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第七部 鬼夢花
第三十話 話したいことが山ほどあるんだ
しおりを挟む幽霊座の常に白目を剥く癖は抜けていて、黒目をぱちぱちと見開き、悪魔座にお姫様抱っこされたまま城の内部をきょろきょろと見つめる。
今、一体何時の時代なのだろうか、鴉座は何処に居るのだろうか、陽炎は生きているだろうか、そんなことを考えていると、いつの間にか悪魔座が外に出て、屋根を上り、一番上の瓦屋根まで移動して、ぜいぜいと息をついて、座り込んだ。
「アクマ、此処、どこ……?」
「ちょっと! 会っていきなり言う言葉が、それかね!? こっちは言いたいことが沢山、沢山あって……!!! っきしょ、何で、本当に起きると言いたかった言葉、全部消えるんだ……!」
怒ることも出来るのに。
それでも今浮かぶ言葉は、ただ「おはよう」だった。
目覚めたとき一番に言いたい言葉は用意していたのに、候補が全部頭からすっ飛んで、おはよう、と呟くことしか出来なかった。
幽霊座はそう言われると、きょとんとしてから、にこぉと微笑み、「おはよう」と返事を返してくれた。
「アク、マ――……ごめんね」
「もう、いいんだね。もう、もう……もう! もう、何処にも行かないと約束してくれたら、それだけでいいんだね!」
「うん、ぼくぅ何処に、も、行かない。カラス様のお側で、アク、マと、遊ぶんだぁあ……」
「……うん、うんっ。山ほど、遊ぶんだねっ!」
悪魔座は未だに、少し泣きそうなほど感極まっていた。
何せ、あの幽霊座が目を覚まし、己の前に居てくれる。
幽霊座を隣に座らせて、悪魔座は今まであったこと、鴉座のこと、それから柘榴のことを教える。
勿論、亜弓と呉についても。
亜弓が出してくれる手紙の宛名に悪魔座の名があるから、と柘榴は手紙を見せてくれる。
その中に書かれている手紙の内容は、真面目なことから笑えることまでバラエティに富んでいて、最後はいつも「呉はしょうがない奴だよ」で締めくくられる。
何だか毎回その締めくくりを見ていると、どれだけ愛情がそれに籠もっているかが伝わってくるので不思議だ。
悪魔座は笑いながらそう言うと、幽霊座はにこにこと黙って聞いていた。
「――仮ご主人と聖霊は結ばれたね。ぼくちゃんのお陰だね」
「――……ちがう、よぉ。あの人達は、きっとどんな結果でも、結ばれ、て、いた……そう思いたい」
「うん。でもさ、君が一番大きい。何せ、ご主人の呪いを亜弓から消したんだから」
「……――消して、良かった?」
「え?」
幽霊座は表情を曇らせて、悪魔座の服をぎゅっと掴み、泣きそうな声で問いかけてくる。
「あの、呪いが、あって、守れる、こと、ある、んじゃない? あの呪いの力が、あるか、ら、助かることとか……」
「ばぁか、考えすぎだね。何のための仮ご主人だね。そんときゃ、呉様が何とかするね。そうだ、いつかぼくちゃんが目覚めたら、遊びに来いって言ってたね!」
「……行って、いいの? い、行きたいぃ……! 亜弓様、呉様、元気、なんだね……幸せ、なんだ、ね……」
泣きそうな顔はどこへいったやら、幽霊座はほっと安堵の息をつけば、嬉しげに微笑んだ。
そんな顔を見ていると、今まで兄として接していた、面倒を見ていた気持ちが何処かへいきそうで、悪魔座は、狼狽えた。
久しぶりに己の気持ちとの対面に怯み、つい幽霊座から視線をそらした。
幽霊座は小首傾げて、アクマ? と呼びかける。
――嗚呼、声を聞くことが、こんなにも嬉しいことだなんて。
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