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第七部 鬼夢花
第三十一話 兄としてできること
しおりを挟む「ところで、いい、の?」
「え?」
「呼んで、るよ。スノーホワイト」
まさか、と思うと、すぐ下の窓から二人を見上げて、手を口に添えて、大声で二人の名を呼ぶ。
「降りてきなさい、闇の仔達――今すぐ降りてきなさい」
「何だぁね!? 一体、あんたがゴーストに何の用だね!?」
悪魔座が不機嫌そうにそう大声で怒鳴ると、白雪はくつ、と笑い、目だけは笑ってない笑みを浮かべた。
「悪魔の妖仔、君に話がある。降りてきなさい――決して、悪い話じゃない」
「――その顔は悪いこと企んでいる顔だね!」
「君のその勘づいてくれるところは嬉しいけれど、今はちょっと邪魔だね。その勘の良さで、オレの言いたいこと理解してくれないかな?」
――うっすらと勘の良い己で、予感できること。
(まさか! いつもの如く、売った?! もう、あれ、個性の一つになってるのかね?!)
今、悪魔座と白雪の間に電撃が走った。背中にきっと龍と虎がいるだろう。
そんな心象風景はさておき、現実では寒い風が吹いているので、幽霊座は身を縮めて、二人をおろおろと見やる。
突如黙り込んで、ぷるぷると震えていた悪魔座が振り返り、此処に居て、と頼まれたのでこくりと頷き屋根で待機すると、悪魔座は白雪の元に降りて、そこから廊下をどすどすと走る足音と、「裏切り者おおおおおおお!!!!!」「仕方ないんだよ、はははは」という楽しそうな声が聞こえる。
追いかけっこしていた悪魔座と白雪。白雪は悪魔座に捕まり、白雪ははははははと笑って見せた。
その笑い声、一つ一つが爽やかな好青年風に聞こえて、むかつく。
だが突如、白雪が悪魔座の頭を撫でて、にこりと微笑んだ、どこか物憂げに。
「兄として、接したいんだろう?」
「……――何故、それを」
己の、切なる願い。何故知っているのだろう。悪魔座には、盗み聞きされたという発想は浮かばなかった。
「兄になれる機会は、今だよ――今、兄としてやれることは何かな」
悪魔座はゆっくりと白雪を離し、顔を俯かせる。目を伏せて、苦悶を味わう――そう、幽霊座相手なのだから、抱いてはいけない思いなのだ。彼には、忘れたままでいてほしい。己が実の兄だなんて。
決して抱いてはいけない思い……決して、あの純粋な弟にばれてはいけない思い。ばれてはいけない思いが、恋心ではなく、兄弟愛だなんて、拷問だ。
苦悶を味わう悪魔座をゆっくりと抱きしめて、頭を撫でてあやしてやる白雪。そんな表情にさせることにしたのは、己だというのに。
(気持ちが吹っ切れないのなら、諦めた方が良い――そんな思いは、重いだけだよ、自分に。だから、これは君にとっての試練なんだ。吹っ切ることが出来たのなら、君は自分を苦しめずに済む……さぁ、どうするんだ? 時間がかかってもいい、答えを見つけておいで……)
――白雪は、悪魔座に自分の気持ちにけりをつけるチャンスを与えていた。
こうやって追いつめられれば、答えを出すしかなくて。
「――正室とはいかないけれど、この国で史上初の男の側室に迎えたいらしいよ」
「ゴーストを?! ふ、ふざけるんじゃないね! あいつはまだ起きたばかりで……世間のことを何も知らなくて……ッ」
「ふふ、焦っているね? そんな理由じゃオレは止めないよ、翡翠の側室入りを勧めるよ。君が君の気持ちに向き合うときまで、オレは翡翠の味方だ――邪魔してはならない、君もね。だってどうして邪魔する必要があるんだ? ただの弟の恋路ならば」
「……ッく! ――何だかね、好んでそういう役目ばかりやってる気がするね、ぼくちゃんは」
「――気のせいだよ。じゃあ、幽霊の妖仔は借りていくよ。幽霊の妖仔、降りてきなさいー、悪魔の妖仔から許可は得たよー」
白雪は最後に一回悪魔座の頭を撫でると、幽霊座に呼びかける。
幽霊座はふわりと降りてきて、宙に浮かび、白雪の前で小首を傾げ、悪魔座をちらりと見やる。
悪魔座は顔を俯かせ、だっと駆け出し、何処かへ行ってしまった。
それを追いかけようとしたのだが、白雪に止められて、幽霊座は戸惑う。
あんなに辛そうな悪魔座を見るなんて、滅多にないから――。
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