘルツがヘルティマの肩に手を置いてなにやらお願いがあると言ったら表情で苦笑いをこぼした。
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