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第八部 大嫌い
第九話 彼が拒んだのはたったひとりを選んだから
しおりを挟む「蒼、蒼様!」
白から、黒髪へと変わったのに、威圧感だけは変わらない蒼刻一は、空中に現れると、不機嫌面をした。
「――んだよ、今、僕ァ忙しいっての! ホーリーゴーストが消えたんだ!」
「へ、柘榴陛下がか!? 何でだ、何でなんだ!?」
「多分、今、心が不安定だ――それで、心の揺れるままに動いていンだろーなァ。多分、理性を失ってる。いつも、常人以上にある理性がぽーんと抜けちまってる。今、あいつァ破壊神だ。理性の裏で抑えてる恨みを何処に発散してもおかしかねぇ。まだ何も被害が起きてないのが救いだがな」
「……柘榴陛下は何もしないだ! あの方は立派なお人だがや! ……それより、頼みがある。おらと、鴉座を今、この場で居場所を交換してくんろ」
蒼刻一は地面に降り立ち、目を細めて値踏みするように獅子座をつま先から髪のてっぺんまで眺めた。
睨み付けるように、獅子座を見やると、顎を手をそえて、片手で肘を押さえた。
「それがテメェのけじめのつけ方か。それで満足すンのな? 叶えなくて、いいんだな?」
「――最初から、叶える、叶えないかの問題じゃなかったんだ……思い出せるか、思い出せないか、だったんだ。あの愛しさを。あの恋を」
獅子座は己より背丈の低い蒼刻一を見て、陽炎を思いだし、悲痛に笑う。必死に笑いかける。だが笑みは崩れ、片手で顔を隠した。
悔しい。昔、戦いで蟹座と争った時、敵将を討ち取れなかった時よりも悔しい。幾つもの記憶をもってないことよりも悔しい。
本当ならば、叶って欲しい恋心。でも、彼はきっぱり拒否した。八方美人の彼ならば拒否しないはずなのに、己を思いやって、きっぱり拒否した。
それは全て、あの憎い星座のため。許せない星座のため。
己が作られるきっかけとはいえ、いつまでたっても、あの星座は憎い。一番主人を謀った星座のはずなのに、いつのまにか最愛のポジションを獲得している。なんて、狡いんだろう。もしも、己が狡く生きたら、好きになってくれただろうか、なんて思いもするが、それは無理だと思った。
彼は、あの星座じゃないと駄目だと言ったから――。
蒼刻一は、苦笑して、獅子座の頭をがしゃがしゃとかき混ぜるように撫でた。
ぶっきらぼうだが、その優しい仕草は、どこかおかしなもので、獅子座が噴き出すと、蒼刻一は不機嫌そうな表情を浮かべた。
「あのな、こっちが珍しく気遣ってるのに――」
「いや、だって、まるで善良な人みたいで、おかしいべ」
「――……善良、か。僕ァ、永遠にそれにゃなれねーが、テメェら星座の味方で、最後までありたいと願う。……まぁ、糸遊のことはここらへんで置いて、……一緒にいろとは言わねぇが、テメェ、もう少し糸遊のとこにいてくれねぇか?」
「へ?」
蒼刻一から出された提案は意外で、獅子座はきょとんとし、顔を見つめ返す。
黒髪をかきあげて、蒼刻一は溜息をついた。
「柘榴の気配がすンだ。この国は、署名を破った国の一つで、柘榴の先祖を処刑した国だ――何があってもおかしかねぇ。糸遊を見張っててくれ。国にしろ、誰か思い入れのある奴にしろ、目標はここに定まってる」
黒髪の隙間から、鋭くなった蒼刻一の瞳が覗けた。ぞっとする程に、真剣で、獅子座は迷ったが、つい頷いた。
頷くと、蒼刻一は陽炎の元に注意しに行こうとした。
だが、――ふと出会う。
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