【BL】星座に愛された秘蔵の捨てられた王子様は、求愛されやすいらしい

かぎのえみずる

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第六部~梅花悲嘆~

番外編4 鷲座と蟹座

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 最悪だ。

 ばったり本屋で遭遇した蟹座、鷲座は互いに、頭を抱えた。

 鷲座の持つ本は、女性が好んで読むような純愛浪漫の王道恋愛小説。
 蟹座の持つ本は、女性が好んで読むようなお菓子作りの本と、それを隠すように置かれたグロテスクな画集。
 ……何で、よりによって、一番最悪な奴に、と互いに思った。
 互いに一瞬で、逃げ口を捜した。これが普段の自分とギャップのない本だったならば弱みを握ったと、ちくちく虐められるのだが、今、このままでは互いに殺し合ってしまう。心を。
 だから、すぐに逃げ口を捜し、先に口を開いたのは鷲座だった。

「鳳凰座どのに頼まれたんですか、お菓子作りの本?」
「あ、ああ。本屋に行くと言ったら、あの目で頼まれて……――そっちは」

 蟹座は、本をちらりと見つめ、それを連想させる人物を思い描く。
 いない。
 明らかにいない。
 恋愛小説を読みそうな女性なんて、あの連中にはいない。
 大犬座なんか、官能小説を読んでいるのだ。いないのならば、でっちあげるまでだ、と蟹座は、鷲座と仲の良い女性星座を思い出した。

「そっちは、あの傲慢女に頼まれたか?」
「――魚座どのは、傲慢じゃありませんよ。まぁ、ええ。でも、彼女に、頼まれました」

 互いに逃げ口を見つけると、会計を済ませて、暫く無言だった。

「……頼まれたんだよな?」
「頼まれたんですよね?」

 互いに、弱みではなく、これは隠すための協定であるということを確認すると、ほっと息をついた。

「何だか、疲れた。鷲、何か飲むか?」
「――君が茶に誘うなんて、珍しい。いいでしょう、付き合いますよ」

 蟹座は何となく、気疲れし、偶には接触の少ない星座とでも話してみるか、と気紛れを起こして、提案してみた。
 鷲座も、同じ思い人で同じくふられた相手だったので、少し以前から話したいと思っていたところがあったので、頷いてみた。
 
 滅多にない組み合わせで、喫茶店へと向かった。
 

 
「か、蟹座様ッ! ああ、漸く見つけられたわ! 何で来てくださらないの? 私、この三ヶ月、待ち続けて寂しかった……」
「ん?」

 ふと街を歩けば、以前偶々戯れに口説いた女と出会い、蟹座は名前が思い出せず、適当にあしらうことにした。
 その姿を見て、鷲座は本当に陽炎に一筋だったのだろうか、と疑ってしまった。

「何故オレから会いに行かねばならん? 天が巡り合わせる日を待てば、いいだろう? その方が、貴様には運命だとかくだらない勘違いができて、喜べるんじゃないか?」
「ああん、蟹座様ってば……ああ、でも本当に運命のようです、今日、こうしてお会いできたことは。今夜、ねぇ……ご一緒にディナーでも……」
「今日は連れがいる、無理だ。また気が向いたらな」

 蟹座はくつ、と相手をバカにするかのように笑ったのだが、女にはそれは誘ってるような目に見えて、うっとりとしてしまった。
 こんな姿を見ると、鷲座は、美形星座というのは何を言っても許されて得だな、と思った。

「連れって……あら、子供? 子守なんて、蟹座様ってば意外だわ。坊や、こんにちわ」
「子守?! 坊や?!」

 鷲座はショックを受けた。これでも、外見的年齢は蟹座とそう変わらない……つもりだった。
 ただ、そう。背。背丈だけは比例せず、陽炎より低くて、大犬座より高いというだけ。女性の中にも己に勝つ背丈がいる。それでもそれを面と向かって言われたことがなかったので、真っ直ぐに言われた言葉に、口をぱくぱくとさせた。
 蟹座はそれを聞いて爆笑した。
 彼の笑い声が苛つき、鷲座は、蟹座を睨み付けてから、女性に、むすっとしてこんにちわ、と挨拶をした。

「失礼、小生は、坊やではありません」
「――だって、幾つ? 十三歳かしら?」
「……――今日は厄日だ」
「っふ、ははははは! そいつは、オレと同い年くらいだ」
「あら、そうなの? ごめんなさいね?」

 ごめんなさい、と言ってるわりには心から謝ってる様子がない。蟹座が機嫌をよくしているからだろう。
 蟹座はげらげらと笑い続けて、女と一言二言話した後、別れ、再び鷲座と並ぶ。
 くつ、と笑いを残しているのが、鷲座には憎らしかった。

「坊や。坊やか、貴様は。っはは、これは愉快だ。陽炎にも後で教えてやろう」
「や、やめてくださいよ!? 陽炎どのが、物凄く哀れむじゃないですか!」
「あいつが哀れむような目をするのを見るのが、好きなんだ」

 ようは、陽炎の負の感情が好きなのだろう。鷲座は、溜息をついて、蟹座から顔を背けた。
 と、今度は鷲座の知り合いが声をかけてきた。

「こんにちわ、鷲座さん!」
「はい? ああ、植物園の……こんにちわ」
「この間は妖術で向日葵を元気にしてくださって、有難う御座いました! あれから、何とか頑張ってみたら、妖術の効果が切れても元気なままなんです!」
「それは良かった。お役に立てて光栄です」
「おや、そちらは? ――……何かペンキでも被ったんですか? 二色の髪の毛だなんて」
「ペンキ?」

 ペンキ、の言葉に蟹座は不機嫌になり、己の髪をいじり、口にした男を睨み付けた。
 睨み付けられた男はひぃっと小さく悲鳴をあげて、鷲座に「失礼します!」とそそくさと去っていった。
 鷲座は、にやにやとしていた。

「……君が先ほどのことを教えるなら、小生はこのことを教えよう。きっと陽炎どのは、笑ってくださるに違いない」
「やめろ! バカにした笑いを、あいつにされるのだけは耐えられん!!」
「バカにされればいい。あの人の大笑いする姿は、大好きです」

 ようは、陽炎の笑顔が見たいのだろう。蟹座は、ふんと鼻を鳴らし、喫茶店を見つけたのか指をさして二人で入った。
 メニューにある物を見て、蟹座はブランデー入りの紅茶、ブランデー多めを。鷲座はハーヴィーコーヒーを頼んだ。

「意外だな。味覚も坊やで、このパフェとか頼むと思った」
「――……頼みませんよ」

 本当はこの男といるのではなかったら、頼んでいたが、それは内緒にしておこう。
 蟹座は、ふぅと息をつくと、街通りを見やってそこから家の方向を見やった。

「――鷲、諦めるのに、努力が必要だっただろ」
「……やっぱりね。君と話すことは、それだと思いました。君こそ、目の前で奪われていく光景によく耐えて、暴走しませんでしたね?」
「……オレが暴走したら、黒雪から陽炎を守る奴がいなかったからな」
「正直に申し上げますと、小生は暴走しましたよ? あんな状況だというのに」

 くす、と鷲座は笑って、昔を懐かしむ。
 あの頃は陽炎と柘榴が引き裂かれ、黒雪をどう倒すかに四苦八苦していたな、と。
 蟹座は、やってきた紅茶に口をつけず、鷲座を見もせずに、問いかけた。

「オレは陽炎が死んでから、暴走するやもしれん。柘榴なんかの存在で、抑えられるものか」
「――ああ。……じゃあ鳳凰座どのと、過ごせばいい」
「……おっそろしいことを言うな。貴様は……陽炎が死ぬのが怖くないのか? オレは、あの女とキスするより怖い。……人の死などに怯える日がくるとは、思わなかったな」
「――まだ、永遠を選ばない、とは決まってません」

 口では言いつつも、鷲座にだって、判っている。陽炎が、別の道を選ぶことを。
 陽炎は永久など望むような人間ではないから。不老不死なんかを望む人間だったら、こんなにも惹かれる理由がなかった。
 己が惹かれるのはきっと彼が何処か変わった価値観で、寂しがりだからだ。
 寂しがりが、孤独に近い物を選ぶとは思えない。
 ただ、今は認めたくないだけ。

「――なぁ、陽炎を諦めるとき、何を考えた?」
「……そりゃ、あのむかつく鳥のことですよ」
「ああ、そういう手もあったな。オレは、陽炎の嫌なところを考えた」
「……それも考えましたが、恋は盲目とはよく言った物ですね」

 どんな嫌なところも、可愛く思える。もしくはしょうがないな、と思えてしょうがなかったのだ。
 蟹座は今ではきちんと諦めてることができているのだろう、と思った鷲座だったが、蟹座の言葉に驚いた。

「いつまでも引きずる思いなど女々しくて、自分に苛つく」
「え? ――まさか、君、まだ……あの人が好きで?」
「――字環が羨ましくなることがある。……陽炎からオレは、あの闇鳥の相談相手を任されている。不満はないが、……それだと、歪んだ思いは許されない。その上、惚気に付き合う。……字環みたいに、いっそ強く憎まれたいとも思ってしまう」
「――……小生は、鴉座の相談相手など死んでもごめんです。君のことは、それだけは尊敬に値する。真面目に引き受けて、別れさせようとしないんですから」

 二人は飲み物を互いに飲み、はぁ、と溜息をついた。
 これから先、どんな未来が陽炎と鴉座に訪れるのだろう。
 そして、柘榴や白雪はどうするのだろう? 己たち星座は、柘榴の言うことを聞くしかないのだが、――何か嫌な未来が待っていそうで不安だ。
 何せ、不運の持ち主がいるのだから。

「菫とやらは、殺したいな。妬ましい、陽炎を抱けたなど」
「へ!? だ、抱いたんですか!? 陽炎どの、抱かれたんですか?!」
「――何だ、貴様、陽炎の浮気のこと、知らなかったのか? 大層、痛くされたそうだ」
「……ッ菫ええええええ!!!!!!!」

 鷲座は机に伏して、どんどんどん、と拳を叩き付けた。
 陽炎を抱くことが、できたなんて羨ましい。心が手に入らないのは悲しいが、それでもあの人を抱くなんて、夢みたいだ。夢のようで、願ってきたことでもあった。
 蟹座は鷲座の行動を笑いはしなかった。己だって、腹立たしい思いで一杯だからだ。
 遠くに街を歩く陽炎の姿が見えた。しかも、あの闇鳥はいなくて。
 
 蟹座は、くす、と笑うと、飲みかけのまま席を立ち、勘定のシートを持って勘定した。
 出て行こうとする蟹座に気付いた鷲座は不思議に思い、ふと街の通りを目にすると、陽炎が見えた。
 鷲座は慌ててコーヒーを飲み干すと、出て行った。
 
「何だ、諦めたんじゃなかったのか」
「そっちこそ」
「……――恋人の座が無理ならば、悪友の座は貰いたいだろ?」
「小生は、親友になりたいですね」
「目標はやっぱり」
「柘榴、ですね」

 二人は、顔を見合わせてから、少し近づくことができた、陽炎に後ろから声をかけた。
 
「陽炎」
「陽炎どの」
 
 ――いつまでも、捨てきれぬ思いがある。いつか、それは風化することができるのだろうか。
 それを願うことはしても、もし本当に風化しそうな時は、きっと大事に風化しないように保存するのだろう、二人だった。
 
 
「? 二人とも、何、持ってるの? 本? 何の本? 見せろよ」
「!!!」
 
 
 風化する前に、この人が笑う姿を、心に焼いておこう――自分だけに笑われた時は、どんな笑い方でも。
 愛しい貴方が、いつまでも笑顔で、「幸せ」と言えますように。
 
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