【BL】星座に愛された秘蔵の捨てられた王子様は、求愛されやすいらしい

かぎのえみずる

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第六部~梅花悲嘆~

番外編5 柘榴と蒼刻一

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 例えばテメェの中の正義心が、僕を許したのだとしたら、許さない。
 正義心なんかじゃなくて、もっと人間的な心で、僕を見ろ。
 人間らしくない感情を持つんじゃねぇ――でないと不幸になる――。
 人間らしく怒りたいときは怒ればいい――でないと損じゃねぇ?――。
 人間らしく悲しいときは大声で泣けば良いんだ――そう糸遊にふられた時みたいに――。
 なのに、何がテメェを人間的感情を欠落させている?
 説歌いだから?
 あの子の血を引いているから、テメェの中のあの子が僕を許せというのか?
 
 頼むから、もう人間以上にならないでくれ――僕のホーリーゴースト。
 テメェは、不幸になってはいけないんだ。
 昔はテメェが苦しむ姿が何よりも楽しかったのに、どうしてこんなことを願う?
 いっそ巡る時が人外になるのなら、心も人外になればよかったのに――。
 

 
 柘榴は苦笑して街中を駆け抜けていた。
 賞金首時代、恨みを買っていたハンター達が己を見つけてしまったのだ。
 もう賞金なんてかけられてないのに、追ってしまうのは過去のプライドのため。
 柘榴は昔だったら捕まって、何かしら反撃していたのだが、どうにも一般市民に戻ってしまった以上、攻撃はできない。
 うっかり殺してしまえば、犯罪者になり、また賞金首になってしまうからだ。
 折角誤解が解けて、果物の名を告げなくて良い時代がきたのに、逆戻りなんてまっぴらだった。
 柘榴は、街中を駆け抜けて、通りすがりの果物屋に銅貨四枚置いて、林檎を一つ掴んだ。
 走りながら、服で擦ってヨゴレを落として口にすれば、甘みが口の中に広がる。
 砂糖を使った変な色つきのお菓子などは嫌いだが、自然の甘みは大好物だ。

「フルーティー! 待てッ、待ちやがれー!」
「ごっめーん、待てないんだー! おいら、もう賞金首じゃないから、このまま自警団に行こうと思ってるよー!」
「っげ! おい、おめぇら、その前にあいつ捕まえるぞ!」

 柘榴は、溜息をついた。煽ってしまった。煽るつもりはなかったのだが、如何せんこの口がいけない。
 どうにかして煽るような言葉を忘れないとなぁ、と思っていると、道の先には高い壁。

(あー、これじゃあ、余計に煽るかもなぁ)

 妖術で高く飛び上がることができるのだが、それをすれば今度会ったとき、また追いかけられるだろう。
 その時陽炎がいたら、大変だ。最近の陽炎は、ミシェルに行くには船がいると聞き、苛々しだして、賞金首狩りを始めたほど、凶暴だ。
 己を狙ってるだなんて言えば、上品に微笑み、円形剣を向け、そして優雅に鉄扇で殺戮の舞を踊るだろう。

(……んー、それはそれで見てみたいけど。どうしたもんかねぇ)

 林檎をしゃり、と食べていると、追いついてきた彼らが、不敵に笑って剣を向けた。
 柘榴は、頭を掻きながら、少しぼこられて帰るか、なんて覚悟を決めた。
 
 だが、その時――。
 
 妖術の気配がしたかと思えば、ハンター達が意識を失っていた。
 これは眠りの術か、なんて考えれば、空中に浮かぶ影に気付き、柘榴は途端に不機嫌になった。

「蒼刻一……」
「馬鹿か、テメェは。こんなゴミ、殺しちまえばいいのに」

 蒼刻一はそう言い放つと、地面に降り立ち、ハンターのうちの一人の腹部を無情にも蹴った。ハンターは呻き、魘されている。
 柘榴は、待て待て、と声をかけて呆れたように止めに入った。
 自分が受けた痛みでもないのに、柘榴は溜息をついて、悲しげにハンターを見やった。
 そんな視線を向けることが不思議で、蒼刻一は唾をハンターの顔に吐きつけた。

「この偽善者」
「だからどうした? お前に迷惑はかけてないでしょーが。お前が勝手に来たんでしょ?」

 柘榴は林檎をまた、しゃり、と音を鳴らして食べた。
 蒼刻一は、このふてぶてしい態度が憎らしく思い、髪の毛を鷲掴みにし、己の眼前にもってきた。食べかけの林檎が落ちた。

「ホーリーゴースト、勝手に美しい民の肌に傷をつけるな。テメェも一応、あの民なんだよ。あの麗しい奇跡のような……」
「あー、気持ち悪ぃ。ガンジラニーニであったことを後悔したことは、お前が保護者面するとこだよ」

 眼前で髪の毛を鷲掴みにされてるのに、柘榴のふてぶてしさは変わらなかった。
 ――あの時、許すとは言ったが、態度は変える気はないらしいようだ。

「――ホーリーゴースト、僕は……」
「あー、はいはい。お説教なら勘弁。今朝、白雪に蓮見ちゃんのことでされて、うんざりなのヨ」

 離せよ、と付け足して、柘榴は睨み付けてきた。
 この視線で、当然なのだ。だから、許すと言ったことが未だに不思議で仕方ない。
 許す? 呪いをかけた張本人を? 呪いの所為で、今までいわれもない迫害を散々受けて、その度に悔しがってきたじゃないか。
 あの時の思いは嘘だとでも言うのか、それともなかったことにするのか。
 ああ、聖人君子お得意の、憎むのは罪だけ――にするのか?
 蒼刻一は心の中で葛藤し、柘榴に対し、掴んでいた手を緩めた。柘榴は当然緩まれれば、そこから抜け出す。

「僕を恨め」
「許すっつったでしょ。っはは、嫌になってきたか。やったね」

 柘榴はげらげらと笑った――無邪気に笑った。
 いつだって、どんな奴にも笑顔を向ける、聖者。
 蒼刻一は溜息をついた。

「そうだな、嫌かもな」

 蒼刻一は言うと、柘榴の耳元に顔を近づけて、半笑いで囁いた。

「だって、憎むと愛するは紙一重だろ?」
「はぁあ?!」

 柘榴はやや顔を蒼刻一に向けて、思いっきり嫌そうな顔をした。
 そんな言葉を向けられることが意外だったようで、柘榴はぽかんとしていた。
 ぽかんとしている間抜け面は見えぬが、嫌がる声に、蒼刻一は楽しいのか、柘榴が嫌がる言葉をどんどんし向ける。

「愛と憎しみは、表裏一体。もしかしたら、テメェは僕を愛していたかもしれない。そう考えると、少し惜しいなァ?」
「……ばっかじゃねぇの?! あり得ない! ぜーってぇ、ありえねぇ!」
「悲しいことを言う、ホーリーゴーストは! つれないなぁ? この僕が、口説いてやってるんだぜ?」
「さ、寒気がするようなことを言うなーーっ!!」

 柘榴は我慢できなかったのか、蒼刻一を己から遠ざけようと、突き飛ばそうとした。
 蒼刻一はくすくすと笑い、柘榴の側から離れず、どういう反応をするのか楽しみで、つい耳を甘噛みしてしまった。

「ひぎゃあああ?!!!」
「色気のねぇ声だなァ。色気が出るように、育てればよかったなァ? ああ?」
「ばばばばばかなこと言うなぁあ! っつか、耳ッ……」
「耳が嫌なら、何処がイイとこなのか、教えろよ? なぁ? 言ってみろよ、柘榴。掘ってやろうか? 案外、ネコ、向いてンじゃねーの?」

 蒼刻一が冗談なのか本気なのか判らない言葉を発したところで、柘榴は渾身の力で、蒼刻一の腹を殴った。
 蒼刻一は身をかがめて、柘榴から離れた。
 柘榴は、ふーっふーっと毛を逆立ててる猫のように、警戒心を露わにしていた。

「気持ち悪いことするなぁあ!」
「――ってぇ……いってぇなぁ、この糞が! これくらいのじゃれ合いに、本気にすんなよ」
「じゃれるなっ。お前は、おいらにじゃれるなっ! 許すとは言ったけど、それで友達だなんて言ってないからな?」
「友達だったらこーいうことすんのか? 何だ、テメェ糸遊にそういうことしてんのか?」

 蒼刻一がげらげら笑うと、柘榴が真っ赤になって否定してきた。

「馬鹿ッ! してねぇよ! 雲に帰れ、帰れ」

 柘榴の必死に否定するところが面白くて、蒼刻一はげらげらと笑い続けた。
 やがて笑いが収まり、急に真顔になり、じっと柘榴を見つめた。
 柘榴は、無視して、帰ろう、と思ったところで、足を止めさせられる。たった一言で。

「同胞に嫌われて、生きていけるのか?」
「……――ん」
「聖霊は、皆、テメェを許さないことにしたらしいじゃねぇか。亜弓が族長になるが、あいつはもう呪いが解けてるから、テメェに関しての意見は許されねェだろーなァ?」
「あはは、別にいいよ。おいらは一方的に、見守るもん」

 また、だ。
 また、この男は笑う。

 蒼刻一は、この笑みの裏を、読み取ろうとした。
 この笑みは、悲しみの裏返し。悲しいときほど、この男はよく笑うような気がして。
 柘榴という人間は、自分のエゴを出さない。重要な時に限って。
 聖人君子――そういう類の人間であろうとするのだ。

(人間で聖人君子? あり得ねぇ。そんなこと出来る奴ァ、すんげぇイカれてるんだ――どうして、笑えるんだ。どうして、自分を犠牲にできンだよ)

 蒼刻一が俯いて黙っていると、柘榴は振り返って、溜息をついた。

「何でお前が傷ついているんだよ」
「――傷ついてなんかいねぇよ。もっと、もっとこう、何か言うことあんだろーが?! 僕に向かって、何か言うことあんだろ!? お前の所為だ、とか、お前がいなけりゃとかさぁ?!」
「お前を責めれば、お前が救われるのか? なら、おいらは言わないよ。おいらは、別にお前に向かって言うことはない。あるとしたら――そうだな、……ひねくれ者、くらいかな」
「何でテメェの罵倒は、そうみみっちいもんばっかなんだ! ばっかじゃねぇの?! そんなんだから……ッ」
 
 そんな柘榴だから、救われる人が、郷にはたくさんいて。
 救われてきた彼らだったのに、あっさりと亜弓と海幸以外、柘榴を見捨てて。
 今の時代はまだ、亜弓と海幸が判ってくれているからいいけれど、柘榴は不老不死になろうと決めている。
 ならば、遠い未来、彼のことは一体誰が理解してあげられるというのだろう?
 誰が彼の悲しみを受け止められる?
 
「糸遊を、殺してェ」

 ぼそり、と蒼刻一は呟いた。
 柘榴を頼り続けた、柘榴がこうなった一つの原因。糸遊という存在。
 あの男が全て柘榴をこんな風にした。こんな柘榴は、嬉しいけれど、いつか抱えきれない思いに苦しむことになるだろう。
 蒼刻一が呟くと、柘榴の目の色がすぅっと変わり、嫌悪感とぶつかった。
 嫌悪感が見えたことに蒼刻一は喜び、にやにやとした。

「糸遊がそんなに大事か? っはは、なら糸遊を殺せば、許すと言えなくなるよなァ?」
「……――蒼刻一。いい加減にしろ。からかいのネタにかげ君を出すな」
「……もう恋愛感情じゃないんだろ? なら、テメェのその糸遊への態度は何なんだよ?」

 蒼刻一は少し己でも口に出せば苛つく言葉を、吐いていた。
 糸遊が引っかかるのは、そういうことか、と自分自身で納得しながら柘榴の反応を待つ。
 柘榴は、目を伏せて、苦しそうに苦笑してみせた。

「……さぁね。判るのは、おいらは多分、かげ君の為なら何でも捨てることができるんだろーなぁってこと」
「自分がいつのまにか、糸遊に刺されていたとしてもか」
「――刺されていたなら、傷は治せばいいかんね。……何、睨んでるの?」
「……むかつく。すっげぇむかつく。その感情、キモいわ。何だ、それ。変なの!」

 蒼刻一は何故だか、そこまで思われる糸遊に苛々とした。
 あれは、もう鴉座のものなのに、何故そこまで惹かれるのだろう? ただの間抜けで、ちょっと上品なだけの馬鹿じゃないか。面白いと思えるようなところは、何一つない人間だ。
 それなのに、柘榴は、糸遊をとても大事にする。まるで揺りかごの幼子のように。
 柘榴はふぅ、と溜息をついて、長い髪の毛を掻き上げた。

「キモいよ、実際おいらも。だけど、そういう友情もありでいいんじゃない?」

 ――本当に友情?
 蒼刻一は、目を細め、疑いを向ける。柘榴は、誰かが幸せになるなら、自分の気持ちを知らぬ間も殺し続ける奴だ。
 だからこそ、友人だと言い張る糸遊が憎らしくて。

「――そういう友情は、苦しむぞ」

 字環への自分がそうだった。過保護なまでの友情だか、愛情であり、そしてそれを救うことができなかった。
 救うことができなかったことの辛さは知っている。
 ――もしも、そんな思いに出会ったら、柘榴はどうするのか。と、ふと蒼刻一は不安に思った。

「――どうせ、苦しむのがおいらだけなら、気楽に生きることができるさ。他の人は苦しまない証だからね」
 
 柘榴はそういって立ち去った――。
 
 蒼刻一は、柘榴の背を見つめ、頭を無造作に掻いた。
 何故、気付かない。何故、判ってくれない。
 何故、お前に苦しんで欲しくないと願う者が沢山いると、気付かないんだ。
 
「肝心なところで、鈍い奴」
 
 ――例えばもし、その聖人君子の眼が、一般人になることができたなら。
 いつかは、自分と、柘榴自身の思いに気付くことはできるのだろうか。
 どこまでも、一方通行な、互いの思いに。
 どこまでも、矢印が別方向を向いた――不器用な思いに。
 
 聖人君子という存在が、改めて蒼刻一は嫌いになった。
 
 自分の赤く滴る心の傷に、気付かないから。人の心の傷ばかり修復しようとするから――。
 
(聖人君子じゃない。僕が欲しいのは、聖人君子じゃない、テメェだ。だが、テメェは聖人君子じゃなくなったら、テメェじゃなくなるんだろうなァ? こんな思い、どうしろってんだ、ばぁか。――……苦しむな。頼むから、苦しむな。だって、お前のことは――……)
 
 
「特別なんだよ、僕のホーリーゴースト」
 
 過保護すぎた熱は、どこを彷徨う?
 
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