262 / 358
第六部~梅花悲嘆~
第三十八話 何の花の香り?
しおりを挟む「――かげ君、……好きな花って何?」
「ん? ……――あーっと、定番で桜? かすみ草も好きだなぁ」
「……違う。それとは違う。じゃあ好きな花、じゃないか」
「花?」
「匂い、感じない? 魚座の女王も、鴉のにーさんも、かげ君も?」
一同はその質問に顔をしかめて、質問の意図を理解しかねる。
何の話をしているんだ? 一体何を考えてる? そんな表情を浮かべてる。柘榴自身判ってない、何故花の匂いをつきとめれば、何の術だか判るかなんて。
でも――でも、確実に花が何かの繋ぎになってるのが、己の直感が告げている。
「――……花に詳しくないからなぁ、あゆちゃんみたいに野草班だったら良かった。土樹は籠もって勉強ばっかだったから嫌で逃げ出したんだよなーイイ思い出」
「柘榴? 何をごちゃごちゃと……」
「……――鴉のにーさん、これ、かけた人の予測つく?」
「菫」
「何だよ、スミレが術をかけたっていうのか? あいつ、妖術駄目だぞ?」
「妖術じゃない奴があるのさ。かげ君、菫の詳しいこと知らない?」
陽炎は首を傾げて、菫のことを思い出す。
特に何も思い出せない。思い出そうとすると昨日の恐ろしい夜を思い出してしまい、少し顔を赤らめて、視線をそらす。
それに鴉座が苛立ち、腕を組み、親指の爪を噛んでいる。
魚座は鴉座を撫でて、落ち着けと宥めてから、陽炎に話し掛ける。
「そやつの出身国は何処じゃ?」
「……――判らない」
「……じゃあそやつの行き先は?」
「ンっと……――ミシェル?」
「梅だ!」
柘榴がミシェルの国の象徴とされてる、この柘榴だけに判る匂いの正体を掴むと、その匂いは途端に強くなる。
だがそれでも陽炎たちには届かないらしい。
柘榴は梅の花の数式を思い出して、当て嵌めていく――そしてその中に、ガンジラニーニの妖術も入れて、解くと……陽炎に電流が走る。
「……ッ!」
「どうしたん、かげ君?!」
「わ、わかんない……今、一瞬、ぴりっと……」
「――でも、梅の香りはもうしてないし……鴉のにーさん、あんたから見てどう? あんたに見えてた術はとけた?」
柘榴の言葉に、鴉座は目を細め、陽炎をしげしげと眺めてから、隙をついて、抱き寄せる。
陽炎は戸惑い、それに顔を朱に染め困惑するが――先ほどのような苛々感は一切ない。
あれは術だったのだろうか、と不思議に思っていると、まるで心を読んだように鴉座が先に、術は解けたようです、と言ってきた。
「愛しの我が君の、私への態度を見れば判ります――流石柘榴様。有難う御座います。鷲座にも情報がいってるはずなので、情報が受け止められればいいのですが……」
「ん、いや、こっちこそ有難う――何か、漸く役立てた気分。妖術師の自信にもなったし」
柘榴はにっこりと微笑んで、何処か清々しい、すっきりとした気分で陽炎を見やる。
己にも、こんなことが出来るなんて――嬉しい。
己はまだ、彼の保護者であっていいのだ、と思うことが出来て。陽炎を見ていると、庇護したくなる欲が出てしまう。いつまでも彼に頼られたいという気持ちと、何とか人見知りを直して独り立ちしてほしい気持ちが同居して、複雑な気持ちになる。
あの頃のような恋心はないが、それでも第一優先したい、大事な人。
昔よりかは酷くなってないと思いたいのは、欲の所為か、果たして本当にそうなのか。
だが、すぐに湧いて出た疑問に心奪われる。
「……この術は、なんなんだ? 誘惑じゃないし、魅了でもない――でも微かに判るんだ、花の香りが判れば、組み方が見えるってこと」
「詳しく調べてみましょう――鷲座に情報がいったのですから、それで色々と深く話せるでしょう、私よりも。お疲れ様でした――陽炎、それじゃ、この体の痕を上書きさせてもらいましょうか」
「へ?! あ、いや、あの――出来れば今日はやめてほしいなー、なんて……」
「どうして?」
「……だ、だって、その、怖いし、恥ずかしいから……浮気痕」
陽炎が顔をかぁっと耳まで真っ赤に、目を伏せ目にした瞬間、鴉座は必死に理性を全身に集めた。
笑顔の裏は、本能との戦い。誰にも聞こえない雄叫びが響く、体に。どす黒い感情が滲んでも誰も文句は言わないのに、鴉座はそれを必死に隠す。
それを堪えていたら、ちらっと陽炎に疑わしげに見られるので、鴉座は出来るだけ動揺を伝えないように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……――。痛くしませんよ。痕は、塗り替える機会をくださいな」
「その沈黙は何だぁ! その邪笑はなんだぁ! あ、こら、離せ、お姫様抱っこはよせ! 柘榴、助けてー!」
「痴話げんか頑張って。おいら、なめろう食ってるわ」
「この裏切り者ーーー!!」
「勘では、今回はかげ君が悪いと思うよー! じゃあねぇ……っとぉ!?」
ゆらり、紫煙がゆれたようなだけの気配。
そう、景色が数ミリ歪んだような、違和感。
ただそれだけのことで、孤高の王が帰ってきたのだと知る――だが、気配は此処ではない。
下の階層で、何やら、どんぱちが聞こえる。
白雪相手にどんぱちできる者がいるんだろうか、と二人は不安になり、鴉座は陽炎を抱えたまま駆けて、柘榴と魚座も下の階層へ目指して駆ける。
下の階層には、蓮見と白雪――。
いつもだったら、蓮見が父親に抱きつき甘える仕草を見せるはずなのに――蓮見は、目に憎悪を宿し、妖術の数式を考えてる様子だった。
その証拠に、建物の損傷が酷く、燃えていたり、凍っていたり、ひび割れていたりする。
魔王が、そこには居た。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
【完結】元魔王、今世では想い人を愛で倒したい!
N2O
BL
元魔王×元勇者一行の魔法使い
拗らせてる人と、猫かぶってる人のはなし。
Special thanks
illustration by ろ(x(旧Twitter) @OwfSHqfs9P56560)
※独自設定です。
※視点が変わる場合には、タイトルに◎を付けます。
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。

どこにでもある話と思ったら、まさか?
きりか
BL
ストロベリームーンとニュースで言われた月夜の晩に、リストラ対象になった俺は、アルコールによって現実逃避をし、異世界転生らしきこととなったが、あまりにありきたりな展開に笑いがこみ上げてきたところ、イケメンが2人現れて…。

あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる