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第八部 大嫌い
第十話 どうして君は目を合わせるの
しおりを挟む「――雹」
「おや、――黒い髪の死に神なんて、覚えがないんですが」
物理世界最強と、妖術世界最強が出会った。
この様子では知り合いのようだが、大して仲が良いわけでもないようだった。
「人里恋しくて、空から降りてきましたか。よしよし、可哀想に。俺の家に泊めてあげましょうか」
「次の日に金、請求すンだろ。いらねぇよ。それより、テメェ、ここにガンジラニーニが来ている。理性を失ってるから、気をつけさせろ。刺激すれば、この国がなくなる程の力を与えた」
「――ふぅん。ということは、貴殿の弟子、ですか。珍しい」
「フン。んじゃ、任せたぜ? 獅子座。鴉座は明日、寄越すからな」
蒼刻一はそう言うと空気に溶けて消えた。雹はそんな様子を見てもさして驚いた様子もなく、獅子座に目をやった。
まじまじと見つめると、成る程、と頷いた。
「プラネタリウムの妖仔で、あの夜色は主人ですか。どん欲ですね、プラネタリウムがあるのに強さを求めるなんて」
「違うだ。もうあの人は主人じゃなく、自らプラネタリウムを手放しただ」
「――自ら?」
雹は少し目蓋を開き、驚いた。だがすぐに目を伏せて、ふぅんと頷き、向こうにいる陽炎を見やった。
ますます判らない。プラネタリウム、一つあれば覇王になれるのに、それを自ら手放す男などいるのだろうか。いたとしても、それならば臆病者か、平和主義で終わる。それなのに己の弟子にしてくれと頼んでくる。つまりは、戦いを望むと言うことだ。もしくは、これからくる何かに備えて、逃げないということなのだろう。
ならば、プラネタリウムを持っていた方が、戦えたのではないだろうか。
「――雹、聞いただ、女医さんから。ネクストのこと」
「……聞かせるために向かわせましたからね。これで、優しい貴殿たちならば、もう関わろうとしないでしょう? 傷口を抉りたい? 俺のいつまでも化膿し続けてる傷口を」
「……――抉ってでも弟子になりたい。あの方はそう考えると思うだ。優しそうに見えて、ただの八方美人なだけだからな」
獅子座は苦笑して言うと、陽炎を呼んだ。陽炎は声の方向に向かって歩いていくと、そこに雹がいたことに驚き、目を鋭くした。
身構えて、睨み付けるわけでもなく、ただ瞳の輝きを鋭くさせただけだ。
「ようは死ななければいいんだろ? あんたの手で」
「――無理だよ。貴殿は、不幸の相がモロ見えだもの」
「本人が不幸だって思わなかったらいいだろ!? 事件が起きて成長することだってあるんだ!」
陽炎の主張に、雹はくすくすっと笑い、陽炎を撫でた。
「――ネクストに似ている眼差しだ。余計にトラウマなんだ。優しい貴殿ならば、判ってくれるだろう?」
「判ってたまるか。俺は往生際が悪いんだ。この人間不信の俺がここまで頼んでるんだ、弟子にしてくれ」
「偉そうですね。――……参ったな」
「あ、あと、鴉座って奴も弟子にしてやってほしいだ」
「獅子座!?」
獅子座の発言に陽炎は驚き獅子座を振り返る。獅子座はけらけらっと笑って、片手で謝った。
でも、心から願う。鴉座が強くなることを。強き者が、陽炎の側にいてくれることを。
その願いをくみ取ったのか、それともただ単に興味を持ったのか、雹はそちらには興味をもった。
「その方は、優しい?」
「陽炎と女性以外には冷たいだ」
「ならば宜しい。女性を大事にするのは、とても大事なことです。第一に、金、第二に女性、第三に偽善する己、これを大事にするのが人生をうまく生きるコツです」
「ちょ、何で鴉座がよくて俺が駄目なんだよ! この態度が悪いなら、ちゃんとあんたを敬う!」
「――敬われても困るんですけれどね。そういうのは説法を聞いて、レコードを買って、サイン会に来て、ライブ会場で一体化してから、にしてくださらないと」
「……その性格は、素なのか?」
「ネクストが死んでから、こんな性格になりました。気に召さないならさっさと国へお帰り。他の奴に推薦状を書いてあげましょう。そうだ、レニン騎士団長なんて結構いいとこまでいってますよ?」
「いいとこじゃ意味がないんだ! 世界最強じゃなきゃ、皆の側にいることができないんだ! 俺が皆を守ることができない」
「貴殿は、人を守ることができるなんて、夢物語を描いてる?」
雹が静かに嘲った。挑発するような発言に、陽炎はわざと乗って、主張を続けた。
「人を物理的に守ることはできるし、それによって誰かが救われて結果的に守る事へと繋がることだってあるだろう?!」
「守った結果、裏切られた馬鹿がいたとしても?」
雹はそう言うとにこりと微笑み、己を指さした。己の、ネクストという芸名を示しているのだろう。優しかった故に、命を落とした若者。師匠に処刑された弟子。
陽炎は、その微笑みをかっ飛ばすように殴りつけた、拳で。
雹はぐらりと体が倒れかけるが、頬を抑えて、伏せた目をそのままに陽炎を見やった。
陽炎は、睨み付けてるのに、まるで己が雹の苦しみを受けているような表情をしていた。
「いい加減、馬鹿にするのも大概にしろ! 笑ってもいい、俺を強欲だと馬鹿にするのもいい。だけど、その目を開いて、きちんと俺を見て受け答えしろ! 人の目を怖がるんじゃねぇ! ネクストは、馬鹿なんかじゃない。己の意志に忠実に生きたんだ!」
……――陽炎の主張に、ネクストは、驚き、言葉を暫し飲み込んだ。
いつもならば、何か簡単に説法を与えて相手を黙らせるのなんて簡単なのに。馬鹿なことでももっともらしく言って真剣に取り込めば、相手は頷くのに。
何故か、それをしてはいけないと、雹は思った。
雹は、目を伏せたまま、地面を見つめた。
(どうして――判った? 人と目を合わさないようにしているって)
雹は混乱していた。誰にも悟られたことのない、誰にも指摘されたことのないことを言われている。
今まで、ただ眩しいのか、とか、目が悪いんだろうと思われて、何も言われなかったのに、陽炎はずかずかと領域に入り込んで、己の花畑を荒らす。
雹は、少し黙り込むと、陽炎を見やる。伏せ目のまま。
「貴殿は誰かを説教できるほど、偉いんですか」
「……偉くない」
「ならば、黙りなさい。ネクストの何が、貴殿に判るんですか。会ったこともない、話したこともない。その貴殿が彼をどう語って、俺に説得する?」
「見てて辛いから。やり場のない怒りを抱えてる人が、前に身内にいたんだ」
――ふと陽炎が思い出したのは、黒雪だった、白雪。
城で占い、城で政治をする彼を、皇太子皇太子と崇める一方で、陰口と恐れに満ちた者達。彼らに白雪は怒っては居なかった。だがやり場のない怒りを抱えているように見えた。
怒りを悲しみに変えて、爆発しないように、好んで一人でいるように思う、今となると。
だから、雹の目を見ると、あの頃の白雪を思い出すのだ。
雹は怒り、と言われて、きょとんとした。怒っている自覚は、彼には何もない。何もなかったのだが、言い表しようのないこの感情は言われてみると、怒りという言葉がしっくりときてそれが悔しかった。
「――やり場のない怒り? どうして、そう思うの?」
「優しさを信じたネクストに怒ることもできないし、騎士であるあんたには国を大事にする敵の気持ちも分かるから怒ることができない。ましてや、優しさを教えた神父にはそれが仕事だから怒ることができない。誰を悪者にしていいか、判らなくて、苦しんでるような目をしている。兄さんの目を、また見ているみたいだ」
「――……くだらない、と一蹴するには正論すぎて何も言えない。正論ってね、物凄くうざったがられるんですよ。知ってて言ってる? 負けました」
雹は、苦笑して、拳を陽炎の横っ面にあてようとしたが、陽炎は避けた。追撃の蹴りにもちゃんと避けたので、雹は頷いた。
「知ってて言ってるなら、優しくはない。確かに八方美人なだけだ。弟子にしてさしあげよう。……――だけど、これだけは覚えておいてください。……優しくあろうと、しないと」
陽炎は、にっと笑みを浮かべ、獅子座とハイタッチをしてから、雹に返事をした。
「そんなの、相手次第だ」
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