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第七部 鬼夢花
第三十二話 メロメロの殿
しおりを挟む「何を、言ったの?」
「――辛いことを言ったんだよ」
「……辛い、こと? アクマ、を、傷つけ、たの?」
「違うよ――いつかは向き合わなければならない問題に、直面させただけだよ」
まぁこれは詭弁かもしれないけれどね、と付け足して困ったように見つめてくる幽霊座の頭を撫でて、苦笑を浮かべた。
「オレのことは嫌いかな?」
「――スノーホワイトは、……怖いけど、嫌いじゃない、よ」
「じゃあ翡翠のことは嫌いかい?」
「ひすい?」
「さっきの人だよ、君が目覚めて一番に話した人」
「――ああ、あの人。……あの人は、わるいひと、じゃない。けど、悲しい人。悲しみに共鳴して、ぼくぅが多分、起きた……死に携わる人、だから、多分。死の悲しみ、で、起きた…………この国で、沢山、沢山、誰かが死ぬ。それを言ったら、そういう物を作って、るって、言った」
何も知らないからか打ち明けてくれた言葉は、悲しいものだった。目覚めた理由も、それを少し寂しげに言う翡翠も心寂しいものだった。
幽霊座は表情を少し悲しげに歪ませたので、白雪は、少し考えてから苦笑を浮かべた。
「――ねぇ、幽霊の妖仔。君はそれを嫌がってるんだね。じゃあ取引をしないかな。オレはその沢山誰かを殺す装置を、探る。その間に君は翡翠に勘づかれないよう、気を引く。ああ、それから蓮見の面倒も頼む。どうかな」
「……ぼくぅに、止められる、の? とめ、られる?」
「君が微笑み一つ向ければ、彼は夢中になるよ――君がうまくやれば、もしかしたら操れるかもしれない」
操る、その言葉に、幽霊座はびくっとし、口元を袖で隠し、視線を白雪から外す。
その反応に白雪は、多分この子は利用するとかそういうのに慣れていないのだろうな、と感じて、頭を撫でてやる。
「何かあったら、オレが仕組んだ、そう言いなさい。こうしよう、手を組むんじゃなく、オレに脅された――それで、オーケイ?」
白雪の提案に、幽霊座は目を伏せて、苦笑を浮かべた。少し恥じ入ってるような、悔しがってるような、じれったい笑み。
「ぼくぅ……卑怯、だね。……――尊者の、所為にすれば、良いと、思ってる」
「それは自然なことだからね、気にしなくて良いし、オレもこういう動き方の方が性に合うようだ――だから大丈夫だよ。卑怯だって何だっていいじゃない、それで救われる人が出てくるなら」
幽霊座の言葉に、白雪は別に同情することもなく、己の身の在り方を教えた。
白雪は誰かが己の所為で救われるなら、という偽善的な思いではなく、誰かが己の名を使って動いてくれるならという極めて、明確的な理由を持っていた。だから、幽霊座にはただ動いてくれるよう、己という悪を差し出した。
悪を差し出せば、被害者、もしくは人質は動くから。そして救われるという単語を使えば、必ず動くのは判る。あんな自己犠牲の出来る純粋な子供なんだから。
「……――うん、わか、た。ぼくぅ、頑張る」
こく、り。幽霊座が頷くと、白雪はにこ、と微笑み、幽霊座を丁寧に翡翠の元にまで案内する。
翡翠は、医者が三人付き添いで居て、そこには蓮見や大犬座が居る。
幽霊座の独特の背筋が寒くなる気配を感じると、翡翠はがばっと上体を起きあがらせて、幽霊座を見るなり、鼻血を出した、というより、鼻から血が爆発した。
白雪はそれを見て、にこにことしている――思い描いた理想が都合良く行くのはとても楽しいこと。
久しぶりの感覚に、白雪は一瞬我を忘れるも、すぐに取り戻し、「陛下、それでは私はこれで」と退室する。
幽霊座は何処に座れば良いのか、躊躇いつつも、翡翠が己の膝を示すので、医者に視線を。
医者は少し首をふりかけたが、翡翠の凶悪な脅しのオーラに負けて、こくりと頷き、翡翠の鼻血を拭う。
幽霊座は翡翠の膝に座り、大きなその身を少し縮める。
「重く、ない、ですかぁあ? ぼくぅ、背丈、大きいでしょ」
「大丈夫だ。そちが居ない方が、心が重い。嗚呼、何と愛い奴だ……蓮見に、犬、それに可憐……嗚呼、至福だ。何という幸せだ……此処が天か」
うふ、うふふふふ、と翡翠は遠い目で笑っている、これがあの翡翠か、と大犬座は戦慄く。
大犬座が戦慄いているところに、こそっと医者の一人が耳打ちをする。
「普段は冷徹で有名な我が王ですが、本来の持ち味はあの子供好きです」
「持ち味!?」
「我が王は、子供に行為を強いることは決して、ない。そこが唯一ほっと出来ることですが、あの見かけでは可憐さんは無理そうですね……外見、大人なので」
「幽霊ちゃんのピンチだわっ! っていうか、何でそんなのが王様なのよ、捕まるわ、普通なら!」
「それだけ優秀で強い王で、しかも長寿だからです……。しかも、子供好きといっても、好みの子供相手にはじっと食い入るように見つめることしかしないんです。セクハラは、年齢が二十代になる前のときですね。嗚呼、世継ぎが居ないのに、更に居なくなる……」
この国の人も大変なんだなぁ、と大犬座は鳥肌立ちながらも思って、幽霊座にラブラブな翡翠を見やる。
この人物は、果たして本当に、前半シリアスで、無言のオーラが怖かったあの王様と同一人物だろうかと。
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