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第八部 大嫌い
第八話 あの頃のあなたを愛している
しおりを挟むそういって笑うあの人は、心から愛しくて。
この笑顔を忘れない。そう思ったのに、今までもやがかっていて、輪郭を、姿を忘れていた。だけど、この瞬間――今は。
口元を抑えて、思い返せば――今までの記憶が、緩やかな川の流れのように、頭に入ってくる。彼と過ごした最愛の時間、彼を助けた悲しき邂逅。初めて出会ったときは、何て綺麗な夜色だろうと思った。孤独に耐えられない、寂しがりの人――。
獅子座は、陽炎を見やり、今、目の前の人物を見て、それが前の主人であることと一致することに驚き、つい駆け寄って、ぎゅうと力のままに抱きしめた。
「いてぇえええ!!!」
獅子座の力は強いのだ。だから力を緩めなければ、また入院する羽目になるというのに、獅子座は嬉しくて、歓喜に涙しながら、陽炎を抱きしめた。
「会えた――……会えた。漸く、アンタに会えたッ!」
「い、痛いッ、痛いからっ! ギブ、ギブ!」
「陽炎――皇子ぃ、皇子、おら……おら、昔、柘榴陛下に預けられたときから、会いたくて……ッ!!」
「ちょ、痛い……まじ、痛いッ!!」
「え、ああ、す、すまねぇ」
獅子座は少し緩めはするが、公道でまだ抱きしめている。
人目をはばかることもなく、陽炎の自分より背丈の低い体をすっぽりと両腕に収めて、安堵している。
陽炎は、溜息をつくも、思い出したことに、驚いていた。
「――途中から記憶が戻ることってあるんだな」
「陽炎皇子……おらも、魂消た。普通、思い出すことなんてないんだ。皇子はやっぱり偉大だ……ッ!」
「――お前の強い思いが、動いたんだろう。その思いに答えることは、できないけどな」
そう――思い出しても、もう彼は、あの憎らしい星座のもの。
ノンケだからと断る皆の彼ではなく、闇鳥の彼なのだ。
獅子座は悔しさに奥歯を噛みしめ、肩口に顔を埋める。
「獅子座。俺は、鴉座が――」
「言わないで。言わないでくんろ、皇子。まだ、皆の皇子でいてくれ。おらは、まだあの頃の気分に浸りたい。アンタが好きで好きでたまんなかった、あの時代が恋しい」
「……獅子座、悪いな、無理だ」
陽炎はそう言うと体を離そうとしたので、獅子座は離さないように抱き寄せた。
鴉座に心寄せてる陽炎でさえも、どきりとする色気の含まれた声で、名を呼ばれる。
「陽炎皇子――どうして、人は変わっていくんだ? アンタが誰の物でもなかったら、せめてこの気持ちは許されたのに。いやだ、諦めない! ずっと、ずっと諦めないだ!」
「お前の思いの強さは、今知ったよ。でも、ごめんな。俺、お前のこと嫌いじゃないけど、駄目なんだ。鴉座じゃないと、駄目なんだ」
「……――皇子、おら、あいつが相手じゃ不安だ。あいつは弱い。なら、皇子か、あいつがおらの強さを越えるまで認めねぇだ」
「獅子座?!」
獅子座は陽炎の首筋をがりっと噛むと、体を離した。
唇には陽炎の血が、ついていて。獣特有のじゃれ合いの結果なのだな、と陽炎は苦笑して、痛む首筋を抑えた。
「判った、俺は、お前より強くなる」
「……言葉だけじゃないところ、見せて貰うべ」
「ん。なら、益々弟子入りしなきゃ、な。何が起きても、手を出してくるなよ」
「判った」
――もし、本当にこの人が強くなるならば。あの星座が強くなるならば。それなら、認めることが、すっぱり諦めることができる気がした。
だから獅子座は、ちょっとトイレとどこかへ行き、建物の影に隠れたかと思えば、蒼刻一を呼ぶ。
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